第9話 黑鳴の正体、そして”ナニカ”




「………………ここ、は」



 目を覚ますと、知らない天井が俺の視界いっぱいに広がる。ぼんやりとした頭のまま真っ白な光を煌々と放つ蛍光灯をしばし見つめるが、ふと意識を失う前のばけもの襲われる光景が鮮明に蘇ってきて。


 死の間際が脳裏にフラッシュバックし、思わず叫び声を上げてしまう。



「うわぁぁっ!!?? ……って痛ったぁ!!??」



 急いで身体を起こそうと思い切り力を入れるが、まるで全身筋肉痛になったかのように痛みが走る。しばらく何度か挑戦を繰り返したが、身体が起き上がることを拒絶しているようなので渋々諦めた。


 仕方ないのでなんとか目をキョロキョロと動かして視線だけで周囲を観察する。



(ここって病院、だよな……? 消毒液の匂いに清潔そうなベッド、極め付けは片腕に繋がった仰々しい本数の点滴。窓はカーテンで覆われていて時間はわからんが、きっとあれからそれほど時間も経っていない筈だ)



 本当にこの場所が病院かは不明だったが、もしそうならば親切にも個室部屋を割り当てられたらしい。先程は大声をあげてしまったので他に患者がいるであろう大部屋にいなくて良かったとホッと安堵する俺。


 さて、とこれからどうするべきか、と仰向けのままぼんやりと考えていると扉の向こう側、つまり廊下の方からやや騒がしいバタバタとした足音が聞こえた。



「常盤さんっ!?」

『優一……っ!?』



 そして扉がスライドされると、姿を現したのは長い銀髪を揺らした転校生。あの場にいて、俺を助けてくれた異能者と名乗る美少女だった。その手には言葉を話す刀である黑鳴が握られている。


 彼女は驚いたように目を見開いていたが、すぐに気を引き締めるようにして唇をギュッと引き締めた。そうしてベッドに横になったままの俺の元へ近づくと、顔を覗き込むようにしてやや緊張した表情をしながら言葉を紡いだ。



「まず初めに質問します。常盤さん———?」

「あ、はいそうです。俺が常盤優一です」

「……そう、ですか」



 俺の返事を訊いたリーナはそれまで身に纏っていた緊張感をすぐさま霧散させ、ふっとその表情を和らげた。その優しげな感情が込められたアイスブルーの瞳に不意にどきりとしてしまうが、その質問の意図は一体なんなのだろうか。俺は他の誰でもない俺なのだが。


 思わず首を傾げてしまう俺だったが、不思議な質問をしてきたリーナに訊ねる間も無く黑鳴が声を上げる。



『優一優一っ! 怪我はないかっ? 身体はなんともないかっ!?』

「おいおいどうしたんだよ黑鳴、そんな慌てて。確かになんか身体中筋肉痛みたいに痛てぇけど、見ての通り生きてるぞ?」

『良かった、本当に良かったのじゃ……っ』

「検査の結果、身体には何も異常ありませんでしたが……黑鳴さんが慌てるのも無理ありません。何せ常盤さんが意識を失ってから、三日が経過してるのですから」

「へぇ、そうなのか。………………って三日ぁ!!??」



 大声を上げながら身体中に力を入れてしまう俺だったが、案の定鋭い激痛が全身を襲う。思わず表情が痛みに歪むが、あれから三日が経過していたといきなり言われたら誰でもそんな反応になるだろう。


 それに、いつの間にリーナが黑鳴と意思疎通がとれているのも気になる。



「お話ししましょう。あれから常盤さんの身に何が起きたのかを。からも許可は頂いてますし」

「彼女……?」

『待つのじゃりーな。それは妾が優一に説明するべきじゃろう』

「……そうですね。ではよろしくお願いします」

『うむ』

「一体なんなんだ、転校生も黑鳴もそんなに改まって。それに、彼女って……?」



 リーナと黑鳴の神妙な様子に俺は首を傾げながらも眉を顰める。それに『彼女』とは一体誰のことを指しているのだろうか?


 やがて黑鳴はこう言葉を紡いだ。



『どうして御主が無事だったのか……それを話す前に、妾の正体がようやく分かったのじゃ』

「黑鳴の正体……?」

『優一、どうやら妾は”妖刀”らしいのじゃ』

「よ、妖刀?」



 うむ、と頷いた様子で返事を返すと黑鳴は言葉を続ける。



『といっても妾の記憶が全部戻った訳ではない。あくまでも妖刀という事実と、保有する能力や使い方を”った”程度じゃ。そのきっかけとなったのが……優一、御主おぬしがあのしゃどうびーすとに食い殺されそうになった瞬間じゃった』

「————————」

『誰か、女子おなごの声が聞こえんかったか?』

「あ…………!」



 黑鳴の指摘に俺は思わず声が洩れる。確かに、意識を失う直前にそんな声が聞こえたような気がする。


 てっきり死の間際の幻聴かとばかり思っていたのだが、本当に聞こえていたのか。



「……した。綺麗で、神秘的で、それでいて凄く安心する声だった」

「私には聞こえませんでしたが……」

『それは仕方ないのじゃ。妾は優一が契約者ゆえ優一の中にいる彼奴の声が聞こえたが、あの時は表に出とらんかったからな』

「ちょ、ちょっと待て! 中にいるとか、表に出てないとかなんの話だ!?」



 訳知り顔で話す二人だが、言っている意味がわからない。


 あの女の声は、外から俺に呼び掛けたものではないのか———?



『……優一、落ち着いて聞くのじゃ』

「なん、だよ。黑鳴」

『結論から伝えるのじゃ。———御主おぬしの身体の中には、”ナニカ”がいる』

「ッ…………!?」



 思わず俺は顔を強張らせる。黑鳴は刀の姿をしているので表情は読み取れないが、その声音から真剣な様子がひしひしと伝わってくる。


 ちらりとリーナの表情を伺う。彼女もまたこちらを真っ直ぐに見つめ返し、その黑鳴の言葉にこくりと頷いて同意を示した。



「い、いやいやいやいや、ナニカって……。それに俺、これまで普通に暮らしてたし……」



 戸惑う俺の様子を気にすることもなく黑鳴はそのまま言葉を続ける。



『彼奴が言うには、彼奴は”意思ある概念の一柱”らしい』

「意思ある概念……?」

『妾も彼奴の正体まではわからん。だが、相当の力を有しているのは確かじゃろう。なにせ一度も抜けなかった妾の刃を抜いた上、優一の身体に憑依した彼奴がからな』

「んなっ……!?」



 驚きの声を洩らしてしまう俺だったが、それもそうだろう。


 当然ながら、ごく普通の感覚を持つ俺はあの二匹目の化け物に襲われた瞬間すぐさま意識を手放した。最初の化け物と遭遇したときでさえ恐怖で身体が打ち震えたのだ。運動神経も普通で武術の心得など一切持ち合わせていない俺なんかが、間違ってもあの化け物を倒せる筈が無い。


 黑鳴の話によれば、どうやら俺の中に住みついてるナニカが俺を操って化け物を斬り殺したらしい。が、にわかには信じ難い。信じ難いが……俺は今、絶賛筋肉痛なのだ。


 そのナニカとやらが勝手に俺の身体を乗っ取っていなければこの状態の説明がつかない。



『意図も容易く化け物を斬り伏せ、彼奴はやがて驚く妾たちをよそに自らを先程のように名乗った。力の消費が激しいのか現世うつしよに出ていられる刻も僅かだったようじゃが……どうやら彼奴は御主の生命の危機に応じて身体を借りたらしい』

「もしかして、転校生が最初に言ってたのは……」

「はい。おそらく貴方の奥底に眠る膨大な霊力の正体がその『意思ある概念』なのでしょう。……ただ、あの存在を霊力と表現して良いのかはなはだ疑問ですが」



 そう言ったきりリーナは思案顔で黙りこくってしまった。どうやら俺の中にいる概念とやらに考えを巡らせているようだが、これまでそういったものと無縁に生きてきた俺には力になれそうもない。少しだけ心苦しい。


 黑鳴はこのまま言葉を続ける。



『つくづく不思議な女子おなごじゃった。しゃどうびーすとを消し去り、妾が妖刀であることや戦い方の知識を流し込まれたと思ったらさっさと消えよったわ』

「そう、か」

『ま、これまでの経緯としてはざっとこんなもんよの。妾としては優一が無事であればなんでも良いのじゃ』

「そうですね。本当にご無事で何よりです」

「黑鳴、転校生……。うん、ありがとな」



 知り合って間もないが、二人の温かな言葉に思わず胸がじんと熱くなる。


 ……そういえば、一つ気になるワードが黑鳴が話していたのだが、一体どういうことだろうか。



「そういえば黑鳴、思わずさっきはスルーしたけど”契約者”って一体なんのことだ? もしかして、俺が意識を手放した時にその概念?つー奴と交わしたのか?」

『いやいや。妾の契約者は優一、御主ただ一人じゃ。それ以外にあり得んよ』

「それじゃあ、いつ契約したんだ? 全く記憶にないんだが」



 首を傾げながら必死に思い出そうとするが、残念ながら思い浮かばない。俺はただ道端に落ちていた刀である黑鳴を拾って、そのまま家に帰っただけなのだが……?



『簡単じゃ。御主と初めて出会った時じゃよ』

「んー……?」

『くふふ、妾の名前はなんじゃ?』

「……あ、もしかして!」



 もし彼女に目と口がついていたのなら、ニヤリとした表情でそれはもう見事に三日月のように弧を描いていることだろう。


 そうじゃ、と弾んだロリ声で返事を返して一拍あけると、次のように自慢げに言葉を続けた。



『———黑鳴。妾にそう御主が名付けてくれた時点で、契約と相成ったのじゃ!!』

「ほ、ほーん。そうだったのか…………もう少しちゃんと考えれば良かったな」

『ん、最後なんか言ったかの?』

「常盤さん、貴方……」



 可愛らしく疑問の声をあげる黑鳴はともかく、どうやらリーナにはばっちりと最後の言葉を聞かれていたらしい。耳が良いようだ。彼女のじとーっとした視線が突き刺さって気まずいので、俺はベッドの上でそっと目を逸らした。


 やがてはぁ、と一つ溜息をついたリーナは再び言葉を紡ぐ。



「とにかく、目が覚めたとはいえしばらく安静にしなきゃですね。学校や保護者の方には既に連絡済みですので、安心して入院生活を謳歌して下さい」

『うむ、そうじゃの』

「…………えっと、あの、因みにどれくらい?」

「ドクターのお話ではざっと二週間ほどですね。それまでに痛みが引かなければ追加入院です」

「そんな!?」



 命があっただけ儲けもんだが、碌に身体が動かせない生活が続くなどノーセンキューだ。


 俺は脱力して真っ白な天井を仰ぎ見ながら、早く身体中の痛みが治りますようにとカミサマに祈るのだった。















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