第9話 お兄ちゃんのストーカーです

 お兄ちゃんは勘が良いです。


 昔から私がどんな悪だくみを企てたり、サプライズを仕掛けようとしても事前に察知されてしまうのだ。それに探偵かそうでなければ歴戦の猛者かと思うほどに気配を察知する力も強い。悪魔であるパルフィちゃんが不意打ちを仕掛けようとしてもことごとく避けてしまうのも納得である。


 そんなお兄ちゃんとマリンは近くでショッピングをしていた。


「湯哉君このパジャマ可愛くないかしら?それにこれ男の子も女の子も着れるからペアルックしましょう」


「そうか、マリンの世界ではパンダパジャマは男女の境目を無くしてくれるのか」


「パンダはみんな大好きでしょう。好きなものに包まれる時男だ女だ年寄りだ赤ん坊だ人間だ天使だのそんなものは一切必要ないのよ。

 好きは正義!!!!」


「あんな白黒クマ僕は好きでも嫌いでもないな」


「えぇ~~じゃぁ仕方ないわね。ママとして譲歩してあげる。

 あっ、これも可愛いわね。この胸に大きくLOVEって書いてある服にしましょう」


「前々から思ってたけど僕とお前の可愛さって相容れないよな」


「……吏亜ちゃんは可愛いわよね」


「ああ、あいつは可愛いわな」


「相容れたわね♡♡」


 隣の吏亜ちゃんが照れくさそうに腰をくねくねとさせる。


「ふふっ♡素直でよろしい良い子良い子」


「人前で撫でるな」


「良いじゃないの♡♡ああ、もっと小さかったら胸に抱いて移動したのになぁ。あと15年早くママになっていれば……」


「その頃はお前もガキンチョだからどっちにしろ無理だろ」


「冷静無比なツッコミ!!ああ、そう言うのそう言うの!!!もっと私好みの子供を見せてちょうだい!!そうしてくれたらご褒美に膝枕で耳かきしてあげるから」


「そんなものより肉食わせてくれ、肉丼を食わせてくれ」


「肉欲タップリなんだから、思春期ねぇ」


「面倒だからツッコまんぞ」


「これぞ親子の戯れね」


 マリンは小さく飛んでお兄ちゃんの首に巻き付いた。 

 


 仲良さげに会計に向かって行くお兄ちゃんたちの背中を見ながら私は吏亜ちゃんを持ち上げた。


「それにしても吏亜ちゃん凄いね!!こんなに近づいてもお兄ちゃんもマリンちゃんも全然気づいてないよ!!!」


「ふっふっふ、当然です。自分と触れている方の姿や音などのあらゆる気配を消すホーリーブラインドは私の得意技!!かくれんぼで使った時はあまりにも見つからな過ぎて友達の鬼を泣かせてしまったほどの凶悪な天術なのですから!!!」


「それは悪いことしたね」


「はいっ!!それ以来遊びでは封印しています!!」


 今日は吏亜ちゃんの人間界見学をかねてお兄ちゃんの尾行をしている。まぁ妹として兄と義母の仲を観察するのは大切なことなのである。


「それにしてもお二人は本当に仲がよろしいんですね………それとも私の勉学が不十分なだけで男性とは幼馴染が母になっても気にしないのでしょうか?」


「いやぁ普通じゃないと思うよ。まぁマリンもお兄ちゃんもお互い普通じゃないからある意味ちょうどいいのかもね」


「なるほど……異常と異常が足し算されれば通常に代わるってことですね!!」


「いつもそうなるとは限らないけどね………え?」


 唐突にお兄ちゃんがこちらを振り向いた。一体どうしたのかと思ったが私と目が合っている気がする、とてつもなく目が合っているような気がしてならない。


「ちょっと吏亜ちゃん、本当に見えてないんだよね、聞こえてないんだよね!!」


「はい……ああでも湯哉さんってあれでも魔王の生まれ変わりでいらっしゃるようですからもしかしたら私のホーリーブラインドを看破できる目を持っていらっしゃるのかも………」


「えぇ??そんな訳ないよね、お兄ちゃん魔王にはならないっていつも言ってるもん!!」


「不意に力が覚醒したのかも……まぁそんなに気になるなら声をかけてみればどうでしょうか?私行ってきますよ」


 胸から飛び出ていきそうになったので慌ててギュッと力を籠める。


「ダメ、ほらお兄ちゃんまた前を向いたよ。きっとさっきのはぐうぜっ……」


 キョロォッ


「また目が合いましたね」


「………お兄ちゃんはたまに人知を超えた反応をすることもある………まさかがあるのかも……」


「まぁ仮に気づかれていたとしても問題はありませんよね。

 一緒にお買い物を楽しみましょう!!」


「いやそれはダメ………お兄ちゃんを勝手に尾行したなんて知れたら怒られちゃうかも……お兄ちゃん怒ったらとっても怖いんだよ!!声は荒げないけどとっても鋭い目で心臓を刺されちゃうんだから」


 うう………ううぅぅぅ…………


 はっ


『いいか、兎沙俺はこれ一本で絶体絶命の状況を切り抜けてきた………お前にもいつか必要な時が来るだろう』


 兎沙の脳裏に在りし日の父の言葉が流れてきた。 


『これって何?』


『俺達柚野旗家の………いや人間たちのリーサルウェポンだ。母さんと湯哉には秘密にしろよ。さぁ刮目しろ我が娘よ!!!』





 …………つけられているな。


 馴れ馴れしく近づいてきたマリンの耳にこれ幸いとばかりに耳打ちをする。


「マリン」


「分かってるわ。誰か知らないけど私達に熱視線を送ってる人がいるみたいね」


 話が速い。


「こんなに熱い視線を長々と送ってくれてるってことはよっぽど親子の情に飢えた人か」


「同居人のアホかもしく……」


「ごめんなさぁぁい!!!!!!」


「きゃっ」


 突然土下座している兎沙が僕達の前に現われた。それにしてもなかなかに美しい……土下座甲子園でもあればベスト4は堅いだろう。


「ああ、驚いたぁ~~兎沙ちゃん何してるのよ?」


「だって………私がお兄ちゃんの休日が気になって尾行したのがバレたんでしょ!!うう、せっかく吏亜ちゃんに手伝ってもらったのに……お兄ちゃん勘が良すぎるよ」


「………土下座までするか?」


「お父さんに教えてもらったんだ、にっちもさっちもいかなくなった人間は土下座するしかないって。これが人間のリーサルウェポンだって!!!」


 リーサルウェポンを簡単に発動するな……っていうかそもそも


「あのアホ親父の言うことを聞くな。真に受けるな」


「というか私達何にも追い詰めてないわよ、勝手に追い詰められたのはそっちでしょう」


「そうだけど………」


 こいつには親父のアホの血がたっぷりと入ってるんだよなぁ。二卵性らしいけど母さんの子宮の中でどんな血の分け方されたんだか。


「そもそも僕達はお前等のことなんてさっぱり気づいてなかったぞ」


「え?でもさっき同居人のアホかって」


「単なる一例だ、そもそも気配だけで具体的な人間が誰かなんて分かるか。僕は武道の達人でもなんでもないんだぞ」


「………うそっ!!!!」


 本当。


「それに今でも視線は感じてるわ、探し人は兎沙ちゃんではないのは間違いないわね」


「そうなの??ちょっと待って………待って待って……」


 神経を研ぎ澄ませているようではあるがこいつは基本的に色んな意味で鈍感だ。特に人の視線になんて全く気にしない。圧倒的な強さゆえなのか、それとも僕がそう言ったセンスを腹の中で奪ってしまったのだろうか。


「感じない!!!!」


「鈍感ねぇ」


「吏亜、いるんだろ出てこい」


「呼ばれて飛び出てパンパカパーンです!!」


 背後から声が聞こえたと思ったら僕の肩に重みと温かさと柔らかさが乗っかかった。肩に座られてしまったらしい。


「想像よりも遥かに近くにいたんだな」


「尾行してました、追跡してました、ストーキングしてました!!」


「威勢よく言ってるけど何一つ誇れることじゃないからな」


「大変有意義な人間界体験が出来ましたよ」


「そりゃよかったな。

 それよりお前って近くに妙な奴がいるか分かる能力とかある?」


「NOです!!!ありません!!!!皆無です!!!!!」


 このロリ娘、どうして出来ない時の方が胸を張れるんだ?


「誰かがいるかどうかなら分かるんですが不穏な空気を持っている方とかそういうピンポイントとなると無理なんです」


「それは残念ね」


 ロリ娘……もとい吏亜がいない方の肩によく知る手の感触が乗っかかってきた。


「ちょっと待ってちょっと待ってお兄ちゃん。私達じゃなかったってことは一体誰の視線を感じてたの?」


「さぁ?心当たりはいくらでもあるから逆に分かんないんだよな………」


「そうそう、例えば私こう見えてお嬢様でしょう。誘拐狙いとかそういう不埒な輩が沢山いるの」


「僕の周りにも真面目なストーキング悪魔とストーキング妹とかいっぱいいるんだよ。

 まぁでも取りあえずほっといてもいいと思うぞ。僕達に直接手を出そうなんて言う阿呆はそうそういないからな。気にする必要はない」


 なんかあったらその時対応すればいいだけだ。




 同時刻、露出度がほとんどゼロに近い普段着のパルフィはエコバッグを腕に通して柱の陰に隠れていた。


「たまたま湯哉さん達を見つけたからつけてみたものの………まさか吏亜様までいるなんて…………うう、何か思ったより遥かに懐かれてるみたいですしこれじゃぁ本当に手出しできませんよ」


 というか一体どうしましょう?あれから何にも妙案が浮かばず時が流れ自炊の腕が上達した以外何にも変わってません………ここで偶然会ったのはもしかしたら運命かもしれませんね。私に行動を起こせと言っているのでしょう………


 こうなったら口八丁で上手いこと丸め込んで魔王様になる決意を固めさせてみせます!!!全く自信はありませんが……いえ、自分を信じるのですパルフィ!!!私の背中には一族の想いが乗っかかっているのです!!! 


 そうしていざ進もうとした時肩をポンポンと叩かれた。


「はい?」


「貴方さっきからあの集団を見てましたけど……もしかしてお知り合いですか?」


 凛とした女性の声だ。威厳と落ち着きを丁度いい配分で兼ね備えている。


「はいぃ??」


 声の主である女性を見た瞬間思わずバカな声が溢れ出てくる。


「あの………どうしてメイド服なんですか?ここって普通のデパートですよ」


「デパートにドレスコードはないと認識しておりますが………」


 あれ?言われてみればそうですね…………でもメイド姿って……しかも明治の喫茶店で出てくるようなクラシックなメイドって………ありなんでしょうか?いや、私が普段している露出狂と勘違いされやすい悪魔の姿よりはマシなんでしょうけど………


「まぁわたくしの姿はいいのです」


 一人称がワタクシの人間は初めて見ましたね。


「それより貴女は方はお知り合いですか?」


「まぁ……はい……それがどうかしましたか?もしかして貴女もも?」


「はい、実はそうなんですよ………それでもう一つお尋ねしたいのですがよろしいでしょうか?」


「まぁ……少しくらいなら」


「感謝します。

 あの柚野旗湯哉ってやつをどう思いますか?」


「??」


「あの女を侍らかすことが上手いくせに女の子になんて興味ありませんって顔してる女の敵をどう思ってるのかと聞いているのです」


 はいぃぃぃぃ???


 メイドの女性は構わず言葉を繋げる。


「自分の好き勝手に生きてるだけでモテモテハーレム形成してますって顔して心では醜悪なほくそえみをしているに違いない、実の妹や美しい幼馴染に手を出してそうな顔をしている彼のことをどう思っているのか……忌憚なき意見をお聞きしたいのです」


 この時パルフィは……世界を支配するため送られてきた悪魔は心の底からこう思った。


 なんかこの人怖いです!!!!もう帰って美味しいポテトサラダ作りにチャレンジしたいです!!!!!!


 エコバッグに入っている特売のじゃがいもが自分の想いに呼応し頷いたような気がしたパルフィであった。


 

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