第7話 僕とシュザンヌ
僕の妻、シュザンヌは、自分がいつ猫になるのか、自分でもわからないらしい。妻は、それを困ったことだというけれど、僕に取ってはご褒美だ。
猫の妻の毛並みを撫でることが出来るから。人の姿の時は、妻は髪の毛を綺麗に整えている。それはそれで綺麗だけれど、触ると乱れてしまうから、触らせてもらえない。
旦那様と若様が、御義父様と御義兄様になった。まだ慣れない。お二人の執務のお手伝いが、僕の仕事だ。慣れない座業に疲れている時、猫の妻と遊ぶと気が紛れる。長い毛と長い尻尾で動きにくいのではないかと思うけれど、猫の妻は案外敏捷だ。敏捷な妻と一緒になって体を動かしていると、椅子に座っていた疲れも取れた。
「猫になるたびに、屋敷を駆け回っていたお前が、こんなに落ち着くとは」
「屋敷の外まで飛び出して、庭を走り回っていたお前が、大人しくするなんて」
失礼なことをいう御義父様と御義兄様に、妻が尻尾を膨らませました。子供が、赤ん坊の頃の失敗を蒸し返されて、怒っているのと同じだ。そんな妻も可愛い。僕が優しく撫でてやると、妻はゴロゴロと喉を鳴らした。
「猫の姿で飛び出して、何ヶ月も帰ってこなくて、とうとうこれまでかと思った頃に、勇者テオドールの愛猫を引き取って欲しいと言われて、シュザンヌが現れたときには、驚いたよ」
御義父様の言葉に、二度目の魔王討伐隊の人達が、そんなことを言っていたなんて、初めて知った。僕は恥ずかしくなった。可愛がっては居たけれど、愛猫などと言われると、その愛猫が実は人で、妻だと思うと、なんとも言えず恥ずかしい。
事情を知らなかった僕は、婚約者だったシュザンヌに会えない悲しみを、猫のシュザンヌに切々と訴えていた。今思い出しても恥ずかしくなる。妻は、あの頃のことは、あまり詳しくおぼえていないと言うけれど、僕が覚えているのだ。恥ずかしい。ものすごく恥ずかしい。
猫のシュザンヌとの出会いを思い出すと、もう少し、僕も勘を働かせるべきだったかもしれないと思う。
「お屋敷にお招きいただいて、帰ってきたときに、足元に猫がいました」
シュザンヌ様に会えなくて、打ちひしがれていた僕は、シュザンヌ様そっくりな色合いの猫に魅了された。
シュザンヌが、不機嫌そうに尻尾を振る。どうやら、この話題は気に入らないらしい。
「おや、お前、勝手に馬車にのったのか」
御義兄様の呆れたような声に、妻が爪を出した。これはいけない。兄弟喧嘩が始まりそうだ。
「お茶会でのシュザンヌ様もお可愛らしかったですが。猫のシュザンヌも可愛らしくて、そのまま部屋に連れ帰ってしまいました」
抱き上げて頬ずりすると、妻の爪が引っ込んだ。こういうところも、可愛い。
「まぁ、無事だったから良かったようなものの」
「申し訳ありませんでした」
「なあ」
御義父様の言葉に僕は頭を下げた。腕の中の妻もしおらしい。
「ですが父上、あのころ、正直に、シュザンヌが猫になることを、打ち明けなかったのは、我々ですから」
御義兄様の言葉に、腕の中の妻が、元気になった。元気がよいのはよいが、反省がないのは困る。
「シュザンヌ。でも、もう勝手なお出かけはやめてね」
「なーお」
わかっているのかいないのか。妻はご機嫌で僕の顔を舐めにきた。
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