第11話 出口の捜索

 薬湯の温泉のお陰で体力は回復したものの、心労が大きすぎたため、しばらく木立の中で休憩をした。

 様々な危険を乗り越え探し求めていた場所にたどり着けた達成感は、本当に言葉にならない思いだ。しばらく浸っていたかったが、そうも言っていられない。


 目的のものを見つけたはいいが、いろいろありすぎて、帰り道を見失っているからだ。


 興奮状態の中で、家に帰るまでが冒険ですよ、と私の理性が訴え、どうやって帰ろう、に意識を移した途端、冷静さを通り越して青くなる。


「と、とりあえず、ここから出よう。」


 私は立ち上がり、紙人形を肩に乗せた上で、岩壁に沿って出口を探す。

 通り道がなかった場合、せっかく回復できたのに、再びロッククライミングに挑むことになってしまう。しかも岩壁の高さはさっきの3倍だ。とても登れない。


 温泉の周りをぐるりと回りながら、崖の切れ目をさがして歩く。それほどかからず一周して、私は本日二度目の絶望を味わった。


 出口がない……


 私は膝をついて頭を抱えた。

 もう、ここから一生出られないんだ……


 うぅ、と呻く。


 紙人形はそんな私の頬をツンツンとつつく。


 こんな時になんだよ……と思ったが、全くやめる気配がない。

 あまりにしつこいので無理やり掴んで引き離そうと顔をあげると、紙人形は上を向き、もう一方の手で、崖の中腹を指し示した。


 そこには、ぽっかりと口を開けた洞窟があった。崖の下から四分の一あたりの場所だ。


 あの洞窟が外に通じていれば……私は僅かな期待が胸に宿るのを感じる。


「すごいよ、紙人形! 出口があるかも!」


 私は手放しで紙人形を褒める。紙人形は照れたように頭に手を当てた。へへへ、という声が聞こえてきそうだ。さっきまで悪態をついていた事は心の中にそっと押し隠す。


 洞窟の真下まで行き、上を見上げる。あの高さなら登れそうだ。

 私は崖に手をかけた。


 一歩一歩慎重に登り洞窟に辿り着くと、曲がりくねった暗い道が奥に続いていた。

 この先を進むのか、と少し怯んだものの、行ってみるしかない。


 ……でも、灯りがない中進むのは厳しいよね。


 私は紙人形を見る。


「ねえ、あの手が光るやつ、やってくれない?」


 そんなに凄い光ではないので、ほとんど意味を成さない可能性はあるけれど、なにもないよりはマシなはずだ。

 私が期待を込めてみると、紙人形は驚いたのか、そのまま固まってしまった。


「お願い。こんな暗い道、進めないでしょう?何があるかわからないもん。行き止まりにも気付けないかも。」


 私は食い下がる。むしろ、ここで引き下がるつもりはない。闇の立ち込める洞窟の中を進むには、僅かな光源でもほしいところだ。


「さっきの鳥みたいに危険なものが出るかも。尖った岩肌にぶつかるかも。目の前に急に大きな穴があいてて落ちるかも。」


 紙人形は少し考える素振りを見せる。もうひと押し。


「このままじゃ危険過ぎて中に入れないよ。私がここで立ち往生したら、君も困るでしょ?いつも私の肩に乗ってるんだから、協力くらいしてよ。ここか出られないと何もできないじゃない。」


 私が言い募ると、紙人形は諦めたように腕を光らせた。


 光源としてはだいぶ頼りないが仕方ない。私を追い回した時よりは少し強めに照らしてくれてる気がするし。


 私は手のひらに紙人形を立たせ、少しでも先が見えるように前方を照らしながら歩く。


 幸い、壁に激突するようなことはなかったし、突然落下するようなこともなく順調に進んでいく。


 が、しばらく進むと、目の前に竹を組み合わせて作られた板が立ちふさがった。明らかに人工物だ。……いや妖工物?

 とにかく、自然に出来たものではないことは明らかだ。

 ただ、ドアになっているわけではなく、ガッチリと板がはまっていて行く手を塞いでいる。


 これは先に進んでいいのだろうか、、、と頭を過りはしたが、他に道はなく、ここまで一本道だったことを考えると、外に出られる可能性はこの向こうにしかない。


 私は紙人形を自分の肩に乗せると、反対側の肩を使って思いっきり板に体当たりをした。


 板を見た当初、体格の小さい私ごときにはビクともしないかも、と思った。

 が、物は試しと思いっきり突っ込む。

 すると予想に反して、板は勢いよく外れ、私は諸共向こう側に倒れ込んだ。


 痛た……と起き上がり周囲を見渡す。

 あたりは明るくなっていて、明らかに誰かの生活の痕跡があった。


 筵を重ねて敷いただけの寝床のようなものが隅に置かれ、天井近くに張られた蔓のようなものに粗末な服が干してある。


 寝床とは逆方向の壁際には、細い竹をうまく組み合わせたような棚があり、道具類が置かれている。


 どうやら、誰かの家に侵入してしまったようだ。

 しかも、全体的に大きく、羊の家と比較しても、かなり体の大きな者が住んでいそうだ。


 ……これ、マズくない?


 完全に不法侵入である。

 しかも、壁の一部を破壊している。


 チラッと、自分が押し破ってきた板を見る。

 嵌め直せるだろうか……


 私は周囲を見渡し、耳を澄ませる。物音はしない。板を押し破った時にも大きな音が出たが誰もやって来なかった。

 恐らく、家主は不在なのだろう。


 今のうちに、板を嵌め直して、こっそり外に出よう。


 私は急いで板に駆け寄り、板を持ち上げる。


 お……重い……!


 外れるときはあんなに簡単に外れたのに、持ち上げるのがこんなに大変とは思わなかった。

 嵌っていたわけではなく、立てかけてあっただけなのだろうか。


 端を少しだけ持ち上げて自分の体を下にぐぐっと滑り込ませ、反対側の端を壁の隅にひっかけてこちら側を押し上げることで板を立たせようとする。しかし、ある程度まで持ち上げたものの、身長が足りないせいで、それ以上持ち上がらない。


 自分を支点にして、シーソーのように板が後方にバタンと倒れないようにバランスを取りながら、私は途方に暮れた。


 うぅ……やっぱり無理かも……


 ちょっとずつ後退して、静かに板の下から出て、そのまま外に出よう。申し訳ないが仕方ない。


 私はそう決意し、今度は少しずつ後ずさりを始める。


 が、ある程度戻ったところで、ふっと竹の板が軽くなり、手から離れ、板の影になっていた筈なのにうっすら自分の周りが明るくなった。


 何事かと見上げると、ゴツゴツとして浅黒い大きな手が板の縁を支えていて、少し視線をずらすと、短い角を二本生やし金色の眼光鋭い大男が訝しげな目で私をじっと見ていた。


お……鬼!?


 そう思った瞬間、ヒョイっと私の体が摘み上げられる。鬼の視線の高さまで持ち上げられると、


「こんなところで何をしている」


と低く唸るような声で問われた。


「ご、ごごごごめんなさい! ここが鬼様のお家だとはつゆ知らず、ただ洞窟の向こう側に大きな鳥から逃げるために落ちて、出口が見つからないから何とか外に出ようと思ったら板がハマってて……と、とにかく、ただ外に出たかっただけなんです!ど、どど、どうか見逃してくださいっっっ!」


 私は、ここにいる正当性を何とか必死に説明しようとまくし立てる。


 しかし、鬼は眉を顰めるだけだ。


 ふと鬼の後方に目を向けると、私達が入ってきたのとは反対側の出口の扉が開け放たれ、その奥に羊の家で見たのよりも倍以上大きい竈が見えた。鍋が置かれ、火がパチパチしているのがチラッと目に入る。


 喰われる! せっかく大鳥から逃れたのに、鬼に鍋で煮込まれて喰われる!


「ど、どうか食べないでください! 勝手に入ったのは申し訳なく思っていますが、不可抗力だったんです! 私なんて食べたって、骨ばかりで大した肉はありません! お願いですから食べないで……!」


 私は鬼に掴まれたままバタバタと暴れる。


「お願い、助けて! 反省してますから! お願いします!!」


 涙ながらに叫んでいると、鬼が見兼ねたように


「わかったから一回落ち着け!」


と一喝した。


 私は声にビクっとし、ピタリと動きを止める。


 顔をあげて目をパチクリさせると、鬼は困り果てたような表情を浮かべていた。


「あ、あの……鬼様……?」


 鬼の表情に少しだけ落ち着きを取り戻す。もしかしたら、話を聞いてもらえるかもしれない。


 そう思って声をかけると、鬼は、はあ、と大きくため息をついた。


 そして眉根をギュッと寄せると


「私は鬼ではない。」


といった。


「え、でも……」


 どう見ても鬼ですよね、という言葉を飲み込むと、鬼はそれに気づいたように、


「鬼ではないし、兎の妖を食ったりもせぬ。一回落ち着け」


と繰り返した。


「それで、其方、何故こんなところにいた?」


 私は話を聞いてもらえそうな雰囲気にコクリと頷く。できたら手を離して欲しいが仕方ない。


「あ……あの、私、知人に頼まれて、薬湯の湧く温泉を探していたんですけど……」


と、ここに来るに至った理由を詳細に説明していく。危険を犯して山を登り、山の噴気を見つけてそこを目指し、その途中で猛禽類に捕まり、命からがら落ちた場所がこの家の奥の温泉で、それが探していた薬湯の湧く温泉だったこと。


 ようやく見つけたは良かったものの、出口がなく、見つけた洞穴を辿っていったら、この家に繋がる竹の板があったこと。


 板も家の壁だと思わなかったと弁解し、丁寧に詫びる。


 すると、鬼は納得したように、ようやく私を椅子の上におろしてくれた。


 私はほっと息をつく。


 紙人形は? と思って体の周りを見ると、私の背中で、まるで服の模様とでもいいたげにペタリと貼り付いているのがチラッと見えた。


 はぁ、と思わず呆れたため息を漏らさずにはいられなかった。

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