2話 捨てトカゲ

 ーー身動きの取れない暗闇の中で目を覚ました。


 普通ならここで混乱するのだろう。


 しかし、俺は違う。


 この手の小説を読み尽くし、幾度となくドラゴンに成る妄想にふけっていた俺は慌てない。


 ひたすら蠢き手足らしきものを広げ、頭突きのようなものを繰り返すこと37回。


 ついに目の前の壁が、いや卵の殻が割れ、新鮮な空気と光が俺のドラゴンとしての誕生を祝福するかのように包み込んできた。


 ドラゴンとして生まれた喜びを胸に、元気よく産声を上げる。



「シュイィィイッ《生まれたぞーー!!ー》」



 その声は良く響き、聞くものにすべてに世界の尊さを教えるがごとく。


 その姿はまだ弱々しいながらも、一個の生命として明日へ羽ばたこうとする大いなる意思に満ちていた、と思う。



「ピュイィッピィーーーーー《俺はっドラゴンだーーーーー!!》」



□■□■□■□■



 新たな命の誕生に立ち会い、感銘を受ける者がここに一頭。


 石竜。


 『地母神の森』最強のモンスターにして、地母神に使える百竜の一頭である。

 


 石竜には、親も仲間もいない。

 地母神に神域の守衛として配置されてより、長い刻を孤独に過ごしてきた。


 神域の管理のため、また生態系ピラミッドの頂点としてその威を示すべく、知り尽くした森を日夜巡回するだけの日々。


 

 そのいつも通り退屈な散歩道。


 ふとした視線の先に、ポツンと岩肌に産み付けられている卵。


 気まぐれからか、あるいは日向ぼっこついでか、眺めている内に新たな命の誕生に居合わせることになった。



□■□■□■□■



 さて、”刻印付け”または、”親子間の刷り込み”と呼ばれる現象がある。


 特に有名なのが、生まれて初めて見た者を親だと思ってしまうヒヨコの実験だろうか。


 基本的に人間の場合、”ライナスの毛布”や”愛着現象”として、触覚を鍵に作用する。まして、転生者は生まれた時より、ある程度成熟した判断力を持つもの。


 つまり、ほかに転生者がいたとしても、生後初めて見たものを即座に親と見なすようなことは、まず”ない”だろう。


 ーーしかし、此のトカゲはどうだろうか。


 人の心と爬虫類の体を持ち、自身をドラゴンだと思い浮かれている。

 



「キュユイイーーー《パパンドラゴンだー-ー》!!!」


 当然のように、石竜を親と刷り込まれた。


 いや、刷り込まれに行った。


 種の違う石竜には、正直何を言っているのか分からなかったが、人が捨てられた子犬を拾うがごとく、このトカゲを拾うことに決める。



「キェーー、キュイイッ《あーー! ドラゴンだー-ー》!!!」



 非常に良く鳴くトカゲである。


 孤独な石竜は、罅の入った相貌をにっこりと緩ませ、ゴマのように小さな卵の殻もろともトカゲを片手に乗せると、器用な3足歩行で自らの住処である洞窟へと連れ帰ってゆく。



「キュゥイイイーーン《ドラゴンに乗ってるーーー》!!!!!」



 こうして俺の新たな石竜子生が始まった。



□■□■□■□■



 素晴らしい神様に賜りしドラゴンとしての輝かしき栄光の日々が始まってから、およそ1カ月。


 極めて遺憾ながら、未だにパパンドラゴンとの会話は成功していない。


 というのも、ドラゴンは発話器官やそれに代わる能力を、大っ抵の場合有しているのは全宇宙の常識と思うが、自分が成った種類はそれら全てを有さないらしい。


 まるでトカゲである。

 嘆かわ。



 そういう訳で、パパンドラゴン側から気を遣ってもらい、あとはジェスチャーで何とか凌いでいる。


 こんな状態では当然パパンドラゴンとの高度な意思疎通は不可能。



「キィ、キイイイィイイッ!! 《”推し”に、ドラゴン生活について聞きたいぃのぉぉおお!!》」



 痛恨の極みである。


 しかし、だからこそ一層、日夜パパンドラゴンの行動を舐めまわすように観察し、ドラゴンを学び取っている。


 ……が、パパンドラゴンも乳幼竜に気遣かっているのか、ドラゴンらしいことはあまり見せてもらえていない。


 たまに出かけるとき以外、パパンドラゴンは基本的に一緒にいて、ゴロゴロ寝るか、石を食みゴロゴロ喉を鳴らしている。



 イイぃ…  鉱物を食べるのはドラゴンポイントが高いいぃ……


 これまた残念ながら、幼いこの身は消化器官が未発達なのか、パパンドラゴンのように鉱石を食べることは出来ていない。


 この間、小石を飲み込んでみたら危うく第二の転生をするところだった。


 そんなわけで、食に関して俺は………私…余…我…吾…亜…朕……? 


 うむ、”我”は。食事としてパパンドラゴンが狩ってきてくれた、牛の様な生き物を食らっている。



 ああ、本当に憂鬱だし、屈辱的だ。


 栄光あるドラゴンがこの様。


 せめて大怪獣が飯ならば最低限の格好も付くというのに……。


 そうは言えども、生きるためには仕方がない。


 憂鬱だが今日も牛をこの身の糧とする。



 せめて姿勢は誇り高い竜らしく、”のっしのっし”と洞窟の奥深く食糧庫へと向かう。


 パパンドラゴンが柵として用意した大岩の囲いを垂直に登ると、捕えている牛を睥睨する。



 牛はパパンドラゴンが運んできた草の山を食んでいる。


 囲いの岩をぺちぺち降りていくと、牛もどきも此方に気が付いたようで、一瞥すると寝そべりながら、腹をこちらに差し出してきた。


 


 まぁ、このドラゴンの偉大さに屈服し、恭順し、その身をささげる気持ちはよく分かる。本来、牛程度には過ぎた栄誉だが。ここは、度量を見せるところだろう。贄の気持ちを汲み、この身の一部とする栄誉をくれてやる。



 そうして、我は、食欲と闘争本能に突き動かされるまま、走りだし、勢いよく牛の腹に大口を開けて、かぶりつき……






 乳をチューチュー吸っている。



 ……どろりとした舌触りだが、それが飲みごたえに繋がり満足感がある。


 仄かな甘みがまろやかな香りと共に、口内に広がるのが、ポイントの高いところだ。


 おまけに体温で温まっていたのが白湯のような安心感をもたらしてくれ、ほっ とする……。


 全くもってドラゴンにあるまじき姿だが、乳幼竜なのだし、まぁ……ぎりっぎり、ぎりっっっぎり……、許容できる。


 早いところ大きくなり、パパンドラゴンのように鉱石や宝石を、いや、せめて肉を食みたいところだ。


 

 視線を流し向け生贄の牝牛を見ると、我に食まれながらも、眠りについている。


 ふっ 竜の圧倒的生命力を直に感じ、母なる大地の愛とでも錯覚しているのだろう。


 まるで小動物にじゃれられているかのように、身じろぎしながらもさも幸せそうにうたた寝している。


 哀れにして愛いものよ。 

 我は気にせず乳を吸い、おなかが一杯になると、乳から口を放す。勢いよく口を放したため、牛の乳から母乳が巨岩に吹きかかった。


 川のように流れる母乳を横目に、パパンドラゴンが横になっている寝床へと帰還する。


 しかし突如、パパンドラゴンに爪で摘まみ上げられる。


 おっと、いけない寝る前の日課を忘れていた。


 パパンドラゴンに背中をさすってもらい、げっぷをすると、寝床に押し込まれる。


 我は今日も、香ばしい匂いを嗅ぎながら、パパンドラゴンが拵えてくれた乾草のベットで眠りについた。

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