異管対報告第3号-7

「そいでは、港とサブリナの着任を祝して〜〜……」

「「「「「「「「「かんぱ〜〜〜い!」」」」」」」」」


 港一歩は質良い黒いスーツ越しにも解る屈強な黒髪短髪の男が取る音頭と乾杯の"騒音"が辛かった。一歩には大人数で行う飲み会の良さがわからぬ。一歩は、酒に関しては"特定の人物気の合う友人"と以外においては基本的に1人で好きに呑みたいと思う孤独気質である。管を巻き、飲むペースを気にせず楽しんできた。

 つまり、参加者が10名を超えるだけでなく移動したてにより殆ど初対面で、既にコミュニティが出来上がっている異管対新宿局員と会を共にするということは、一歩にとって気不味いことこの上ないのである。


「かっ……かんぱい……」

「何だ何だ!そのへちょくれた態度は!」

「なっ、慣れないんだよこういうの」


 だからという訳ではないが、一歩は既に始まっていた"自身とサブリナを主役とする歓迎会"における2回目の乾杯コールに少しだけビールグラスを持ち上げながら軽く声を出した。その声は周りで騒ぐ他の客の声にさえ負けており、口の開きとジョッキの動き、自分達の声で満足した他の局員達はそれを適当に流して会を再開したのである。

 しかし、サブリナは真っ先に隣で胡座をかきながらも膝肘を小さくして座る一歩の脇を左肘で何度となく小突くと、彼の眉間にシワ寄る顔を睨みつけて文句をつけた。その言葉に一歩は気不味い顔を更に引きつらせながら小さく彼女へ文句を返したのであった。

 そんな一歩の反論の言葉も、新たに運ばれる料理へ興味をそそられるサブリナには既に届かず、彼の言葉はただ飲み会や店内の騒音に同化していった。

 そうなれば、一歩はただジョッキの中身を早々に胃の中へ流し込んだのだった。


「港さん、こういうの苦手でしたか?」

「いえ、まぁ……飲むのは基本的に1人でして」

「へぇ、地元がこっちだと色々といいお店知ってたりするんですか?」

「まぁ、そうですね。ええっと……」


 そんな薄暗い空気を早々に出しつつ背景へ同化するという入隊から事あるごとに鍛えられた技を使おうとした一歩だったが、注文という場を抜ける方法を駆使しようとした瞬間に彼は唐突に話しかけられたのである。

 その声は女の声であり、一歩の横にはいつの間にか1人の女が座っていた。本当は長いであろう黒髪をネットで器用に小さな団子にするその女は、白い肌にスッキリした顔立ちかつ小顔の女だった。少し切れ長な瞳や整えられた眉は眼力に力を与え、一見細身な彼女に異様な力強さを与えている。

 何より、その女は一歩にまるで接近された気配を感じさせなかったのである。生きている人間であれば、嫌でも"人の気"を出すものであり、その身のこなしに一歩は背筋を僅かに冷たくした。

 だが、僅かに身構える一歩の反応を無視して、女はビールジョッキを片手に一歩へと親しげに話しかけた。既に頬が赤らむ彼女は間近で見ればモデル顔負けな顔立ちであり、彼は異様に近い距離感を前に僅かに体を反らした。その動きでモデル的な凹は多いが凸の少ない女との距離はある程度保つことができたが、それでも話しかける彼女との会話に一歩は戸惑い言葉に詰まった。何より、それが女の名前であったことから彼はより一層気不味い顔を浮かべたのである。


「足立です。足立 紅美です。陸軍から来て、同じ3尉です」

「いや、これは失礼。人の名前を覚えるのはどうも苦手でして」

「いいんですよ、私も得意じゃないですから」


 気まずそうに笑う一歩の口篭りから察した足立はスラリとした胸に手を当てながらはにかんで会釈した。そんな彼女が顔を上げる頃には一歩も軽く頭を振って思考を曇らせる陰気を払うと、足立へと会釈をかえしたのである。

 そんな港に笑って返すと、足立は彼にメニューのタブレット端末を渡した。その気の利く態度は一歩の心持ちを立ち直させるも、彼は足立との接点のなさに反する親しげな態度に社交性とは違う何かを言葉にできないながらにも感じた。それは名前を失念するという失礼に対して笑って返す足立の笑顔でより一層深まった。

 それだけ、一歩の身に付けた"一般社会から敢えて柵の中へ飛び込むような"人物を見抜く第六感と"余計なことから逃れる"危機感が体の中で叫んでいたのであった。


「おぉ、港殿。飲むペースがなかなかに早いですな。"ビールは水のようなもの"と言ったところですかな?」


 足立から手渡されたタブレットメニューのアルコール類を凝視することで彼女の刺さるような視線から逃れようとした一歩は、画面をなぞる手を"敢えて"ゆっくりと動かすことで彼女との会話の再開を引き延ばそうとした。

 一歩は過去の平和ボケさせられた海上自衛隊のときに鍛えられ、"集中するフリ"も得意であった。

 しかし、突然真横から声質の良いハスキーボイスなささやき声が響くと、流石に彼もその突発的自体にはフリを続けられず耐えられなかった。

 一歩は体を足立のとき以上に仰け反らせ、隣でビールジョッキを傾けたサブリナを肩と腕で押し衝撃を与えた。それによりは少しビールを吹き出したサブリナから睨まれるものの、彼はすかさず隣の足立や声の主を指さしたのである。すると、彼女も口の端のビールをおしぼりで拭うと肩をすくめて首を振るとからあげの山へと箸を突撃させた。


「あっ、こっ、れはこれは。どうも、えぇっと、エリアーシュさん……でしたよね?」

「おぉ!拙者の名前"は"覚えてくださりましたか!これは光栄ですな」

「いやぁ、たとえ名前と顔を覚えるの苦手でも、これだけ"キャラ"が濃けりゃ覚えますよ」


 そんなサブリナの姿を横目に、一歩は自分の耳元へ顔を寄せるエリアーシュへ引きつった笑みを浮かべながら挨拶したのである。

 座敷に座り細い手足を畳んで胡座をかくエリアーシュの姿は、彼の青い瞳や赤い紐で結ばれた長い銀髪に白くシミ1つないきめ細やかな肌はまるで2次元から飛び出してきたかのような美男子さに加え両側頭部からマーコールのようにドリルのような渦を巻き伸びる角も合わさって幻想的であった。

 しかし、エリアーシュの話し方はサブカルチャーに疎い者達が"レッテルと共にイメージ"する"オタク"のそれである。その独特過ぎる喋り方はギャップ萌えを通り越して異様ではあるが、互いに皮肉り合う"オタク的"会話と爽やかな笑みが共存するという異様さは不思議と一歩の警戒感を解かせたのであった。


「そう言ってもらえると、嬉しいですな!紅美殿共々、宜しくお願いしますぞ?」

「はい、共々よろしくお願いします!」

「あっ、はぁ……よろしくお願いします」


 一歩の警戒感が薄らいで少しだけ親しげに一歩が話しかけたことで、エリアーシュは空かさず隣の足立に視線を向けつつ2人で挨拶をしてきたのである。その不自然な朗らかさに当てたれたことで思わず声を裏返しながら返事をしたのであった。


「ねぇねぇ、サブリナちゃ〜ん!呑んでるぅ?地獄以来こんな風に話す機会もなかったやねぇ!」


 料理の提供が遅い分飲み物の提供を早くしてるのか、一歩がおかわりのビールをタブレットで注文すると直ぐに店員が慌ただしく運んできた。そのトレンチには他の同僚達の酒も載せられており、それらをバケツリレーのように流すことで一歩は足立を飲み物運びで無理矢理遠ざけることに成功した。

 ただ、一歩は連続でビールを頼んだことを少し後悔した。

 その傍ら、一歩の耳にはサブリナの側から異様に騒がしさを感じた。艶のある女の声がサブリナを冷やかす声が響くと、途端に彼女が僅かにビールをジョッキの中へ吹き出す音が響いた。そのため、一歩は様子を窺おうとジョッキを傾け刺身の盛り合わせへ箸を伸ばしながら視線だけ彼女の方へ向けた。

 それ程に、サブリナは騒がしかったのである。


「アっ、アデリーナ……もう酔っ払ってるのか?」

「元々、アタシってこんな感じじゃない?」

「いや、もっと悪辣だな」


 サブリナが絡まれていたのは、まるで海外女優のような小顔に線の細い女だった。サブリナからアデリーナと呼ばれた女は、その横に座るスーツ越しににも解る屈強過ぎる体に深いシワを刻む角顔を赤くする相棒の男と比較して遠近感が狂うほどである。

 そんなアデリーナの白い肌を酔いで赤くし右目に泣きぼくろのある灰の瞳をいたずらっぽく細め、丸いカクテルグラスを片手にピンクにホワイトのメッシュが入るショートカットを指先で遊ばせるその姿は、スーツ姿で更にSF映画のワンシーン感を強めつつ気の強さのを見せる口調がサイケデリック感を高めていた。

 そんなアデリーナの艶やかな茶化しに反撃とばかりに噛み付くサブリナだったが、彼女の言葉をどこ吹く風と聞き流すアデリーナには何を言って効果がなくグラスを傾けるだけなのである。


「しっかし、何だってアンタみたいな子がこっちの世界にわざわざ来るのさ?まして密入国なんてしなくてもさぁ?なんで?なんたってアンタは、あのカイ……」

「ぶふぅ!」

「うわっ、吹くなよ!」


 サブリナから悪態をつかれたアデリーナはグラスから口を話していたずらっぽく笑ってみせた。その視線は一瞬だけ様子を窺っていた一歩を捉えたのである。

 そんなアデリーナの笑みを不気味そうに目を細めて渋い顔でジョッキをサブリナが傾けた瞬間、アデリーナは敢えて大声で彼女へと話しかけようとした。その瞬間、サブリナは彼女の言葉にジョッキを過剰に傾けてしまい、勢いよく口に含んたビールを吹き出してしまった。

 弧を描くサブリナのビールは遠くの席にいながら自体に気付いた木瀬が空かさず袖から取り出し振った小枝の杖から伸びる魔法の光が包み込むと、テーブルに広がる料理を汚すことなく消え去ったのだった。


「でっ、でゃまれ!それ以上言うな!」

「そんなに気にすること?まぁ、いいや!ほら、これ食べな」

「これは、なんだ?」

「ごぼうチップ、旨いよ?」

「ゴボウ?」

「そうねぇ、"木の根っこ"みたいな……」

「ねっ、根っこ!木の根を食うのか!そんなにこの国は貧困しとるのか、イカれとるぞ!」

「見た目は確かにそうだけどさ、野菜なの!慣れると美味いものよ?」


 だか、ビールと違いアデリーナに触れられたくないこと"酔った勢い"を言い訳に言われかけたことによるサブリナの怒りは簡単に消えなかった。その怒りを発散するようにアデリーナへ吠えかかるサブリナだったが、アデリーナは彼女の意識を目の前に皿とその中に積み上げられた揚げ物で反らした。その揚げ物は薄い長方形をしたチップスであり、サブリナはまるで犬のように一瞬で気をそらされたのである。

 その光景を前にした一歩はサブリナとアデリーナの親しさに安心したものの、彼女の過去が少しだけ気になった。彼とサブリナはコンビを組まされ生活環境さえ同じとしているが、過去の話など一度としてしていなかった。


「エリアーシュさん」

「"さんじゃない、ここは呼び捨てだ"ですぞ?」

「聞き覚えのあるような……わかった、エリアーシュ。それで、サブリナって悪魔の中だと実は有名人?」

「あぁ、それについては本人から聞いたほうがきっと2人のためになりますぞ?」


 そんな疑問を酒の席の肴とすることで聞き出そうとした一歩は、側にいてかつ悪魔であるエリアーシュへと声をかけた。その言葉に彼は傾けていたビールジョッキを直しつつ、赤ら顔で一歩へとしたり顔を作り冗談を述べたのである。

 そんな酔の頭をダル絡みで始めるエリアーシュの言葉に、一歩は変身特撮を思い出しつつ苦笑いを浮かべた。その笑みに一歩のネタへの理解を感じ、更にワンシーンを真似た彼の回答を急かしへエリアーシュは満足したように頷いてみせた。

 それでも、エリアーシュは肩をすくめてははぐらかし、再びジョッキを仰いでその中身を空にしたのだった。


「彼女の立場は"複雑"ですからな……」


 ビールジョッキを置くエリアーシュの笑みは変わらず気取ったものであったが、一歩にはその笑みが薄暗く感じられた。

 そして、一歩は詮索しても答えのでない思考を一旦ジョッキの中へ退避させたのである。


「それで、貞元さんにコールマンさん、寺岡くんとマルガリータさんがいないんですが……」

「寺岡さんとマルガリータは当直です。多分今頃は当直室で泉川さんとヴェンツェスラフの2人が警邏から戻ってくるのを死んだ顔で待ってますよ!」「うん……そう思う……」


 その思考が敢えて別な話題を求めたことで、一歩は船皿に山盛りにされた唐揚げや焼きそば、料理の数々を囲む面子へと向けた。そこには一歩が着任から会話した数少ない"知り合い"が居なかった。

 少なくとも、一歩は宴会という場を"自己主張の場"や"承認欲求の発散場"と考えていた。そこにコールマンがいないのは彼なりに不自然と思ったからである。

 そのことを呟いた一歩へ答えたのは、彼の向かい側に座る男女であった。サブリナより少し高い背格好でレゲエパンチ片手に快活と話す女は、ウエーブの入った濃い紫のロングヘアーに青い瞳を輝かせ、小さな黒い角を生やす悪魔である。

 その隣に座るのは、短い黒髪のソフトモヒカンに黒い細めな切れ目と線の細い男であった。線の細さに相まった端的かつ短い言葉だったが、その細さに合わない低く太い声から、一歩はシャツの下が細マッチョと察したのだった。


「えっと……」

「あぁ、私はインノチェンツァっていいます。"イノ"とか呼びやすく呼んでいいですよ。それで、こっちは私のパートナーの戸辺蔵とへぞう 健人です。まぁ、港さん達はこっち来て直ぐ"厚木事件"に訓練地獄ですから、メンバー解らなくて仕方ないですよ」

「あっ、えっと……」


 しかし、観察眼が効いたとしても一歩は咄嗟に言葉が出ず、イノのマシンガントークに対応しきれなかった。彼も比較的に口が回る方であったものの、自分より遥かに上回るトーク力を前にすると圧倒され、喋れなくなるのである。

 そんな一歩の困った視線を受けた戸辺蔵は、飲みかけたウーロンハイのグラスを置くと彼を見つめ返した。


「うん、そう思う」

「無口系ですか?」

「そうなんですよ、仕事のとき以外はこうもだんまりで」

「そんなことない」

「いやいや、そうでしょうに!飲みに行っても黙ぁってチビチビじゃん!」


 戸辺蔵は一歩が問いかけイノが答える通り、ただ頷き一言告げるだけなのである。

 その直後にビールを少し喉の奥へ流し準備した一歩はイノへ尋ねると、何時しか彼は外野へと追いやられ2人の酒飲み空間が出来上がりつつあった。イノが戸辺蔵の肩を叩いたり掴むその距離感の近さは一歩の隣で飲む足立やエリアーシュとの距離感より圧倒的に近く、ふと自分達のような境遇なのかと思えた。


「あの、なんかプライベートも仲が良いみたいだけど……」

「あぁ、仲いいだけですよ。私は普通に家ありますし」

「港さんとこが珍しいだけ」


 しかし、一歩の軍属故に"上からの無茶の押し付けに逆らえない"という愚痴り合いからの会話の進展を狙うも、見事にイノと戸辺蔵からの苦笑いと同情しか来なかった。

 さらに、一歩の発言は席の遠くから立ち上がる音と振らつく影を呼び寄せてしまったのである。


「男女ペアってのは仕方ないですし、事情があるとはいえど公私混同しかねなくなる状態はあまり良くないと思いますけど」

「お前が言うなよ、バッチリ職場で合コンの話したりするじゃないか」

「だまらっしゃい、小笠原!」

「あんだとぉ!」


 一歩達の元にやってきたのは木瀬であり、シャツのボタンが取れて胸元が開けているにも関わらず、彼女は真っ赤になった顔に目を回しつつハイボールのジョッキを大きく仰ぎながら彼へと苦患を投げつけるように放ったのだった。

 そんな木瀬の後を追ってきたのは小笠原であり、彼女の胸元を隠そうと上着をまるで犯罪者の逮捕の瞬間のように掛けた。そのまま吠える木瀬を引き摺ると、小笠原は軽く一歩に会釈しつつ彼女を元の席へと連れ帰ったのである。


「あっ、港さん注ぎますよ?」


 不慣れな発言と余計な言葉で嵐を呼び込みかけた一歩は、肩を落としつつジョッキを傾けようとした。

 しかし、話を受け流し場に馴染もうとする心労を払うため少しずつ飲んでいたビールは既に空となり、一歩はジョッキを置こうとした。

 だが、一歩の視界の中にビール瓶がゆっくり入り込むと、少し高いながらも柔和な男の声が語りかけてきたのだった。


「あぁ、これはこれは。えっと……」

「湯野川です。基本的にやってることは小笠原と同じで後方支援です。宜しくお願いします」

「いやいや、こちらこそ。こういった"指揮系統の明確な"戦闘は不慣れなので」


 傾けられたビール瓶にジョッキを合わせた一歩は、湯野川の自己紹介に対してお辞儀で返した。その丸顔や角刈り頭に柔和な笑顔と穏やかな話し方は不思議と一歩に軽口を叩かせた。

 その唐突な軽口は湯野川に笑顔で小首を傾げさせたのである。


「えぇっと……?」

「いや……ハハハ……酔っ払ったのかな?」

「嘘つけ!お前がぁ、まともに酔ってるとろろなんてぃ、家で見たことないぞぉ!」

「サブリナさん!?」

「酔ってない!よっれないぞ!」

「いや、もう呂律がおかしいぞ!まだ乾杯してから大して経ってないだろうに」


 湯野川の困惑した笑みに、一歩は直ぐに笑みと軽口を作ると注がれたジョッキ中身を胃の中に落とし込もうとした。

 だが、そんな一歩の肩を隣のサブリナがフルスイングで叩いてきたのである。その衝撃に口の中身を吹き出しかけた彼は、無理矢理に飲み込むと軽く咳き込みつつ直ぐに彼女の方を向いた。そこのは、頬を赤くし満面の笑みで空のグラスを呷るサブリナがいたのであった。

 サブリナは、一歩が思う以上に酒が弱かったのだった。


「全く……」


 そして、一歩は宴会の空気から少し離れようと立ち上がったのである。


「おっ?お手洗いですかな?」

「いや、一服ですよ」

「おぉ、港殿は喫煙者でしたか」

「"愛煙家"はお嫌い?」

「"人に迷惑がかからなければ"趣向は自由であるべき。煙草とて同じですぞ」

「なら良かった」


 一歩の行動にすかさず声をかけたエリアーシュは組んでいた足を解いて立ち上がろうとした。そんな彼に一歩は人差し指と中指で一服するジェスチャーをしてみせた。

 すると、エリアーシュは手を打ち頷くと一歩のジェスチャーをま真似して返した。その反応に一歩は敢えて彼に皮肉って尋ねてみると、エリアーシュはしたり顔で持論を返したのである。その言葉に、一歩は宴会や酒で失った平常心を少しだけ取り戻し席を後にしようとした。


「港さん、煙草は良くないですよ!一本吸うだけで5分寿命が縮まって、肺ガンリスクは大幅に上がります!まして私達はねぇ!」

「木瀬、あんまデカい声出すなよ、そっちのが"迷惑"になるだろ?」

「うっさいバーカ、私はみんなの健康を思ってねぇ!」


 その一歩の背中へ管を巻いた木瀬の罵声と小笠原のやり取りが何度も打ち付けると、彼は靴を履きつつ肩をすくめて見せた。

 そんな離席す?一歩の背中は誰にも気にもされていない。


「最近は肩身が狭いですよ。分煙してても"犬並み"嗅覚が鋭い人とか"他人にまでアレコレ強要する"健康志向が煩くて」

「ハハハ、なかなか反応しづらいですな……まぁ、港殿、気にせずごゆるりと!」


 そして、一歩はエリアーシュへ軽口を置いて喫煙所へと向かったのである。


「ちょっと距離感がまだ遠いし……」

「なるほど、急ぎすぎましたかな」


 ただ、足立とエリアーシュは独り他の席の喧騒を避けつつ離れる一歩の背中を見送りつつ飲みへと戻った。

 2人の隣の席には、いつの間にか誰もいなかった。 

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