白霧之吾 夜の空より紫黒に輝く②
私は思い出したように
既に霧はなく……、否。20メートルほどの距離にそれは居た。
甲冑を
「
「ええ、
刹那、霧の男は間合いを詰め、左足を軸にして横薙ぎに剣を振るう。
相手は空を切った大剣をそのまま振り抜き、左脇構えの姿勢。そこからの2撃目も恐らく、素早く距離を詰めてからの横薙ぎではないだろうか。
予想通り、彼は左足を大きく前に踏み出し、初撃よりも更に鋭く詰めてきた。私は振り始めを見逃さず、すかさず間合いを空ける。だが、これは違う、そうではないと私の頭が否定する。
何か打つ手はないか。
攻撃を
だが、一つだけ違う案があった。それもどちらかと言えば現実的ではない作戦なのだが、このまま
相手は突きが終わった後、横薙ぎにつなげるまでに
そして相手は私の間合いの外から突きを繰り出す。見慣れた初動を見切り、ここぞとばかりに左斜め前に足を大きく踏み出し、一気に間合いを詰めて長剣を振るう。
だが、次の瞬間、私の体は地面に叩きつけられていた。
静剣のバルナバス。坊主頭のツヴァイヘンダー使い。彼ほどの剣の使い手が自らの弱点をそのままにしておくはずはない。それが霧の模倣品だったとしてもだ。
彼は、私が突きを避けて
バルナバスを模した霧は地面に切っ先が付くように大剣を薙いでくる。まさしく
必死の思いで避け続け、どうにか立ち上がりかけたそのとき、私の目にはすぐ近くでツヴァイヘンダーを頭上高く振り上げんとする敵の姿が飛び込んできた。
下策。実に下策。
私は霧の体に向けて低い姿勢で素早く踏み込み、体を起こす勢いを借りて長剣で彼の首を切り裂いた。その動きには一切の澱みがない。
「見事」
大剣を頂点まで振り上げたそのままの姿勢で霧が呟けば、刹那に世界は闇に染まった。そこには満天の星空も白銀の月も、
そこに在るのは私と闇と光の波紋。そして私を囲むような六つの大きな
「よくやった。アルマ・フォーゲル」
一つ声がすれば、輪唱のように五つ続き、響く。
「やったね」
「よくやったもんだ」
「大したものだわ」
「よくぞ成し遂げた」
「上出来だよ」
「あなた達は誰なの?」
私が
「だが、違うようだ」
「あなたではないみたいね」
「お前じゃない」
「あなたではなかったのよ」
「お主ではない」
「君ではないみたいだ」
……返答はない。私の言葉を無視して白い炎は揺らめき続ける。
「私でなければ、なんだというのだ!」
このようなところで、訳も分からず否定する様子に私はつい声を荒げてしまった。光の波紋は先ほどよりも速く強い。
「お前は誰だ?」
「あなたは
「お前は何者だ?」
「あなたは誰かしら?」
「お主は何者か?」
「君はいったい誰なんだい?」
「アルマ! 私の名前はアルマよ!」
いよいよ光の波紋は力強く、
そして――
*
「――お嬢さん、お嬢さん」
御者の
そこにはもう霧は無い。あるのは色と、声と、雑多な音と、草と木と花と土とヒトと馬が混ざったニオイ。
「すっかり霧も晴れたんで、出発しますよ」
御者が声を出せば、馬は察したのかゆっくりと歩き始めた。
ああ、そうだ。実家に帰らなければ。
悪い夢に囚われていたような気がするが、その記憶は霧がかかったように思い出せない。
しかし、私は私だ。
私の世界はここにある。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます