第3話 欲する者達


 復讐――。

 そう言われて、アルバン達の顔を思い出す。

 俺を奈落へと突き落とした時の彼らの嬉しそうな表情。

 それを思い起こすと忌々しさが募る。


 復讐――それを成せる力が、この俺にあるのならそうしたい。

 だが、彼らは一流の冒険者だ。無能な俺が正面から立ち向かって勝てる相手ではない。


 ヴァニタスは力を貸してくれると言うが、封じられている身でどうするというのだろうか?

 俺の中で興味が湧き始めていた。


「その力というのは?」

「フフ……お前なら欲すると思っていた」


 話に乗ってきた俺のことをヴァニタスは楽しそうに窺う。


「我がお前に与える力は〝死者の能力を奪う力〟」

「死者……から?」

「そうだ。躯から魂は消えど、死体には魂の欠片――即ち生前の記憶が残されている。無論、そこには死者が生前使っていた能力――スキルの記憶も残っている。そいつを再構築し、己のものとする。死んだ者の魂が見えるお前だからこそ扱える力だ」

「本当にそんなことが?」


 俄に信じがたい内容だった。

 だが、それがもし事実なら、何も能力を持っていなかった無能な俺から抜け出すことができる。


「既にある死体から奪うも良し、得た力で誰かを殺し奪うも良し。無限に強くなる未来が待っている。そうなれば、復讐を遂げるなど容易いこと」

「……」


 ヴァニタスは暗がりの中で怪しく笑う。

 そんな姿を見据えながら俺は思う。


 相手は邪竜と呼ばれる存在だ。

 そんな奴が真っ当な話を持ち掛けてくるとは思えない。

ある意味、これは悪魔の取引だ。


 だが――それもいいかもしれないな。

 そもそも俺は崖から突き落とされた時点で死んでいた。

 それが運良く助かっただけのこと。

 ならばその命、どう使おうが然して変わりはしない。

 あいつらに復讐できるなら、魔道に堕ちてみるのも面白い。


 俺はヴァニタスの眼窩の奥を見つめる。


「どうすればいい?」

「くく……覚悟を決めたか。なあに簡単な事だ。我がお前の体に取り憑き、一体となるだけだ」

「一体……って、俺の体を奪う気か?」

「案ずるな。意志までは奪わない。お前は、お前のままだ」


 本当かよ……段々、不安になってきたな。


「しかし、封じられている身でどうやって俺と一体化するつもりなんだ?」

「それならば問題ない。魂のみでお前の肉体に憑依する」

「魂のみ??」

「この封術は我の肉体に施されているもの。ならば、その肉体から魂を切り離せばよい」

「え……それって……」


 それがどういう意味なのか、幾つもの霊魂を見てきた俺はすぐに悟った。

 ヴァニタスも俺が言わんとすることを感じ取ったようだった。


「ある意味、それは現世に於いて〝死〟と呼ぶものだ」

「……」

「だが、所詮それは肉体的な死を迎えるだけ。我にとっては些細なことだ」

「いや……大ごとだと思うけど……」

「そうか?」


 ヴァニタスは手足に力を込め、封印の鎖を引っ張ってみせる。

 闇の中で魔素が瞬き、骨が軋む音を立てる。


「我はあまりにも長く生きすぎたのだ。このような骨ばかりの朽ちた体にいつまでも縛り付けられていては反吐が出る。そこへ行くと魂はいい。実に自由だ。このような辛気臭い場所にいつまでもいたら、それこそ魂まで腐ってしまう」

「いいのか?」


 少し前の俺からしたら、まさか自分が邪竜の身を案ずることになるとは思ってもみなかっただろう。

 ヴァニタスは鼻で笑う。


「そろそろ外に出たいと思っていた所だ。だが、我に相応しい器など、そうそう見つかるものではない。そこに丁度、お前が現れた。魂と対話できる能力を持つ者――これほどお誂え向きの器はない。我にとっても運の良いことだ」


 それは褒められてるのか、なんなのか……分からなくなってきたな。


「外に出られた暁には、我を封じた憎き大賢者――彼奴に復讐をしたい」

「いやそれは……。何百年前のことだか知らないけど、さすがにもう生きてないんじゃないか?」

「人間とは弱く脆いものだな。だが、彼奴のことだ。妖しげな魔術で生き延びている可能性は充分にある」


 いやいや、無いと思うぞ……。


 俺が心の中で突っ込みを入れていると、ヴァニタスを包み込む空気が変わる。


「では、始めようではないか」

「本当にいいのか?」

「くどいぞ。それともお前の方が怖じ気づいたか? ジルクよ」


 そう言われて、ムッときた自分がいることに驚きを覚えた。


「いや、やってくれ」

「ふむ、では行くぞ」


 ヴァニタスは巨体を起こし、静かに構える。

 すると魔力を高めているのか、骨の体が淡い光を放ち始める。

その光が一斉に放たれた次の瞬間だった。


俺の体が意志に反して硬直したのだ。

 まるで見えない鎖で縛られているかのように身動きができない。


「くっ……これは……?」

「一体となるには互いの魂にズレが生じぬよう固定しなくてはならないからな。魔力の糸で我の魂とお前の魂を縫い合わせたのだ」


 霊を見分ける要領で凝視してみると、確かに俺の胸の辺りから細い光の糸が伸びていて、それがヴァニタスの体の中心に繋がっているのが見えた。


「ズレたまま行うと、どうなるんだ?」

「上手く融合できず、お互い魂のまま永遠に宙を彷徨うことになるだろうな」

「な……」

「そうならない為にも無理に抗わぬことだ」

「ああ、そうさせてもらう」


 そんな結末は御免だ。ここは素直に従うべきだろう。


「では、改めて……」


 すると、ヴァニタスは長い首を曲げ、俺に顔を近付けてくる。

 それだけなら、どうという事ではなかったのだが……。

 問題は、どういうわけか大口を開け、鋭い牙をこちらに向けてきたのだ。


 この状況――俺が動けないのをいいことに食おうというのか?

 さすがにこれは看過できない。


「おい、何の真似だ?」


 すかさず訴えると、ヴァニタスはなぜ止められたのか分かっていないような態度を示した。

 だがすぐに理解したようで口を閉じ、我に返る。


「おっと、一つ言い忘れていた」

「?」

「我がお前に憑依するには魂の拠り所となるものが必要なのだ」

「拠り所? それってどういう……?」

「つまり、お前の体の一部を代償として貰うということだ」

「なっ!?」


 戸惑う俺をヴァニタスは平然と見つめていた。

 こいつ……わざと一番大事なことを後出しで言いやがったな。


「では、どこを頂こうか。そうだな……」


 ヴァニタスは俺の体を品定めするように見回している。


 藻掻いてみるが縫い付けられた魂と共に体は全く動かない。

 それに奴の言っていることが本当ならば、抗えば融合に失敗しかねない。


 俺は体の力を抜き、成り行きに身を任せる。


 そもそも俺はとうに覚悟を決めたはずだ。

 今更、迷うことじゃない。

 そう思っていると、


「うむ、この右腕を貰うとしよう」


 耳元で、そんな声が聞こえた。

――その直後だった。


耳の奥でブチブチと筋肉が引き千切られて行く音が聞こえる。

 見れば、ヴァニタスの牙が既に俺の腕に噛み付いていた。


「……っあ!!」


 これまでの人生で感じたことのない痛みが脳髄を貫く。

 ヴァニタスは、そんな俺のことなどお構いなしとばかりに貪り食う。

 筋肉と共に骨まで噛み砕かれてゆくのが感覚で分かる。


「っあああああああああぁぁっ!!」


 峡谷に絶叫が木霊する。


 痛みは限界を超えると感じなくなるという。

 確かに今は何も感じない。

 心も空虚のように思える。

 そんな状態でぼんやりとしながら自分の腕に目をやる。


「……」


 すると、そこにはあるはずのものが無い。

 骨と肉が噛み切られ、肩から先を全て持って行かれたのを自覚したその時、

俺の意識は途絶えた。

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