第40話 悪魔の囁き


「おやおや、己の醜さに気が触れてしまうとは」


 不意に暗闇の中で声がした。

 悠々たる表情で姿を現したのはギーヴだった。

 そんな彼に向かって俺は問う。


「仲間がピンチだったというのに傍観か?」

「仲間? 変なことを言わないで下さいよ。彼女は私達魔族を動き易くする為の道具に過ぎないのですから」

「取引と言っても、やはりお前ら魔族にとってはそんなものか」


 言われたギーヴはニヤリとする。

 そして勿体付けたように言う。


「そんな事より、これからどうするんですか?」

「どうする……とは?」

「随分と淡泊な人間なんですね。目の前に魔族がいるのですよ? 私と戦うのかと聞いているのです」


 俺の目的はあくまで復讐だ。

 その中に魔族と戦う予定なんて入っていない。

 しかも相手は上級魔族だ。実際に渡り合えるかどうかは分からない。


できれば避けて通れるものは避けた方がいい。

 だが問題は、こいつが見逃してくれるかどうかだ。


「お前と戦う理由が無いのだが?」

「それは面白いことを言いますね。大体、普通の人間は魔族と聞いただけで襲いかかってきますがね?」


 それが明らかに雑魚と分かる魔族ならな。


 こちらが退散する隙を窺っていると、奴の方から意外な言葉を投げ掛けられる。


「そういえば先ほどの戦い方を見ていて思ったのですが、貴方の中に底知れぬもの感じました。しかもそれは人が持つものとは違う何か……。その正体を貴方は知っていますか?」


 俺は反射的に右腕のヴァニタスを意識するが、奴に悟られぬよう平静を保つ。


「さあな、俺はただの死霊使いだ」

「そうですか。なら、こういうのはどうでしょう?」

「?」

「私と共に来ませんか?」

「魔族の仲間になれと?」

「ええ、貴方には何かこう……ただの人間とは違う親しみを感じるのです」


 思い掛けないギーヴの発言に、側にいたリゼルが不安そうな視線を送ってくる。


「目の前で取引相手をぞんざいに扱っておいて、そんな奴の言葉を信用出来るとでも?」

「貴方は別格ですよ」

「説得力が無いな」

「では、断ると?」

「まあ、そうなるな」


 俺がそう答えるとリゼルはホッと胸を撫で下ろしていた。


おいおい、俺がノコノコと魔族に付いて行くとでも思ってたのか?

 それくらいの信用はあるだろ。


 彼女に対して不満を抱いていると、ギーヴの表情が先ほどまでと打って変わって鋭いものになる。


「ならば仕方がありませんね。こちらの秘密を知ってしまっている以上、貴方には死んでもらうしかない」


 やはりそうなるか。

 今更だが、魔族を相手に仲間になった振りや、見て見ぬ振りも難しそうだ。

 となると――、


 持ち合わせのスキルで何が有効かを考えていると、リゼルが真剣な眼差しで側に寄ってくる。


「ジルク、お願い。私に魔法を付与して」

「何をするつもりだ?」

「あいつの相手をしなきゃいけないのは、この私だと思うから」


 彼女はギーヴを見据え、目を細める。


 確かにその通りだと思う。

目の前にいるのは彼女自身を殺した相手。

 殺されかけた俺と同じように、復讐心が滾るのは当然のことだろう。


「そいつは構わないが、その体ではまともに戦うことなんて出来ないぞ?」

「分かってる。でも、今の私で出来得る、最大限のことをしたい」


 そう言われると断る訳にもいかない。


「分かった。なら魔法は何を? 火や風系ならそれなりに戦えると思うが」

「ジルクって土系の魔法出来るよね?」

「ああ、ライムントから一通り貰ったからな」

「じゃあソイルメーカーの魔法をお願い」

「本当にそれでいいのか?」


 俺がそう聞き返したのには理由がある。

 ソイルメーカーは無限に土を生み出す魔法だ。

 本来の使い方は対象をその土に埋もれさせ、窒息圧死させるというもの。

 それを霊体である彼女に付与すると、埋もれることは無いにせよ、ただ彼女の体から土が溢れ出すだけでは? と思ったからだ。


「うん、それで多分、上手く行くと思う」


彼女なりに何か考えがあるのだと思う。

ただ、具体的なものが見えてこないだけなのだが……。


「じゃあ、やるぞ」

「うん」


俺はすぐさまリゼルの体にソイルメーカーを付与する。

途端、彼女の体の中心から土が溢れ出してくる。

だがそれは、体の輪郭から漏れ出すことなく、最終的には彼女の体の形を保って止まる。

それはまるで人の形をした土人形だった。


「どう? これ。ゴーレムみたいでしょ?」


 リゼルは得意気に胸を張ってみせた。

 その姿に、俺も思わず感心してしまう。


霊体の中で押し留めたのか。

霊力が高い彼女ならではの芸当だな。

 それなら現実に体を持っているかのように動ける。


「なかなか、いいじゃないか」

「えへへ」


 彼女は褒められて嬉しそうにしていた。

 そんな時、一連のやり取りを見ていたギーヴは冷めた視線を送ってくる。


「この状況で泥遊びですか? 霊体に仮の体を与えた所で所詮、ただの土塊に過ぎませんよ」

「ただの土塊かどうかは、その身を以て知るといいよ!」


 リゼルはそう吐き捨てると、俺が制止する間も無く、攻勢に出た。

 その動きは俺の瞬迅ゲイルファントムと然して変わらない速さ。

 しかも、体内の土を手元で剣の形に変化させ、即席の武器まで作り出していた。


 そこはさすが元勇者と言うべきか。

 戦いのセンスはズバ抜けていた。


 彼女はそのままギーヴに斬りかかる。

 彼もまた巧みにその剣をかわしているが、ややリゼルの方が押しているようにも見える。


 これは……いけるんじゃないか?

 そう思った矢先だった。


「やはり、土塊は土塊でしかありませんね。死した時から、もう貴方の時代は終わったのですよ」


 そう口にしたギーヴの右手に青白い炎のようなものが宿る。

 彼はその手で手刀を作ると、斬りかかってきたリゼルの腕を剣ごと撥ねた。


「……!」


 彼女の腕が宙を舞い、地面に転がる。

それはすぐに、ただの土として地へと還って行く。


「リゼル!」


 俺は思わず、彼女の名を呼んでいた。

 飛び退いた当の本人は悔しさを顔に滲ませていたが、すぐに笑みを返してくれる。


「大丈夫、見た目だけじゃなく、中身もゴーレムと同じだから」


 彼女の腕は体内から溢れ出す土によって見る間に修復され、元通りになる。

 便利な体だ。しかし――、


 霊体であるが故にダメージも追っているようには見えなかったが、それは同時に相手に決定的なダメージを与えられないということでもあった。


 良いアイディアだと思ったんだけどな……。


 そんな事を考えていた時だった。


「他者を気に掛けている余裕なんてあるんですかね?」


 俺に向かってギーヴが投げ掛けてくる。

 その彼の手には人間の頭ほどの大きさの球体が載っている。

青白い光を放つそれは、先ほど彼の手刀にまとっていたのと同じ力のように見えた。


「残念ですよ、非常に。貴方は他の人間とは些か違うと思っていたのですがね。他の虫けら共と同じように葬ることになろうとは。まあ、そんな事はもうどうでもいいですけどね」


 ギーヴは嘆息すると、その光球を俺に向かって放つ。

 それこそボール投げのように軽く。


 こちらも魔法を使い、そいつを相殺しようと試みる。

 だが――その手が止まる。


 周囲の空気を飲み込みながら向かってくるその光球にただならぬ力を感じたのだ。

 それは火、水、風、土、雷、氷、光、闇の八属性の中には無い力。

 全てを蹂躙せんとする重苦しいこの感覚は、敢えて言うなら〝魔〟と表現するのが近い。


 その魔の力を目の前にして、俺は理解した。

 こいつは俺の持っている魔法では相殺出来ない――と。


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