第19話 対峙


 部屋に入ると、当然だが真っ先にゲオルクが反応する。


「なんだ、無粋な奴め。取り込み中だぞ?」


 部屋の中は僅かな数の燭台のみで薄暗い。

どうやら、彼は俺のことを衛兵と勘違いしているようだった。

しかし、こちらが反応を見せないと、すぐに衛兵ではないと気付く。


「何者だ? どうやって入った?」


 ゲオルクは乱れた衣服を正し、こちらに鋭い視線を向けてくる。

 その眼光の強さは魔物を狩っていた頃の冒険者の目だ。


 俺はゆっくりと進み出ながら言葉を紡ぐ。


「身分ある者らしく随分と小綺麗な言葉を使っていたから、昔の事などとうに忘れてしまったのかと思ったよ。でも、その目を見て安心した」


 燭台の明かりが俺の顔を照らした時、ゲオルクの瞳が見開かれるのが分かった。


「お前は……まさか……」


 確実に殺したと思っていた者が目の前に現れたのだ、その反応は至極当然だろう。

 彼は驚愕の表情で固まっていたが、すぐに我に返る。

 そして、あの時と変わらぬ侮蔑の視線を向けてきた。


「あの状況でよく生きていたな」

「お陰様で」

「……」


 皮肉めいた答えを返すと、僅かだが彼の眉間に皺が寄るのが見て取れた。


「霊とばかり話していたせいで、お前まで死霊レイスになっちまったって訳じゃねえよな?」

「期待に添えられないで残念だが、この通り未だ血の通った肉体を持ったままだ」

「……」


 ゲオルクは一瞬、何かを考えていたようだったが、すぐに態度を軟化させる。


「あの場所から舞い戻れるなんて凄えじゃねえか。それだけ強い運を持ってるってことだろ。そいつを見抜けなかったのは俺のミスだな」

「運か……それもあったかもしれないな」


 俺の脳裏にヴァニタスとの邂逅が蘇る。


「まあ、色々あったけどよ、過去は過去として、こうして久し振りにかつての仲間に再会できたんだ。そいつを祝おうぜ」


 ゲオルクはテーブル上にあった酒のボトルに手を伸ばすと、俺に空のグラスを勧めてくる。

 しかし、俺は視線だけでそれを断る。

 すると彼は、ニヤニヤしながら背後のベッドを背中越しに指し示す。


「なら、あっちにするか?」


 そこには半裸の女性が放心した表情でベッドに寝そべっていた。

 乱暴されたのか頬は酷く腫れ、口元には血が滲んでいる。


「遠慮しておく」

「そうか? そういえばお前はユリアナ一筋だったもんな」


 ゲオルクは馬鹿にしたように俺の顔を覗き込み、下品な笑みを見せる。

 だが、それを無視して続ける。


「俺がここに来たのはお前に聞きたいことがあったからだ」

「は?」


 彼は意外そうな顔をした。


「大魔導師ライムントの墓……あれの破壊を指示したのはお前か?」

「大魔導師……? ああ、広場にあった古い祠のようなあれか。確かに俺の指示で撤去させたが、それが何か?」

「石棺に納められているはずの骨が無かった」

「それは捨てたからな」

「捨てた……? なぜわざわざそんな事を?」


 聞くと、ゲオルクは悪びれる様子も無く答える。


「大昔の人物とはいえ、英霊は英霊。この町にも未だにそいつを信奉している老いぼれ共がまだまだいるのさ。俺がこの町の領主として安定した支持を受け続けるには、そういったものが邪魔になってくる。人という者は少しでも不安に駆られると、絶対的な存在に縋りたくなる生き物だからな。ライムントの墓はその象徴になりかねない」


ようは己に反抗する者達が結束し、組織化しないように、先手を打って口実になりそうなものを予め排除したということか。

 跡地に自分の像を建てたのは、新たな象徴として取って代わろうという魂胆なのだろう。


「墓を壊しても骨さえ残っていれば、愚かな者達はそれすらも担ぎ上げようとするだろう。それはこの町の人間にとっても不幸な結果を招くだけだからな。そうなる前に排除しただけだ」

「なるほど」

「?」


 俺の反応があまりにもあっさりしていたので拍子抜けしたのか、ゲオルクは怪訝な表情を見せる。


「わざわざ、そんな事を聞きに来たのか?」

「いいや、大事な用事がもう一つある」

「ほう、なんだそれは?」

「お前への復讐だ」


 告げた直後、僅かな沈黙が過った。

 しかし、すぐにゲオルクが堪えきれずに吹き出した。


「ぷっ……ぶはっはっはっはっはっ! 復讐だって? お前が? 何をどうしたら、そんな考えに行き着いたんだ?」

「そんなにおかしいか?」

「だってそうだろ、幽霊とおしゃべりすることしか能の無いお前が、どうやったら俺に勝てると思ったんだ? 谷底に落ちた時、頭でも打って正確な判断が出来なくなっちまったとか?」

「一つ言えることは、俺はお前が知っている過去の俺ではないということだ」


 そこでゲオルクはふざけた調子を抑え、威嚇するような目を向けてくる。


「確かに、前とは雰囲気が変わったようには見える。多少は鍛えたんだろう。だがそれは所詮、衛兵達の警備をかわし、領主の懐に侵入したことでいい気になっているくらいの実力に過ぎない。そんな程度ではベンダークを倒した新時代の勇者様は倒せんよ」


 こいつ、自分で勇者様とか宣ったのか。

 呆れて物も言えないな。

 まあいい、俺は俺の目的を果たすだけだ。


「お前の言うように、いい気になっているのかどうか――実際に試してみるか?」


 そう言ってやると彼は不快そうに目を細めた。


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