第31話 もう少しで夏休みなんですが……。

 弥生は俺に向かって深く頭を下げていた。俺が説教する前に、マジメな弥生は罪悪感に耐えられなくなったみたいだ。


「すいませんでした! ただ、私はユキさんが心配で! ……でも、こんなストーカーみたいなマネ、許して貰えないのはわかっています」


 弥生は頭を下げたままだが、それでも声が震えていて、今にも泣き出しそうだとわかる。


(どうせ弥生は三姉妹コイツらに無理やり連れて来られたんだろうし、こうまで深々と頭を下げられちまったら、責められんだろ……)


「まー、なんだ。こんなのいつものことだ。いちいち許すとか許さないとか言ってたらやってられん。……つまりだな。気にすんな、弥生」

「……許していただけるんですか?」


「まぁな。でも、あんまり風紀に囚われすぎんのも良くねーぞ? たまにはハメを外すっていうか。さっきの弥生めちゃくちゃ楽しそうだったぞ?」


 弥生が楽しそうにタンバリンを振っていた、なんてクラスメイトに言っても信じてもらえないだろう。それくらい弥生はクラス内で堅苦しい。


(どっちかと言えば、楽しそうにしている弥生の方が俺は好きだな……)


「そう……ですね。おかしな話ですが、皆さん同じ方向を向いていると言いますか、同じ志しを持つ仲間のような感じで、とてもとても楽しいです」

「なにもおかしくはねぇよ。良いことじゃねぇか、同じ志しを持ってるなんて」


 どの点で弥生と三姉妹コイツらが意気投合しているのかは知らんが、弥生が楽しいなら俺から何も言うことはない。


「そうだ! お姉ちゃん良いこと思いついちゃいました!」


 話が閉まり掛けたところでアヤ姉がピコピコとタッチパネルを操作し始める。


 ……嫌な予感。


「ユキくんにもライム刻んでもらいましょ〜」


 予感的中。さっき流れていたものと同じメロディが流れ始めた。


「え!? ちょっと待ってくれよ! 俺、ラップなんて出来ないって!」

「ダ〜メ! お姉ちゃんの恥ずかしいとこ見たんだからユキくんも見せてくれなきゃ」


 アヤ姉が俺にマイクを無理やり持たせる。エリカとヒナが手拍子を始め、弥生までタンバリンを振りだした。


(チクショー……。ライムを刻めってか……)


「言っとくけど、下手だからな!? あとでけなすんじゃねぇぞ!?」


「「「は〜い!」」」


 四人揃って元気よく返事をしてくれたが、どうせコイツらはあとで俺のことをイジりにイジり倒すつもりだろう……。


 こうして、初めての合コンは終わった。合コン相手には申し訳ない話だが、今コイツらとワイワイやっている方がよっぽど楽しい。合コンなんて俺の性に合わないってことだ。


 ちなみに竹内くんは持病の引っ込み思案が発症して部屋の中までは入ってこなかった。

 そして、店員を呼びに行ったPは、部屋がわからなかったみたいで、だいぶ後になってから到着した。


 そういや、Pの奴、ヒナが部屋の番号を言う前に走り去っていったっけ……。


◇◆◇◆◇◆◇◆


 近頃、蒸し暑い日が続いている。湿気も酷いもんで外にいると蒸し焼きにされそうだ。


 なぜか? そりゃ夏だからだ。カレンダーは七月に変わり、一週間が経過している。一学期も残すところ二週間ほど。


 つまり、もうすぐ夏休み! 海に花火にバーベキュー!


 ……の前に期末テストの結果が発表される。


(めっちゃ憂鬱だ……。特に英語がヤバい。他の科目は問題ないと思うが、英語は高確率で赤点だろう)


「学校行きたくねぇなぁ」


 校門の前で心模様を吐露すれば、一緒に登校していた三姉妹たちに心配するような視線を向けられてしまった。


「どしたの、ユキ? もしかして、お腹が痛いの?」


 お優しいことに、エリカが俺の腹部を勝手にさすってくれる。別にお腹が痛いわけじゃないので全く意味はない……。


「吐き気じゃないかなぁ?」


 背後のアヤ姉は背中を摩ってくれた。これも全く要らぬ世話だ。


「どうしよぉ……。ヒナが摩るとこ、無くなっちゃった……」

「ヒナは後頭部をマッサージしてあげなさい。頭痛かもしれないから」

「そっか! 了解だよ、エリ姉!」


 (いったい俺は校門の前で何をされているんだろうか?)


 傍から見れば、おかしな集団に見えるかもしれないが、これは通常営業、いつもの話。

 現に、校門の前に立っている体育教師も呆れ顔を見せるだけで注意すらしてこない。


「はぁ……憂鬱だなぁ。……あっ! ヒナ、そこ気持ちぃぃ」


 ヒナのマッサージが良いところに入り、少し元気を取り戻した俺は、憂鬱な気持ちを内に押し込め、三人に介抱されながら自分のクラスへ向かったのだった。

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