第46話 結婚式をはじめませんか?

 

「まず一つ目っと」


 ここは邪龍ノヴァのいる神殿。

 リートが壁横にある穴の一つに青い宝玉をはめた。

 カチリと音がしたと同時に、壁が青白く発光する。


「わ、ちゃんと反応した」


 思わず感嘆の声が口から飛び出す。

 こうなる想定は出来ていたけど、実際に見ると感動するな。


「ふふん、当然だよ」


 リートは得意げに口元を緩ませた。


「そんな訳でさくさく行こう。二つ目だ」


 そう言って彼は懐から赤く光る宝玉を取り出した。

 これをはめれば壁は開放される。

 私はごくんと唾を飲み込んだ。その時だった。


「あら、でも何かおかしくない?」


 ミレットがポツリと呟いた。


「変?」

「確か壁を開けるには、宝玉だけじゃなくて、結婚式で一族から認められることが必要だって聞いた気がするんだけど。ノノアとリートって、その条件を満たしていないと思うけど」

「ああ、確かにそうですね」


 ルカちゃんも顎に手を当て頷いた。


「もしかして、いつの間にかお二人だけで結婚式をやっていたとか?」

「え?」

「そうなの? ノノア」


 答えを求めるようにして、二人がじっと私を見つめる。


「ま、まさかぁ」


 私はふるふると首を振った。

 間違いなくブロスが問題を起こした結婚式は失敗に終わったし、それ以降だって、やった記憶は一つもない。


「やったつもりなんて無いよ。断じてない。ですよね、リートさん?」

「そうだねぇ……」

「え。なんでそこ、はっきりと否定してくれないんですか」


 曖昧な返事が妙に私を不安にさせる。やめて。


「や、やってないですよね?」

「……」

「何故、無言に。何か裏があるんですか?」


 不安になって彼に詰め寄る。

 しかし彼は答えない。一体何が。


「ノノア」


 背後から、ミレットがぽんと肩を叩いた。


「何、ミレット」

「もしかして知らないうちに結婚式、やってたんじゃない? 邪龍の闇の力とか使って」


 記憶がないうちに結婚? 待ってくれ、そんな馬鹿な。


「本当にやってないって!」


 私は彼女の手を振り払った。

 とはいえ確かに、相手は邪龍の子孫ことリート。怪しげな力で実は結婚してましたって言われても、それはそれであり得る気もする。

 いや、出来ちゃ困るんだけど。


「分からないわよ。そんなこと言って、案外、知らない間に子供まで宿してたりするんだから」

「いやいや」

「あるでしょ、そういう展開」

「無いよ!」


 ミレットめ、他人事だと思って。

 彼女の顔を睨んだ。

 ニヤニヤと楽しそうに笑っている。悔しい。

 その横でルカちゃんが、すごく真面目に考え事をしていた。


「ノノアさん。体調が悪ければ無理をせずに……」

「無いよ、無いから」


 困り果てて周りを見る。ちょうど師匠と目があった。

 助けて師匠。弟子が困ってますよ。


「……ったく」


 師匠は露骨に顔をしかめた。


「おい、時間の無駄だ。面倒だからさっさと真実を言ってやれよ」

「えー、面白かったのに」

「面白くねえよ」


 うんうん、師匠の言う通り。


「じゃあ真実を」


 苦笑いを浮かべると、リートはあらためて眼鏡の真ん中をくいっと押し上げた。


「手っ取り早く、力で解決した」

「……は?」


 力? 拳ですか?


「俺の最初の説明では、結婚して認められることって言ったよね。でも実際には少し違うんだ。認められれば何だっていいんだよ」

「認められれば」

「何だっていい?」


 私はミレットと顔を見合わせた。

 それなら最初から言ってくれればいいのに。


「そう。だから本当なら、力づくで認めさせたっていいって話になる。でもこれにはリスクがあって、一生下克上の状況が付き纏うんだ」

「つまり命を狙われ続けると?」

「その通り」


 結婚なら公の場で認められる、でも力押しにはそれが無い。その違いのようだった。


「叔父さんはそれが嫌だったから、結婚を選択したんだね」

「でもリートさんだって本当は」


 本当は結婚を選択したかったはずだ。

 自称平和主義の彼なら確実に。


「馬鹿らしいなって思ったんだよ」

「馬鹿らしいですか……」

「勇者君を殺しかけた時に俺は分かったのさ。邪龍ノヴァがいる限り、この手のトラブルは一生終わらない。俺たちと人間の関係は必ず対立するって」


 彼は淡々と答えた。


「俺はそれを終わらせたい。だから爺ちゃんには悪いけどサクッと滅びてもらう」

「それで力で解決を」

「よく考えてみたら、爺ちゃんに勝てば、下克上で挑む馬鹿は現れなくなるだろうしね。一つ残念な事があるとすれば、ノノアと結婚出来ないことで……」

「いやいや、その冗談はいいですよ」

「ははっ」


 彼はおちゃらけて笑った。

 そして私をじっと見つめる。


「よし」

「? どうしたんですか、リートさ……」


 言いかけた時だった。

 彼の顔が近づいた。


「……え?」


 唇がそっと頬に触れる。


「な、何を」

「うん。これでよかったって事にしよう」


 呆然とする私を放置して、彼は一人、満足げに笑った。

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