【12:声を超える】


「アンチマテリアルビーム! マキシマムシュート! この世に悪の栄えたためし無し!」


 キャンキャン騒ぐ画面の向こうの女の子がビームを撃って、別の女の子を焼いていた。で、どういう理屈か服だけ焼けて全裸になるライバルの女の子。そんな魔法少女としてもどうツッコめばいいのかわからない映像は、今期の覇権とも言われるアニメ。


「聖痕のガングリオンであります!」


 主人公と同じ声でアニメ解説をしていた栗山が鼻息荒くマイクを握る。かなりのガチオタらしい。それもじゃあ自分で演じてみせようというガチ勢。つまり声優。


「声優?」


「知らないの先生?」


 厳島の方は「御存知……ないのですか!?」状態だった。


「いや。そういう仕事があるのは知っているが、高校生が働いていいのか?」


「十五歳になれば勤労の権利はありますよ。そうじゃなくても芸能関係には例外で子どもでも働けます」


「芸能関係?」


「アイドルとか子役とか。あと声優とか」


「あー。そういう」


「でも栗山さんがあの臼石泡瀬うすいしあわせなんて!」


 うすいしあわせ? なにその薄幸の少女みたいな名前。スマホで検索すると人気急上昇中のアイドル声優だった。ネットが大半だが祭りになっているらしい。


「これお前?」


「恥ずかしながら」


 目の前の栗山も女子高生として十分可愛いレベルにあるが、スマホの中の臼石泡瀬は輪をかけて可愛かった。化粧のマジックって凄いな。あるいは画像加工の御業か。


「ラジオなんかもやっておりますので」


 聖痕のガングリオン視聴者必聴のラジオ番組らしい。司会進行が臼石泡瀬で、天然の入ったコミュニケーションが可愛いとのこと。


「マジ可愛い! 推せる!」


 で、さっきまで栗山を刺すか刺さないかと言っていた厳島は既に臼石泡瀬の魅力のメロンメロン。ついでにおっぱいもメロンメロン。セクハラですね。自重。


「で」


 視聴覚室に繋いだスマホをシャットダウンして映像を切ると、栗山は俺を慈しむように見つめる。


「こうやって声優として成功を掴めたのも先生のおかげなんです……。だから拙は先生に全てを捧げたい……」


「んーと。前後の辻褄があっていないような気がするんだが」


 俺が何をした。


「変な声って虐められていた私を救って、可愛い声だよって口説いて、声優を目指せと言ってくれたのは先生です。拙はその先生の救いがあったから今こうやって自分のアニメ声に誇りを持てている」


「いや。十分可愛いぞお前」


「じゃあ先生。拙と結婚して?」


「残念無念ながら厳島と付き合っていてな」


 もはや言い訳にもなっていない言い訳だった。そもそも学生と教師が付き合うなという話であり。学校側も俺の不細工にお小言を漏らす程。とはいうが厳島に俺が救われたのも事実で。


「どう思うよ厳島」


「とりあえず聖痕のガングリオンはソシャゲにしましょう。栗山さんのキャラは星5で最高レアリティ。もちろんフルボイスで、臼石泡瀬ちゃんにはいっぱい収録してもらいます。とりあえずバニーキャニオンに連絡してみないと」


 いや。お前何してんの?


 サクサクとスマホを流れるようにタップし、どこか遠い出来事のようなうわ言を呟く厳島は、栗山の告白も、俺の困惑も気にしていなかった。


「臼石泡瀬ちゃん!」


「は、はい?」


「サイン頂戴!」


「いいですけど……。拙は先生が大好きで……」


「とにかくデラックスクアドラプルの社員を巻き込みましょう」


 デラクア。俺でも知っているゲーム会社だ。俺の幼少時代から活躍するゲーム最大手で、今はソーシャルゲームの開発部門も持っている。


「臼石泡瀬ちゃん。スケジュール調整して。今から聖痕のガングリオンのソシャゲ企画を立ち上げるから、声優さんにはその旨通達。もちろん臼石泡瀬ちゃんの芸能事務所にも。ただしツイイッチャッターに呟くのは無し。やっぱりこういうのってコマーシャル勝負になるから」


「え? 本気でソシャゲ創るの?」


「うん!」


 晴れやかな笑顔で厳島は頷いた。たしかに普通は冗談に聞こえるよな。


「ヒロインはとりあえず全員星5。もちろん大量にボイス収録するからその旨覚悟して。私はスポンサー集めるから」


「集まるか?」


 俺が眉を顰める。人気とはいえネットでしか騒がれていないアニメが世間に通じるのか。


「大丈夫。一年くらいの運営を目途にすればそこそこ稼げるから。仮に赤字になっても別に痛恨事でもないし」


「そうなのか?」


「いえ。サ終って結構アレでありますよ?」


 芸能事情やエンタメ事情に詳しくない俺が栗山に問うと、彼女も厳島の暴走には呆れていた。というか本気と思っていない節がある。そりゃ女子高生がソシャゲ企画立ち上げるとか普通に考えてないんだが……。


「予算ってどれくらいかかるんだ?」


「二億から五億くらいかなー。勝負するなら十億ってところもあるけど」


 数兆円の資産を持つ厳島にはまさに誤差だ。十億くらいはドブに捨てても痛くないという超大金持ち。一応俺の共有財産。


「と、とにかく! 拙は厳島さんより先生のことが好きであります! 先に好きになったのは拙の方! だから諦めてもらいます!」


「私、先生とは小学生からの付き合いだよ?」


 途中でキングクリムゾンされたがな。


「拙は先生が教育実習の頃に救われたであります!」


 おおう。確かに厳島より早い。


「じゃ……じゃあ……」


「そうであります」


 フフンと栗山が鼻で笑う。


「先生は栗山さんが小学校の頃に既に臼石泡瀬の可能性を感じ取っていたと!」


「そうですけどツッコむ箇所が違うであります」


「栗山のアニメ声って聞いてるだけで不思議な気分になるよな」


「だから今はいっぱい稼いで先生には不自由させず……」


「言っておくが厳島は冗談じゃなく数兆円の資産を持ってるぞ」


「ちょ……兆?」


「もちろん参加する声優にはしっかり給料払うから! だから一緒に聖痕のガングリオンのソシャゲを成功させよう?」


「お仕事をくれるのは嬉しいけど……拙は先生のことが大好きなんであります!」


「うん。私も好き!」


「先生は拙と結婚すべきであります!」


「えー。臼石泡瀬ちゃんは私の嫁! 私と結婚しよ?」


「拙は……ええと……」


 思ったより厳島がガチオタで引いたらしい。たしかに声優ファンにしても自分で好きなアニメのソシャゲ企画立ち上げるってどう考えても普通じゃない。


「私は先生と結婚するから、臼石泡瀬ちゃんは私の嫁になって!」


「えー」


 まぁ暴走した厳島に巻き込まれた場合、全てを諦めるより他になく。


 俺もそうだった。

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