【第26話】必要かつ自分得という話

 そもそも私が"アリシアを好き"と言うこと自体が、この世界…もとい同性愛を良しとしないこの国の常識としたらイレギュラーなのだ。

 私の感情を察してくれたらしい看護師のマーニャがあまりにも理解が有った為か、つい忘れてしまっていたけれど、私のアリシアへの感情は、一般的に言えば異性に向けるような感情だということをすっかり失念していた…。

 だから、ジェイドにクルーゼ王子のことが好きだと思われてしまったのはまぁ良いとして…。

 彼に情報提供をして貰う&彼の私への感情の抑止として、それを打ち明けたのにも関わらず「協力する」なんて介入宣言まで貰ってしまったのは誤算だった。

 彼はせいぜい静観するに留める立ち位置だと思っていたからだ。

 頭がいいジェイドのことだ。迂闊な行動はとらないと思うが…。


(彼が思い余って、アリシアの命を…なんてことになったら…?)


 彼の裏の顔…もとい正体を知っている私は、その可能性を考えると背筋が冷えた。

 ゲームの女主人公ヒロインの暗殺…なんて、ゲームでの展開ならそんなこと絶対にありえないが、今はもうゲームでの展開なんて参考にもならない状況に突き進んでいる。彼が何を考え、どう動くか全然わからないのだ。


 だから私は―…


「わ、エリス…!?どうしたの????」


突然の訪問にアリシアは、きれいな青色の瞳をぱちくりさせて私を出迎えた。


「せっかくお互いにお城で一緒に暮らしているのですし、たまには…と思いまして。夕食がまだでしたら、今日はわたくしの部屋で一緒に食べませんこと?」


「え、うんっ。それは嬉しいけど…!エリスから誘ってくれるのは珍しいね?」


そんな風に無邪気に笑う彼女の笑顔に、やっぱり私の顔は緩んでしまう。

 咄嗟にいけないいけない…と気(と口角)を引き締める。

…そう、ニヤニヤした顔を晒してアリシアに気持ち悪いなんて思われたらショックで死んでしまう…。


「最近は、あまりゆっくりお話も出来なかったでしょう?」

「あはは…。魔法とか歴史の授業の課題が多くって…!色々教えて貰えるのは楽しいんだけど、まとめを作って提出…って凄く大変じゃない?」


 上着を羽織って、鏡の前で髪を手で軽く整えながら、アリシアが困ったように笑う。

 優秀なお嬢様であるエリスレアとしては、そうした作業で困った記憶はさほどないが、平凡な異世界OLであり平凡な異世界女学生だったこともある波佐間悠子としては、その気持ちが痛いほどわかってしまう。レポートって本当に大変なんだよね…。


「礼儀作法の方は調子はどうですの?」

「うん、すごーく大変!!!落ち着きがないとか、細かいところが雑過ぎるとかいつも怒られちゃってる!」


 彼女の言葉に、その光景が目に浮かぶよう。

 身振り手振りで説明するアリシアは、自分がいかに大変か!!という気持ちを全身で表しているようだったが、受け取る側としてはどうしても微笑ましい気持ちになってしまう。

 城や貴族社会で必要になる礼儀作法やマナーなんて、一日二日で身につくものではない。これまでそうしたことに縁がなかったアリシアが覚えようと思ったとして、それがどのくらい大変か…なんてもちろん想像が出来る。それでも、アリシアは一生懸命それを身に着けようと頑張っている…もうその事実だけで尊いのだ…。


「もう!エリス、ちゃんと聞いてる???」

「聞いてますわよ。ふふ。真面目に頑張っているようで何よりですわ。今日のお食事で、どのくらい身に付いたか見てさしあげますわね?」

「えー!?エリスの意地悪…!!」

「冗談ですわよ。わたくしと一緒の時くらい、力を抜いて食事をして貰いたいですもの」

そう私が言うと、アリシアは安心したようにぱあっと微笑む。


 あぁ、アリシアはこんなに可愛い…。

何の心配もなくこの可愛さだけを摂取して生きていけたらどんなに良かっただろう。

 そんな風に現実逃避しがちな私の思考をなんとか現実に引っ張り戻しつつ、私はアリシアと他愛のない雑談をする。

 ジェイドに情報収集を頼んではいるが、それはあくまで私がクルーゼ王子を好きという前提の情報収集になるはずだ。だから彼の見るところは"王子がアリシアを好きかどうか"になる。けれど私が欲しい情報はどちらかと言えば"アリシアが王子を好きかどうか"だ。これは同じようで結構違う。(もちろん両想いかどうかは大きいけど…)

 そんなわけで、私はアリシアに意中の人がいるかいないか…、出来てしまった場合、それが誰かは自分自身で出来るだけチェックしていかなければならない。

 その為には、アリシアとも親睦をどんどん深めていかなければならないのも当然と言えるだろう。恋話…あるいは恋愛相談を気兼ねなくして貰えるくらいの大親友にならなければいけないのだ。

 …私がアリシアを好きな以上、別に下心が有るわけではない…なんてことはとても言えないけど、それはそれとして必要なことなのも事実である!


「エリス、これ美味しい!エリスも食べて、食べて!」

「アリシア、そんなに大きな声を出さなくても聞こえますわ。行儀が悪いですわよ?」

「だってぇ!…というか、力を抜いて食事して良いって言ったのに!!」

「力を抜いてと言いましたが、行儀が悪くても良いとは言ってませんわよ?」

「えーーー!!?」


 それに私が彼女と親しくなればなるほど、ジェイドが何かの間違いで凶行に走るリスクは下がる(私が悲しむから)と思うし、私自身もアリシアと一緒に居られて嬉しいので、アリシアを守る意味でも、彼女の情報を得る為…という意味でも有益だ。

 あわよくば、あわよくば… アリシア自身も、私と一緒に過ごすことを嬉しく思ってくれたら良いな…なんて希望と期待を胸の奥へと秘めながら、私は理由を付けてはアリシアに声をかけるようになっていた。


「エリス様、最近はアリシア様に随分とご執心みたいですねぇ」


 そんな風にマリエッタに皮肉られても知ったことではない。


「あら、マリエッタ。変な嫉妬は良くありませんわ?

 アリシアは、唯一わたくしと立場を同じくする大事な友人ですもの。

 仲良くしたいって思うのは極々当然なことではありませんこと?」


 オホホホと高笑いを交えつつ、堂々と言ってしまえば、マリエッタも「はぁ、そうですかぁ~」と、若干鼻につく流し気味の返事を返してくるだけだ。

 今まで友達という友達もいなかったから、変に舞い上がっちゃってるのかな~?とでも思ってるのだろう。顔に出てるぞ、顔に出てる!

 私はマリエッタのほっぺたを少しだけキュッとつねって、彼女の上げる情けない悲鳴交じりの謝罪の声をバックに、今日も今日とて、愛しのアリシアに会うためにドレスの裾を翻し部屋を出るのだった。







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