第37話 落涙(弥生視点)
※今回のお話は弥生視点になります。引き続きシリアスです。
赤の他人が見れば、たぶん今のエリカさんは落ち着いているように見える。
でも、私には、むしろエリカさんが焦っているように思えた。
(無理やり不安な気持ちを押し殺して、感情を内に留めているような……)
「単刀直入に聞くわよ。ヒナが言ってたんだけど、ユキにコクったって本当?」
エリカさんの直裁な物言いに心臓が大きくハネる。いつまで経っても鼓動は収まりそうになかった。
「……それは」
本当か、と問われれば、答えは否だ。私自身が男性としてユキさんに好意を抱いているとしても、話の流れからしてユキさんは私の好意を友達としての話だと受け取ってる。
でも、そのタイミングで気持ちを伝えたのだから、ユキさんがそう思うのも当然のこと。
「もう一度、聞くわよ。ユキに告白したっていうのは本当?」
変に誤魔化すのは不義理。本来であれば、事実をありのままに伝えるべきである。
それでも、私は少しの間、
(たぶんエリカさんは私が告白し、それをユキさんが受け入れたと勘違いしている。ならば、このまま勘違いさせておいた方が私に都合が良いのでは? 労せずしてライバルが一人減るのでは? ……いや、ヒナカさんやアヤカさんに情報が伝わることを考えれば、ライバルを一掃できるかもしれない)
卑劣。醜悪。賤劣。浅ましい思考。
その一瞬の思考をもって、私は自らを嫌悪する。この時、私は自分の本性を初めて知った。
「……はい。たしかに私はユキさんに好きだと伝えました。ですが——」
それでも、自己利益のため嘘を吐くような汚い人間になりたくはなかった。
だから、私は事実をありのまま伝えようとしたのだけれど、その
「返して。ユキをがえじで……」
一粒、瞳から零れ落ちた涙が砂利に当たる頃には、エリカさんはすでに崩壊していた。涙腺をフル稼働して顔を濡らし続けている。
膝から崩れ落ち、泣き縋る親友の姿に私が耐えられるはずもなく、気づけば、私も涙を流していた。
「違います。そうじゃ……ないんです」
「がえじでよぉ! おねがいだがらぁ!」
「話を聞いてください!」
途端、エリカさんの顔から表情が消える。あんなに泣きじゃくっていたのに、無表情のまま今度は私をじっと見上げていた。
「そう。ユキを返してくれないなら……」
信じられないくらい平坦な声。少しも感情が乗っかっていない。コチラの話も耳に入ってはいない。
だから、私はしゃがみ込んで彼女を強く抱きしめた。
「ユキさんは私のことを友達としか思っていません。お付き合いもしていません。全て誤解です。たしかにユキさんは私に好きだと言いました。でも、それは友達としての話です」
自分の口で発した言葉が自分の心を突き刺した。けれど、友達としか思われていないのが実情。
「……本当なの?」
「本当です」
「ホントにホント? 誤魔化そうとして嘘吐いてない? もしも嘘だったら……」
彼女が少しずつ落ち着きを取り戻していく。私の腕の中で普段のエリカさんに戻っていく。
「私がエリカさんに嘘を吐いたことがありますか? ありませんよね? だから、信じてください」
エリカさんが私の心の中を覗き込もうと瞳をじっと見つめてくる。
決して目は逸らさない。もはや、真実を伝えた私にやましいことなどないのだから。
そして、彼女はコクリと頷いた。
「……わかった。信じる。変なこと聞いて、ごめん。……本当にごめん」
「気にしないでください。私がエリカさんの立場でしたら同じように取り乱していたと思いますし」
(もし誰かが自分の好きな人と付き合うことになったとしたら、私はどういう行動に出るんだろう……? たぶんその答えは、その時になってみなければ、わからない)
「最後にもう一つだけ確認させて。ユキのことが好きなのは事実なのよね?」
「はい。好きです。友達ではなく、男性として」
「そう……。でも、絶対に私は負けないから。ユキは私が幸せにする」
わかっていたことだけれど、彼女は一歩も譲らない。
でも、私とて譲る気はない。ライバルが友達だからといって捨て去れるほど、私の恋心は安い感情ではないのだから。
「私も負けるつもりはありません。たとえ紆余曲折あったとしても、最終的にユキさんと結ばれるのは私です」
「言うじゃないの……。いいわ。だったら勝負よ、弥生」
「ええ。これからは本気でいかせていただきます」
じっと互いに見つめ合う。そして、ゆっくりと立ち上がれば、突然、ガサガサという音が耳に届いた。
暗くてよく見えないけれど、小川を挟んで向こう側の林に何かがいる……。
「何っ!? まさか熊さん!?」
「と、とにかく別荘に戻りましょう!!」
私たちは手を繋ぎ、別荘に向かって駆け出した。
※次回から幸村視点に戻ります。
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