第12話 これって恋?

 デートの定番スポットとネットで検索をかけた。転がっていたランキングをいくつか確認したところ、水族館を推しているものが多かった。ネットの意見に迂闊に従うのも気が引けたが、結局自分の水族館に対する興味に負けてしまい、デート先は水族館を提案させてもらった。新町さんも快く同意した。

 待ち合わせ時間より20分早く到着するのは俺の癖なのだろうか。今回も例外ではない。背中に背負ったリュックの中には、新町さんへのプレゼントが入っている。

 少し経つと、新町さんが来てくれた。

「え?何その荷物?」

 会っていきなり、背中のリュックを指摘されてしまった。やはりデート向きではなかったか。だがしかし彼女のプレゼントを入れて隠すにはこのリュックしか選択肢がなかった。

「あ、いやこれは個人的な荷物で……」

 嘘の下手くそ加減には俺が1番驚いた。もっと気の利く言い逃れがあっても良かった気がする。

「なんか今日の悠真くん、雰囲気違うね」

「え、ホント?」

 若葉にチョイスしてもらったコーディネートだった。それに気づいてもらえて少し安心した。リュックはこれで帳消しだ。

 俺たちは足を揃えて、水族館に踏み入った。薄暗い照明に照らされた水槽はすごく幻想的で、優雅に泳ぐ魚たちの群れが俺の視界をあっという間に埋め尽くした。

「すごい……」

 巨大な水槽を泳いでいるのはイワシの大群だ。群れになって大きな渦を作り、水槽内を移動している。俺と新町さんはその光景を目で追いかけていた。

「自然のスケールってとっても大きいよね。こういうの見てると、人間の小ささがわかる気がする」

 新町さんはそう言った。

「すごくわかる。俺たち人間なんて地球の上では、ちっぽけな存在だよね」

 次のエリアの水槽には、無数の小さな熱帯魚が泳いでいた。色鮮やかな魚たちは水族館の目玉の1つなのか、多くの人たちが水槽に群がっている。

 新町さんもその1人だ。彼女は水槽に張り付くようにじっくり中の魚たちを見ている。

「ねえ、新町さん」

「ん?なに?」

「熱帯魚がなんでこんなにカラフルなのか知ってる?」

「え、知らない。なんでなの?」

「熱帯魚は自分の身を守るためにカラフルなんだ。珊瑚礁に棲みつく熱帯魚は、珊瑚のカラフルな色に紛れて、敵に見つかりにくくするんだ。そしてたとえ見つかっても、不味そうな色をすることで見逃してもらえるっていう可能性を増やしてる」

「生きるため……っていうことね」

 新町さんは再び水槽に目を移した。彼女の目の前を鮮やかなカクレクマノミがすーっと泳いでいった。

「そう。この綺麗な色は過酷な自然界を生きるためなんだ」

「生きるために全てをかける。無駄なことに時間を費やす人間とはまるで大違いね。でも……」

「でも?」

「無駄なことに時間を費やす人間も、悪くないね」

 そう言うと、彼女は柔らかく微笑んだ。

「悠真くんとこうやって水族館を見に来るのも、スポーツを楽しむのも、1人でゲームをするのも、みんなでお喋りするのも全部、生物学的には無駄なこと。でもそんな無駄なことを楽しめるのが人間っていう生き物で、それが人間の人間たる所以なんだよ、きっと」

「無駄なことを楽しむ、か……」

 俺はそれ以上言葉が続かないほど、深く感心してしまった。新町さんが水槽を覗き込む後ろ姿を、俺はまじまじと見ていた。

 そしてその考え方は、恋愛にも言えることなのかもしれない。生物学的に考えれば、子孫を残すこと以外に恋愛に課された役目はない。しかし俺たち人間はデートを重ね、告白して、手を繋いで、愛を育む。きっとこれは全て無駄なこととも言える。

 残念なことに、俺はこれらを楽しむための感情を事故で失った。今までも漠然とした失望感や憧れはあったが、それ以上でもそれ以下でもなかった。

 だが今の俺は違う。本気で恋をしたいと思えた。本気で無駄なことを楽しんでみたいと思えた。それは全て、今の彼女の発言のおかげだ。

「ありがとう、新町さん」

「え?何が?」

「いや、ううん。なんでもない」

 時間の進みは早かった。あっという間に日は暮れて、別れの時も近づきつつあった。水族館を出た俺たちは近くのレストランで食事を済ませ、並木道をのんびりと歩いていた。

「じゃあ私、ここからバスで帰るね」

「あ、ちょっと待って」

 俺は背負っていたリュックを下ろし、中から新町さんへのプレゼントを取り出した。若葉と一緒に選んだ、お洒落なショルダーバッグだ。

「はい、これ」

「え?なになに?」

「来月誕生日でしょ?俺からのプレゼント」

「嬉しい!わざわざありがとう!」

 その言葉に嘘がないことは、彼女の表情が物語っている。オレンジ色の街灯しかない真っ暗な路上でも、彼女の明るい表情を読み取れてしまう。

「ショルダーバッグ。また家帰って開けてみて」

「うん。本当にありがとう。めっちゃ嬉しい!」

 嬉しいのは俺も同じだ。俺は今日、彼女にあげたショルダーバッグよりももっといいものを、彼女から貰えた気がする。

 彼女ともう少し一緒にいたいと思った。バスが予定より遅れて来るのなら、まだもう少し喋れるのに、と思った。これが、これこそが、恋なのだろうか。

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