第14話 6年前の真実

 ゆっくりと目を開けると、俺が病院のベッドで寝かされていることがすぐにわかった。こんな経験はあの事故以来初めてだった。

「悠真?悠真、大丈夫?」

 俺の左手を握る何者かの感触があった。それが若葉であることは、声を聞いてすぐにわかった。

「待っててね。今先生呼んでくるから」

 そう言うと、若葉は勢いよく部屋を飛び出していった。

 俺はゆっくりと体を起こした。まだ少し怠いが、体は自由に動く。俺の右隣には点滴の袋が2つぶら下がっていて、そこから出る透明の管が俺の体に繋がれている。頭を触ると、何か布のような異物が頭に巻かれていた。

 その時、ガラッとドアの開く音がして若葉と高森先生が部屋に入ってきた。

「悠真、気分はどうだ?」

「大丈夫です。たぶん」

「そうか」

 先生は何やらタブレットのようなものに目をやりつつ、若葉に小声で何かを伝えた。彼女に狼狽える様子はなく、ただ何度か頷いていた。

「悠真、何から説明すればいい?」

 高森先生は聞いた。表情は定期検診の時とは比べ物にならないほど曇っている。

「どのくらい寝てました?」

「5時間ほどだ」

 若葉の服装も、ラーメンを食べていた時と一緒だ。窓の外から見える景色はすでに真っ暗で、雨もまだ止んでいないようだ。

「他には?」

「俺は救急車で運ばれたの?」

「ああそうだ。たまたまウチの病院に運ばれてきた。不幸中の幸いだ。他には?」

「ちょっと、先生……」

 何やら不満げな若葉は、高森先生に何かを伝えた。先生は黙って首を横に振った。

「悠真、今聞きたくないのなら、また後日にするか?」

「……」

 病室が静寂に包まれた。俺はまだ自分の気持ちに整理がついていない。あまりの急な出来事に、俺は事態を飲み込めていないのだ。この状況で、俺に何が起こったのかを聞く勇気も心の余裕もない。

「悠真……」

 若葉はきっと平静を装っているつもりなのだろうが、鈍感な俺にでもそれは見破れてしまう。彼女の目はすでに真っ赤だ。

「先生、こういうのは出来るだけ早い方がいいんですよね?」

 先生はゆっくりと頷いた。

「お願いします。僕に何があったか教えてください」

 事実を受け入れる決心がついたわけでは決してない。中途半端な覚悟しかない。でも、それを持ち越すことは得策でないことはわかっている。こういうのは勢いに身を任せるのがいい。

「若葉、じゃあ席を外して……」

「あ、いいんです若葉は。そこにいてください」

「悠真、若葉、それでいいのか?聞きたくないことも中にはあるかもしれないぞ」

 俺と若葉は目を合わせた。2人ともその覚悟はあるようだ。

「わかった。じゃあ始める」

 高森先生はそう言うと、俺のベッドの隣にあったパイプ椅子に腰掛け、手に持っていたタブレットを俺に見せた。

「これがさっき撮ったお前の脳の写真だ」

 素人の俺には何もわからないが、6年前にも似たような写真を見せられた記憶はある。

「前回の定期検診の時にはなかった影がある。ここだ」

 指で刺された場所には、確かに影のようなものが見えるような気がする。

「大脳辺縁系のすぐ近く、非常に小さいが腫瘍がある」

 それは衝撃的な診断で、あまりにもショックだった。俺は思わずベッドに倒れ込んでしまった。こんなことなど今まではなかったのだ。ある程度覚悟はしていたものの、改めて現実味を帯びると、それはあまりにも重く苦しいことだった。

「なんで……?なんで6年も経って今さら……」

「悠真、それにはちゃんとした理由がある。これを見てくれ」

 俺は手で顔を覆った。今の俺には、素直にタブレットを見れる心の余裕は存在しない。

「悠真、これは受け止めてほしいとても大事なことなんだ。辛いのはわかるが、我慢して聞いてほしい」

「……」

 俺はもう1度ベッドから体を起こした。先ほどよりも体は重い。

「腫瘍の大きさは小さいから、今のところそれ自体に大きな問題はない」

「……」

「でも1つ、6年前には悠真に言わなかったことがあるんだ。それがこれだ」

 指で画面をスライドさせると、また似たような脳の画像が出てきた。だがしかし、その違いは俺にも明らかだった。白い棒状のものが、脳の奥まで刺さっているのだ。

「……!」

 若葉は声にならない悲鳴をあげた。それほどの衝撃だった。

「これは……何?」

「事故が起こった時の悠真の脳だ。刺さっているのは、……」

「何?」

「悠真の母親の指だ」

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