第2話 自由なるハンター

 翌日、日差しを浴びて僕は目覚める。


「ん……朝か」


 上体を起こして目をこする。

 ぼんやりとしたまま窓の外を眺めて、カーテンを閉め忘れたことに気付いた。

 まあいいや。二階だし。


「それより準備してハンター協会に行かないと。手続き面倒なのかな? 楽だといいな~」


 大きく欠伸をして服を脱ぐ。

 テキパキと魔法の中に隠してあった新品の衣服に袖を通し、洗面台の蛇口から水を捻った。


「ふー……安宿でもちゃんと風呂場があるのはいいよね。ゲームの頃の名残かな」


 適当に感想を述べると清潔なタオルで顔を拭き、意識が鮮明になる。

 毎日のこのルーティーンは止められない。


「さて、じゃあ行きますか。どこだったかなハンター協会は」


 荷物をまとめて部屋を出る。

 まだまだお世話になる予定だから部屋は引き払わない。

 おぼろげな記憶を頼りに外へ踏み出す。


「皆さんウチの商品は安いよ~安いよ~! まとめて買えば更に安い!」

「さあさあ朝から肉はどうだい肉は! 一日のエネルギーになるぜ!」

「すみませーん! ぶつかってごめんなさーい! ほんとに急いでるんで許してくださーい!」


 うーん。


「相変わらず賑やかな光景だね。流石は王都。勇者の生まれた街にして、世界でも屈指の大都市。こんな宿の前でもたくさんの人が通る」


 まさに通りは活気に溢れていた。

 目まぐるしいほどの人が目の前を通り過ぎ、四方八方から男女の声が響き渡る。


「ふふ、なんだか感慨深い。勇者の仲間じゃなくなって肩の荷が下りたから? 死ぬ心配がなくなってホッとしたから、余裕を持って異世界を堪能できてるのかな」


 自らの心境をまとめる。

 正解はどうかはわからない。ただ、これまでとは打って変わって清々しい気持ちなのは確かだ。


 大きく息を吸って、僕は左の中央広場を目指した。

 不思議と足取りは軽い。




 ▼




 歩くこと約二十分。

 無駄に広い王都の中央にやってきた。

 東の居住区画も人がたいへん多かったが、王都の中心となるとその何倍もの人が見える。


「うへぇ……前世ならビラ配りが捗りそうだ。貰ってくれるかはさておき」


 なんてくだらない思考が浮かぶほど人口の密集具合が凄かった。


「まあ何人いようがどうでもいいけど。僕の目当ては——ハンター協会だからね」


 言って視線を右に移す。

 すぐに隣の超でかい建物。

 世界観ぶち壊しの高層マンションみたいなこの建築物が、本日の目的地たるハンター協会だ。


「でけ~。正面入り口はガラス張り~。世界観考えた人は、なにを思ってこんな造りにしたんだ? 非常に謎である」


 周りに並ぶ建物が全部、玩具に見えるくらい技術力と文明が異なる。

 いや、文明は知らん。ハリボテの可能性だってある。

 とにかく。


 時間がもったいないし、そろそろ中へ入ろう。

 驚いた時間も十分だ。

 ピカピカのガラス扉を開けて中に入る。


「あの外観で取っ手あった件。いろいろ想像と違って面白いな、この世界。それに——室内はメチャクチャ綺麗じゃん」


 室内をぐるりと見渡す僕。

 白を基調としたデザインに感嘆の声が出る。


「ようこそハンター協会へ。本日はどのようなご用件でしょうか」


 ん?

 入って早々に近くの従業員らしき女性が声をかけてきた。

 びっくり。接客までキチンとしてるよ。


「こんにちは。今日はハンター登録に来ました。どこで行えばいいですか?」

「ハンター登録ですね。ありがとうございます。我々の業界は常にハンター不足。新人は大いに歓迎いたします。こちらへどうぞ。受付で登録できますので」

「そうですか。ありがとうございます」


 招かれるようにして奥の受付までやってくる。

 列はない。ちょうどスムーズに登録ができる。


「ようこそハンター協会へ。ハンター登録でしょうか? それとも依頼の受注になりますか? 達成報告もこちらで承っております」

「ハンター登録をお願いします」

「畏まりました。名前や性別、年齢、特技などをお書きのうえ書類をご提出ください」


 そう言って渡される一枚の紙とペン。

 視線を紙面に落とすと、履歴書みたいな項目がちらほら映った。

 楽勝じゃん。


 僕は特に迷うことなくサラサラと文字を記す。

 書き終わるまでに十分も必要なかった。


「書き終わりました」

「確認いたします。…………はい、特に不備はございません。魔法が得意なんですね。魔術師はそれこそ人材不足。心の底から感謝を申し上げます」

「へぇ、それほどでもありません。死なないように頑張りますね」

「十分に気を付けてくださいね。ハンターは命あっての仕事ですから。依頼の達成より生存を優先してください! よろしくお願いします」

「あはは。わかりました」


 魔法が得意ってだけで超持ち上げられる。

 これでスキルもあります! 魔力無限! しかも魔王や魔族が使うような闇魔法が使えます! とか言ったらどんな反応するかな?


 前者はともかく後者はまずいか。下手すりゃ犯罪者一直線だ。


「ではわたしはノアさんのハンターライセンスを発行してきます。発行にはおよそ十分程度の時間がかかりますので、ご了承ください」

「了解です」


 部屋の奥に行ってしまった受付さんを見送って、僕は適当に時間を潰す。

 十分くらいならこのあとの予定を決めてる内に経過するだろう。

 肘をつき、のんびり考える。




 ▼




 十五分経過。

 奥の通路から受付さんが戻ってくる。


「大変長らくお待たせしました。こちらがノアさんのハンターライセンスになります。依頼を受ける際、依頼を達成する際、国や街に入る際の身分証明になるため紛失にはご注意ください」


 ふんふん。ゲームの頃にはなかった設定だ。

 新鮮でいいね。


「便利ですね。ありがとうございます」


 受付さんからハンターライセンスを受け取ってじっくり眺める。


「ハンターのお仕事に関して説明は必要ですか?」

「いえ。たぶん大丈夫です。それより依頼、受けられますか?」

「もちろん。ノアさんから見て右側の掲示板をご覧ください。普段はあそこに多種多様な依頼書が貼ってあります。受けたい依頼があったら依頼書を剥がして受付まで持ってきてくださいね」

「なるほど。わかりました。すぐに依頼を持ってきますね」

「はい。——あ、ですが適当はダメですよ。ノアさんは登録したばかりで一番低いEランクのハンター。受けられる依頼はEかDランクのものまでとなります」

「制限、か」

「ハンターが無茶しないためのルールです。我慢してください」

「はーい」


 素直に頷いて受付を離れる。

 僕だって死にたくはない。せっかくの自由を、ゆっくりじっくり謳歌するんだ。

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