【第1話】悪役令嬢"エリスレア・ヴィスコンティ"

 エリスレア・ヴィスコンティは、この国バーナファレナに連なる貴族の令嬢である。

 それも王族と深い関わりがある公爵家の一人娘であり、行く行くは現王子クルーゼの婚約者になるだろう…なんて噂すらあるほどの高貴な立場なのである。

 彼女は非常に美しく優秀で、人々からは"バーナファレナの赤薔薇"と呼ばれる程だったが、その反面、性格は高慢かつ気まぐれ。気分屋の癇癪もちだとも有名であり、彼女の身近な人々は彼女の機嫌を損ねないように気を遣うのでいつも大変だという。


―――さて、これが"私"の知っている"私"、"エリスレア・ヴィスコンティ"の、

乙女ゲーム"悠久のチェリーブロッサム"での公式設定"である。


 さすがに10年以上前に遊んだゲームなので細かいところは覚えていないが、一時期物凄くハマって、登場する攻略可能キャラクター全員を攻略しようと繰り返しプレイしていたゲームではあったので、登場キャラクター達の設定は大雑把になんとなく覚えていて、概ねこんな感じだったと思う。

 要するに私は、主人公であるヒロインの娘からすると、お邪魔キャラというかライバルキャラと言うか…今のご時世でいうところの"悪役令嬢"というやつなのだ。


 私がどうやら昔遊んでいた乙女ゲームの世界に転生してきてしまったらしい…と言うことが判明(記憶を取り戻)してから3日が過ぎていた。

 こちらの世界での私は、あの日、庭の散歩をしている最中に貧血で倒れてしまったのだという。確かに思い返してみると、あの日は少し日差しが強くて、散歩の途中に強い眩暈を感じたことを思い出した。まさか、それがこんなことになるなんて…あの時は全く予想も出来なかったのだけれど。


 さて。これが私の夢や妄想の類でなく、本当に乙女ゲームの世界であるというのなら、私はこれからの自分の人生について少しばかり考えなければいけないことが増えたということになる。

 それは、今はまだ出会っていない。しかし、これから出会うことになるだろうこのゲームの主人公(ヒロイン)とのことだ。ゲーム通りの展開が運命になるとしたら、

彼女は王子の婚約者候補の一人として王宮へと招かれ、もう一人の婚約者候補である私・エリスレアのライバルとして、私と切磋琢磨して王妃への道を目指す…と言うことになる。

 ゲームであればその中で、エリスレアは少しずつ彼女への嫉妬と憎悪を膨らませていって、彼女を苛めたり、陥れようと陰謀を巡らせたりするようになる…というものだったはずだ。(ルートによって色々展開が変わる面白いゲームだったが、確かメインの展開ではこうなったはずだ。)


 もし私が何も知らないまま彼女と出会っていたら…、自分とは全く違う天真爛漫で無邪気な…素朴で優しいタイプの彼女と出会ってしまったら…。私は運命のシナリオに従って、彼女に反感を抱いて、気に入らないと思ってしまったかも知れない。

 しかし、"波佐間悠子"としての記憶を取り戻したせいで、私は今までほどには傍若無人に振舞うことは出来なくなったし(人を顎で使うことを申し訳ないという気持ちが沸いてしまったので…)、今まで築き上げた悪評を払拭するのは急には無理だろうが、それでも少しずつ軌道修正して、これまでの我儘放題の根性悪令嬢の汚名を返上して行きたいと思っている。

 それにいくら彼女が、私の周りの美形たちをその魅力で陥落(攻略)していったとしても、それに腹を立てて意地悪をしたり陥れようとしたりなんてしたいとは思わない。(そもそも自分が王妃になりたいかといえば、それも気が乗らなくなってしまっているのだが…)

 そして何より、何より一つ大きな理由と野望が、私の中に芽生えてしまっていて、

私はそれに抗うことが出来そうにない自分に気がついてしまった。


 この世界で私"エリスレア"と彼女はまだ出会っていない。

 しかし、私、"波佐間悠子"にとって彼女は 既に特別な存在だった。


 "波佐間悠子"が何度も何度も繰り返し遊んだ乙女ゲーム"悠久のチェリーブロッサム"。その主人公であるヒロイン"アリシア・クリスハート"は、単なるPLの代理キャラクターというだけの存在ではなく、私にとっては特別思い入れがある大好きな一人のキャラクターだった。

 本来であれば、主人公アリシア=PLである。自分が彼女となって、攻略対象である男性キャラクターたちとのラブロマンスを体験する楽しい日々。当時中学生だった自分は恋愛経験なんて少しもなくって、彼らが囁く甘い言葉に胸をキュンキュンさせながら、画面に映し出されるラブシーンのスチルに描かれた 頬を赤らめ、恥らう愛らしいアリシアの姿にもまた、密かに胸をときめかせていたのだ。

 淡い桜色の長い髪。澄んだ美しいアクアマリンの瞳。愛らしい笑顔。


 アリシアは私にとってまさに理想のヒロインだった。


 だからこそ、この記憶を取り戻した私にとって、

彼女とこれから先出会うだろう…という予感は、決して不吉なことではなく、むしろ福音だった。

 当然私は彼女に意地悪なんてしない。

 そして、彼女ではなく私を王妃に祭り上げたいと目論んでいる派閥の連中が、王妃候補から彼女を引きずり卸す為に彼女に手出ししようとしたって、今の私なら自分の立場や力を使ってそれを阻止することだってできるはずだ。

それならば…と、私が…

本来のゲームではたどり着けなかったEDを迎えることだって出来るんじゃないか?と考えても不思議はないでしょう?


そう。

つまり私は、ゲームのヒロインである"彼女"と仲良くなりたいと願ってしまったのだ。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る