第17話 五重③ ~妖狐~

 だが、今イクわけにはいかない。もっともっと、彼女を高ぶらせ、感じさせなければ。

 なぜ? 自分に問いかける。

 神隠しを逃れるため、それは確かにある。だがそれだけではない。

 死亡お遊戯に勝ち、商品とやらを手に入れるため。それも確かにある。

 自分の価値を証明するため。もちろんだ、それも大きい。だが、一度性交が始まれば、もっと大きな気持がチン之助の心に潮のように満ちる。

 この美しい女ともっともっとセックスを続けたい。もっと彼女の声を、身体を感じていたい。女のみだらな部分を自分に見せてほしい。彼女に心から、自分を受け入れてほしい。そして、そして…… 

「もっと、ン、激しく、して。来て! 来て、チン之助!」

 両手を広げてキキョウが男をねだる。

 チン之助が腰を激しく動かす。

 体が濡れている。汗。自分のか、キキョウのか。それとも彼女の愛液か。

 構わない。もっと、もっと、強く、激しく!

 パンッ、パンッ、パンッ、パンッ

 リズミカルな音とともに、キキョウの喘ぎ声が大きくなる。

「ン、あぁ、ン、そこ、ァんン、ふっ、ぁあア、もっと、突いて、チン之助。気持ちいい! お願い! チン之助、チン之助! ぁぁあン!」

 あと少しだ。チン之助は思った。背中に回された彼女の指が痛いほどにチン之助を抱きしめる。

 あと少しだ。気づけばキキョウの頭に狐の耳が一揃い付いていた。美しい金色の毛でふさふさした耳だ。その耳に息を吹きかける。

「あぁああ! 耳が、そこ弱いの! ゾクゾクする。あァ! んンン」

 彼女の腰からはふさふさの尻尾ものぞいている。毛並みのいい金色なのは耳と同じだが、燃えるような赤いラインが付け根から先端に向けて入っている。今のチン之助に数える余裕はないが、もしもキキョウに聞けば、九本の線が走っていると答えただろう。

 あと少しだ。歴戦の経験が告げている。あと少しで彼女をイカせられる。あと少し、あと少しで。

 ああ、だが。……だが!

  チン之助は下腹部に渾身の力を入れて射精を止めようとした。しかし、彼の思いと必死の努力にも関わらず、精子は精巣を離れ諸々の分泌液と混ざりながら尿道を通り、キキョウの膣内に発射されてしまった。

 イッてしまった……

 ずっと我慢していた末の射精だ。頭がパチパチとスパークするほどの快感があった。同時に肺に石を投げ込まれたかのように、胸から湧き上がる暗く重たい感情がチン之助を飲み込んだ。

 心臓が限界を訴えて血管に血を送り、全身に滝のような汗をかいたチン之助は、貧血で霞んだ目で確かに見た。

 歓喜の淵にいたキキョウの顔が失望に塗り替えられ、その感情すらも拭い去られて無表情に変わっていった。

 身体に力が入らない。彼女の体の上から降りるつもりが、ベッドの下に転がり落ちてしまった。

 言葉を探す。彼女に掛ける言葉を。約束を違えてしまった相手、希望をちらつかせ期待をさせた上で裏切った相手に言うべき言葉を。

「すま……ない」

 能面のように、という表現がある。無表情の比喩だ。また容姿端麗であることをも示す。

 ベッドの上に立ち、チン之助を見下ろすキキョウはまさしく能面のような顔をしていた。

 チン之助もひどいめまいに襲われる中で歯を食いしばって立ち上がり、何とか彼女を見上げた。

「残念です。貴方ならもしかしたら、と思っていたのですが」

 沈黙の後にキキョウが口を開いた。先程まで彼のモノを咥え、歓喜の声を出していたその口から残酷な言葉がこぼれる。

「いえ、過去にあった英雄たちのような、好色逸物を今の世に求めたことこそが間違っていたのかもしれません。飽食の時代の人間にしては健闘した、と言うべきでしょう。ですが、ルールはルール。……影たちよ! 死亡お遊戯の規定に従い、この者を神隠しに合わせなさい。」

 狐耳の生えたキキョウは、長いフサフサの尻尾を左右に振った。

「……この姿を人前に晒したのは三十年ぶりです。せめてそのことを誇りに思い、夜明けのこない暗がりのなかで過ごす残りの人生の、わずかなよすがとして下さい」

 四方八方から手のような影が迫る。大人の手、子供の手、すべての手は女のものだと直感が告げている。

 彼にしか聞こえないような小さな声でキキョウは言った。

「……さよなら、チン之助様」

 この気高い女性を目に焼き付けるため、チン之助は彼女から目をそらさなかった。

 だが、それ以外のことは何も出来ない。

 チンコを勃たせるなんて、呼吸をするのと同じくらい簡単なことだと思っていたのにな。彼は思った。精も根も尽き果ててる。俺は、彼女の前ではただの有象無象塵芥にすぎない。それが悲しい。

 影の手はついにチン之助は取り囲んだ。

 何事も中途半端な自分は、結局セックスすらもダメだったか……チン之助がそう考えた時、不意にセフレの声が聞こえた。四人、五人……七人全員の声だ。他にも今日出会ったアヤカシ屋の嬢たちの声も。ミャオ、カナエ、タマキ、サイカとミナミ。それだけじゃない。眼の前にいるアヤカシ屋の主、キキョウの声もが確かに聞こえた。 

 彼女たちは口にしたのは、非常にシンプルな言葉だった。

「がんばって、チン之助。あなたならきっと出来る!」

 彼を想う者たちの、その優しき真心(まごころ)から出た応援が、どれほど彼を勇気づけたか。

 その時、チン之助は自分でも気づかぬうちに右手で握りしめている物があることに気づき、そっと手を開いた。

 エネマグラだ。

 四階で自身の尻からまろび出たそれを、彼はトイレできれいに洗ってスーツにしまっていたのだ。

 勇気とエネマグラ、その二つを持ったチン之助は、迷うことなく自身のアヌスにエネマグラの丸い先端を滑り込ませた。前立腺の刺激が背骨を駆け抜け脳に届き、手指の先まで活力がみなぎる。陰が陽に、反転する!

 影の手たちがチン之助の足を掴み、その体を飲み込もうと上に登ってきた。

 バシーーン!!

 激しい音ともに漆黒の手が下腹部から弾かれた。

 股間に光が満ちる。

 影たちはたじろいで男から距離を取っている。

 光が収まった。

 見よ! チン之助のペニスが猛々しく天を向いている!

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