第5話 早すぎる勇者との再会

「ようこそハンター協会へ。本日はどのようなご用件でしょうか」


 ハンター協会に入ると、例のテンプレを告げる従業員が僕たちの下へやってきた。


「依頼の達成報告と彼女のハンター登録をお願いします」

「依頼の達成報告とハンター登録ですね。畏まりました。それでは受付の方へ案内いたします」


 笑顔を浮かべたまま彼女は僕たちを先導する。


「素敵な営業スマイルね。逆に感情が読み取れないわ」

「営業スマイルってお前な……勤務歴が長いんでしょ。睨まれるからあんまり変なこと言っちゃダメだよ」

「どうして? 褒めてるのに。わたしも外面だけはよくしなさいって両親に言われてたから、共感が持てる。ただ笑ってるだけでも疲れるのよ? ノア様もやってごらんなさい」

「断る。やらなくてもわかるさ。彼女は立派な従業員。それでいいじゃん。このおませさんめ」

「子供扱いしないで。ほとんど歳は変わらないじゃない!」

「僕の方が上だっけ」

「一歳だけね」

「一年は結構長いよ」

「短いとも言うわ」

「減らず口」

「そっちこそ」


 穏やかな表情で皮肉というかお互いの文句を垂れる僕ら。

 出会ったばかりとは思えぬ距離感の近さだ。

 アリシアが気さくで助かった。接しやすい。


「こんにちは。もうこんばんはの時間ですかね。依頼は達成できましたか、ノアさん」

「あれ? 僕のこと覚えててくれたんですか。光栄ですね」

「ノアさんは将来有望なハンター様ですから。それに、今日は他にハンター志望の方はいなかったので」

「あー、なるほど。運がい——いッ!?」


 唐突に走る激痛。

 足元を見ると、アシリアが僕の足を踏んでいた。

 ぎろりと隣を睨む。


「何かしら? 美人に鼻の下を伸ばしてるノア様?」

「そちらの方は……? 登録した時にはいませんでしたよね」

「えーっと、彼女は……僕の友人です。たまたま外で見かけて、ハンター登録しに来たらしいのでお願いします」

「ノアさんのお知り合いでしたか。わかりました。こちらの紙にご自身の名前などをお書きください。書き終わったら受け取ります」

「ありがとう」


 恩人の足を踏んづけておいて、何事もなかったように微笑むアリシア。

 女性の怖い一面を知った。


「——うん? 誰かと思ったら、ノアじゃないか」

「ッ!?」


 背後からかかる青年の声。

 聞き覚えのある声に、僕はびくりと肩を震わせた。

 ゆっくりと振り返る。


「え、エリック……」


 やっぱりか。

 当代の勇者が、なぜこんな所に!


「やあノア。こんなに早く再会できるとはね。俺が言った通りハンターになったのか。底辺には底辺らしい肩書だ。お似合いだよ」

「あなたみたいな無能がハンターとしてお金を稼げるの? わたしだったら絶対に依頼を受けてほしくなーい」

「ノアさんにはもっと相応しいお仕事があると思います。後悔しないようにハンターはお止めになった方が得策かと」

「やっほ~ノアさん。元気そうだね。まだ一日しか経ってないんだし当たり前か」

「……ダリア、イリス、メイリン。全員揃ってハンター協会になんか用?」

「ああ。俺らもあんまり乗り気じゃないんだが、ハンター協会の会長さんがね。どうしても勇者である俺に依頼したい仕事があるんだって。嫌になる。勇者だから魔物討伐は断りにくいし、かと言ってハンター協会に足を踏み入れるなんて——屈辱だ。俺みたいな選ばれた天才が、凡人の負のオーラを浴びてしまう。体に悪そうだろ?」

「……」


 堂々とハンター協会を非難するエリック。

 周りの従業員の視線が一気に鋭くなった。

 本人は気付いてない。もしくは気付いた上で笑ってる?


「ハンターは進んで魔物を狩る。勇者となんら遜色ない連中だ。国民が幸せを享受できるのもハンターのおかげ。そこまで言われる筋合いはない」

「ははは! ハンターになって志まで落ちたかノア。勇者とハンターが同じ? ありえない。勇者は魔王を倒すために女神より選ばれし存在。言わば神の使徒だ。低ランクの魔物ばかりを狙う雑魚と一緒にするなよ。——殺すぞ?」

「エリック……」


 これが本作の主人公か。

 ユーザーが宿らなければ単なるお調子者。

 こうまで自らの才能に酔ってしまうとは。


「まあいい。ここでお前と喧嘩してもしょうがないからな。周りの従業員やハンターに迷惑がかかる。そっちには用事があるんだろ。さっさと行けよ」

「随分な口ぶりだね。パーティーを追い出されて吹っ切れたか? クールぶるなよノア。本当は戻りたいんだろう? 必死に頭を下げれば考えてやらんこともないぞ?」

「やめてくれ。戻りたい気持ちは一切ない。好きに冒険でも人助けでもしてろ。もう、かつての仲間に未練はないんだ。関わり合う必要だってないだろ?」

「……チッ。つまらない奴だな。もっと滑稽な姿を見せてくれよ。無能が」


 そう言って僕を一度睨んだあと、エリック達は横を通り抜けて部屋の奥へ向かおうとする。

 会話が終わってホッと胸を撫で下ろしたところに、とんとんと誰かが僕の背中をつつく。


 視線を向けると、


「話は終わった?」


 アリシアがいた。


「わざわざ待っててくれたの?」

「少しだけね。書き終わってから気付いた。あれ、ノア様の友達?」

「いや……友達だった奴ら、かな。今は赤の他人だよ」

「ふーん……嫌な連中ね。心底嫌いなタイプだわ」

「あれでも勇者なんだ。めったなことは言わない方がいいよ」

「世も末ね」


 まったくだ。


「それでもあいつだけが、魔王を倒せる人類の希望には違いない。僕は舞台の上から下りたけど、彼らの勝利だけは今も祈ってるよ」

「たしかに負けたら困るわ。性格が最悪の畜生でも、関わらない分には有能ね」

「褒めてる?」

「いえ、貶してる。ノア様とは大違いって」

「僕は平凡なハンター見習いだけどね」

「魔王の呪いを解ける、平凡なハンター?」

「……見習い」

「ふうん。それよりハンターライセンスが発行されるから、手に入れたらご飯にしましょう。申し訳ないけどわたしお腹ペコペコよ」


 そう言えばまともに食事を摂ってなかったな。

 時間もちょうどいいし、一度宿に戻ってから買い物へ出掛けよう。

 腹が減ってはなんとやら。

 僕は少し考えて彼女の提案を呑んだ。


「いいね。そうしよう。おすすめの店があるんだ」

「わたし結構食べるわよ?」

「僕もだよ」


 すっかりエリックのことなど忘れて、今日の夕食の話で盛り上がる。

 なあなあで加わった仲間だけど、仲間っていいね。心底そう思った。

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