第17話 山羊頭
「!?」
突如として後ろに現れた反応にアルマがすかさず飛び
仕留めたはずのケモノがなぜ突然背後に出現したのか。
頭の中が疑問で満たされても、ヒト
とても単純な話だ。2体のヒト
で、あればだ。ここで新たな疑問が湧いてくる。どこを斬ればとどめを刺せるのかと。
立ち上がって体勢を整えた彼女は、倒しても倒しても襲ってくるヒト
――おかしい、とアルマはすぐに違和感を感じ取った。振り返り
だが、どうだ。残る1体は山羊頭が消えてもなお、その動きに衰えを見せることなく、虚ろな顔で攻撃を仕掛けてくるではないか。先ほど倒した1体も混乱のうちに視界の端でみるみる形を成している。
この2体は山羊頭の体の一部ではなかったのか? 新たな疑念に頭を支配されながらも、形を成したばかりのヒト
一見、ランダムに張り巡らされたかのような
悪魔とはなんであるのか。ヒトを
悪魔にまんまと欺かれていただけ。それだけのことだ。実に、それだけのこと。
そうと分かればアルマの行動は早い。未だに生成され続けるヒト
「う、ぅぅ、ぅーん……」
そして聞こえてくるドロテの苦しそうな声。それと合わせるように山羊頭が上半身を
ならばと長剣と短剣を胸の前で交差させて静かに二重に唱える。
「眠れ。
はらはらと解ける剣身に続き、淡く輝く神紋の立方体が今なお這い出し続ける山羊頭を捉え、途端に収縮すれば、箱の消滅と同時に山羊頭も消えていた。
だが、それは表出していた部分だけであった。黒々とした
アルマが再び思索の海に沈もうとしたそのとき、変化は起こった。残っていた
「
その様子にアルマは耳と、そして目を疑った。
ケモノが声を出した。いや、それならばまだいい。ドラゴンの咆哮の例もある。紛い物の山羊頭と言えど、ヒトに近い形をしているのだ。人語を話すこともあるだろう。しかし、その右手はどうだ。まるで
「う、ぅ、……ろさない…で……」
呼応するかのように
「さてもさても。まだ教会は我らの邪魔をするか」
薄暗い室内でそれは意志を持っているかのようにハッキリと喋れば、アルマも返す。
「残念ながら私は教会とは無関係よ」
「なれば、なぜ我を滅しようとする? 教会の人間ではないのであろう?」
山羊頭の疑問も
「あなたたちケモノはヒトを害するための存在なのでしょう? ならば私は、家族を、愛する人たちを守るために、
「我らが本当はヒトを害する存在ではないとしてもか?」
「先ほどまで擬態し、私を全力で殺そうとしていた者の言う事を信じろとは、呆れて物も言えませんよ」
「ふはははは。それもそうだな。では、やるか」
「ええ。存分に」
そうして山羊頭は棘の細剣を前に出し、半身で構えた。左手は手の甲を左腰に当てている。対するアルマはいつも通り左手足をやや前に出す、ほぼ正面の構え。
先ずは急襲と、アルマは長剣で山羊頭の細剣を押さえつけ、短剣を眼前に突き出す。しかし、後ろにするりと抜けられ躱される。そのまま長剣、短剣と交互に、或いは連続して斬撃を繰り出すが、踏み込みが甘かったのか全て躱されてしまった。それでもどうにか山羊頭を壁際に追い詰めるも、今度は敵の攻撃が続く。
深く踏み込むでもなく、アルマの目線に合わせて自らの手の位置を調整し、剣先の遠近感を掴みづらくさせる巧みな突きの連続。それを両手の剣で何とかいなし、弾いてしのげば、今度はアルマの背に壁が迫っていた。
それでもなお、彼女のスモーキークォーツの瞳に焦りの色は見えない。それはなぜか? その答えはすぐにでも開示されることだろう。
慢心したのか、
即座に反応したアルマは山羊頭の懐に踏み込み、先ずは長剣を右に横一閃して両足を切断。続けて短剣を敵の右腕に突き刺し、攻め手を無効化する。山羊頭も負けじと左腕でアルマを打ち払おうとするが、時すでに遅し。
「眠れ。ナハトルーエ。……お前など兄様の足元にも及ばない」
そして、神紋の箱が消えれば、捨て台詞も残せずに山羊頭は完全消滅とあいなった。
「……アルマ? そんなに疲れてどうしたの?」
気付けば、ドロテがベッドの上で体を起こし、寝ぼけ
「ドロテ様から良くないものを追い払えるように、稽古をしながらお守りしておりました」
「ふふふ。アルマったら変なの。……それよりも聞いて! 私、夢の中でお化けに襲われていたの。そしたら教会の人が助けに来てくれたのよ。でも、その人がお化けに倒されそうになったから、えい! ってお化けに体当たりして一緒にやっつけたの! 凄いでしょう?」
ああ、こんなに楽しそうなドロテ様は何日ぶりだろうと、アルマは思わず涙ぐむが、それを悟られまいと努めて冷静に会話を続ける。
「ええ。ええ。それはようございましたね。本当に、ようございました」
「泣いてるの?」
「いえ。……いや、色々ありました
そして小さな主は侍女に向かい、満面の笑顔で自らの良案を披露した。じゃあ、今夜は私が一緒に寝てあげる! と。
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