第5話 合コン

 金曜日の夜、駅前の少しいいお店で合コンは開かれた。

「どうも。杉浦学院大学農学部の藤木悠真です。今日はよろしくお願いします!」

 俺も他の人を見習って、軽く自己紹介をした。男女8人の囲むテーブルが拍手の音で溢れかえった。

「じゃあ次、女性陣行きましょうか!」

 その場を仕切ってくれているのは、おそらく幹事であろう男性だ。近くの大学の医学部の学生らしい。

「では、壁側のあなたから、お願いします」

 と、俺の斜め前に座る若葉が指名された。彼女は酷く緊張している様子で、顔が赤くなっている。

「えっと、同じく杉浦学院の松岡若葉です。よろしくお願いします」

 男性陣から拍手が起こった。彼女は恥ずかしそうに会釈をしながら、耳にかかった髪をかきあげた。

「では、隣の方、どうぞ」

 若葉の隣に座る女性は、若葉と比べると随分と落ち着いているように見えた。

新町沙耶しんまちさやと言います。若葉と、後の2人と同じで弓道サークルに所属しています。今日は時間の限り楽しみましょう!」

 今日1番の拍手が起こった。それもそのはずで、堂々とハキハキ話す彼女の姿は、すでに男性陣の興味を惹きつけたに違いない。

 その後全員が自己紹介を終えると、料理を注文して乾杯した。最初の話題は「趣味」になったものの、あまりピンと来るものがなく困っていると、

「藤木さんの趣味はなんですか?」

 と新町さんが俺に話を振ってくれた。

「まあ、強いて言うなら散歩ですね」

 話の広げようのない趣味ということもあり、誰もが反応に困った。ある程度予想はしていたが、場の空気を盛り上げてしまったことを少し反省した。

「た、例えばどこを散歩するの?」

 助け舟を出してくれたのは若葉だった。

「公園とか、そういう自然が多いところかな?」

 若葉の助け舟を沈めてしまったのは完全に俺の責任だ。

「へぇ〜、すご〜い」

 思ってもいないであろうお世辞が女性陣から飛び交う。若葉は俺の方を見て苦笑を浮かべた。

「じゃあ松岡さんはどうです?」

 幹事の人が気を利かせ、今度は若葉に話を振った。

「私は映画を見ることが好きです。特にアクション映画が好きです」

 緊張が解けたのか、若葉も自分らしく発言できている様子だった。今回の合コンに参加した理由には、俺が単に恋をしたいということもあるが、若葉の応援をしたいということもある。彼女が楽しめている様子を見て、少し安心した。

 続いて将来の夢の話に移った。かしこまった話題が多いことは少し気になった。

「どうですか?松岡さん」

「私は法律関係のお仕事をしたいです。母親が弁護士だったんで、すごい憧れてて」

「すごい、ご立派ですね!」

 若葉が話を盛り上げた。男性陣からの質疑応答の時間があり、若葉はユーモアを交えながら上手く会話を繋いだ。そういったスキルを俺は持ち合わせていない。

「藤木さんはどうです?」

 幹事の人が俺に話を振った。俺には来ないだろうとたかを括っていたが、そうはならなかった。

「え?」

「何か将来の夢とかあるんですか?」

「まあ、田舎で畑をいじりながら、のんびり暮らすとかですかね」

「へ、へぇ〜」

 正直に答えすぎたのが良くなかったのだろうか。残念なことに俺の話には誰も興味を示さなかった。

 俺は乾いた喉を潤すためにレモンサワーを胃に流し込んだ。空になったジョッキに映る自分の姿を見て、少し虚しくなった。

 2時間にも及ぶ合コンは、俺の見せ場が来ないまま終了した。いい人を見つけるという目標は残念ながら叶わなかったが、純粋にとても楽しかった。

 会計を済ませ、店を出た。

「ねえ、悠真。2次会行く?」

 若葉が小声で話しかけてきた。

「2次会もあるの?」

「もちろん」

 俺は頭を悩ませた。久々にお酒を飲んだせいか、体調が万全とは言えない。行きたい気持ちはあるのだが、無理をしてもいい体ではない。

「いや、今日はやめとく。飲みすぎちゃった」

「そっか、そうだよね。じゃあ私も……」

 若葉が何か言いかけたその時、新町さんが若葉を押し退けて突然目の前に現れた。

「藤木さん、2次会来ないんですか?」

「まあ、はい、すいません」

「家はどちらですか?」

「大学の方です。あ、でも少し散歩してから帰ろうかな」

「あの、もし良かったらその散歩にご一緒してもいいですか」

「え?」

 若葉は驚いて声を上げた。

「僕は全然大丈夫です」

 断る理由が見つからなかった。散歩するのに人数は関係ない。新町さんも少し歩いて帰りたい気分だったのだろう。

「若葉はどうするの?」

「じゃあ、私は2次会行こうかな〜。まだ飲みたりないし」

「じゃあ頑張れよ、若葉」

 若葉は健気に頷いた。男性陣もいい人ばかりだったから、きっといい出会いがあるに違いない。

 俺と新町さんは別れを告げて、駅とは真逆の方向へと歩き出した。

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