【10:胸ーモシュネー】


「三十七度八分」


 風邪だな。


「風邪だよ」


 ってなわけでどこから引っ張ってきたのか。厳島は風邪をひいていた。一応学校側に連絡しておく。学内での恋愛についてはグチグチ言われるが、俺と厳島が同棲しているのは一部の理事しか知らないし、なお口を挟まれることもない。


「なわけで厳島と俺は休みます。大事をとって。ええ。作業についてはこっちからサーバーにアップしますのでいつもの通りに」


 スマホで学校に連絡を取り厳島と、ついでに俺も休んだ。別に行ってもいいんだが、ここは慎重になった方が吉だろう。


「先生も休むの?」


「念のためだ。病院に行くにも病人一人はマズいし、ついでに俺にも潜伏していない保証はない。それとも出かけてほしいか?」


「……一緒に居てほしい」


「うん。可愛い」


 クシャッと厳島の銀髪を撫でる。


「えへへ。先生と二人きりになれる。もっと早く風邪引けばよかった」


「冗談だろうが息災の方がいい。あまり心配をかけるな」


 ちょっと心配なのは事実だ。いつもは厳島が立つキッチンに俺は立った。


「先生。朝御飯なら私が」


「寝てろ」


 ガシッとアイアンクローをしてソファに放る。寝室にはいたくないらしく、妥協案としてダイニングのソファに寝かせている。


「さて。コメはあって卵もあるか。卵粥でいいよな?」


「先生の手作りなら何でも」


「一応言っておくが期待はするなよ。どうせ男の料理だ」


 なわけで朝食をとってからマンションを出た。タクシーで近くの診療所まで移動する。


「ぐでー」


「御気分はいかが?」


「クラクラする。コレが恋?」


「多分風邪の耄碌だな」


 さすがに午前中は人が多い。というか老人の皆様方は病院以外に行く場所無いのか。


「先生もうつされないように注意してね」


「お前のを受け持つ意味でなら歓迎だが」


「粘膜感染?」


「自分の言葉に責任持ってるんだろーな? お前……」


 大きめの病院だが、さすがに流れるような早業でとはいかない。しばらく病院で二人、スマホを弄りつつ時間を潰す。


「先生が風邪ひいたら私が看病するからね?」


「そうだな。一応覚悟しておこう」


 グダグダと二人ソシャゲのイベントを鬼周回。そうこうして診察までたどり着いて、医者が診断する。


「風邪ですね」


 うん。知ってた。


「栄養を取って薬を飲んでください。早ければ明後日にも熱は治まりますよ」


「ありがとうございましたー」


 近場の薬局に寄って薬を受け取る。


「さてどうしよう?」


「一緒に居る」


「そうだな。動いてもしゃーないし帰るか」


 これから悪化しないとも限らない。一応の様子を見て、解熱と睡眠か。ちなみに抗生物質は含まれていない。なんでも抗生物質って服用すると肉体に耐性がついてしまうらしい。なわけで風邪ごときで処方するわけにはいかないとのこと。


「ほい。スポーツドリンクと薬。あとは食欲が無かったらアイスでも食え」


「クラクラする。先生も休んで?」


「そうだな。お前が眠るまで周回しておこう」


「先生……大好き……ふに……」


 転がり落ちる石のように彼女は眠りについた。やっぱり朝から体温も高かったし体力を使っていたのだろう。飯も卵粥だけだ。エネルギーの補給としては物足りない。


「さて。じゃあ適当に飯でも」


 俺も休んだので手持無沙汰。いつもは厳島が手料理を振る舞うか外に食べに行くので最近は自分で用意するということをしていない。カップラーメンでもいいのだが、どうせ暇なのだから作り込んでみるか。なお明日まで引き継げれば言う事はない。


「ありがとうございましたー」


 そんなコンビニ店員の感謝営業を聞きつつ、買った品物を選別する。そこそこ手近なコンビニでも材料は揃うものだ。ワインに関しては厳島の部屋にワインセラーがある。何故あるのか聞いたことがあるが、意味不明な答えしか返ってこなかった。


 てなわけでちょっと時間を食って帰ると、厳島のやけに真剣な表情とかち合う。顔が上気しているのは病故か。あるいは別の理由か。


「ただい――」「――先生!」


 突貫するようにこっちに突撃してくる厳島。


「せんせぃ……ぃ……」


 俺を離すまいとギュッと抱きしめてくる。その熱の温かさに、ちょっとこっちが困惑する。厳島がこっちをからかって悪戯することはあるが、こんなに真剣に求められることははたしてどれだけあったか。


「どうした?」


「怖い夢見た……。先生が私から引きはがされる夢……。小学生の私が無力で先生と離れ離れになる夢……。ずっと先生と会えなくなる夢……」


 概ね事実だな。


「起きたら先生がいなくて。まるで夢だったんじゃないかって……」


「あー。買い物行ってた。悪い。ただ一応俺の生活痕跡はあるんだから、適当に俺のジーンズの匂いでも嗅げば……やっぱ無し」


 こいつなら本気でやりかねん。


「先生は何処にもいかないでね?」


「お前の傍にいる。ていうかお前がいないと今の俺は成立しないし」


「一生一緒に居て」


「そうだな。そのための努力はしてみよう」


 女子高生と結婚しようというのだ。不朽の努力と不屈の意思は必要だろう。


「あ。身体拭いて?」


「うーん。ベタだ。いや、そのイベントは来るだろうと思っていたが」


「じゃあ。えへへ」


 俺がタオルを濡らして持ってくると、すでに厳島は肌着を脱いでいた。ブラジャーから零れそうな巨大な胸が張り艶も見事に冴えわたっている。


「本当に大きくなったな。お前のおっぱい」


「中学から一気にね。今じゃ学校で一番大きいんじゃないかな? やっぱり男子の視線も気になるし。ここまで大きくなる予定はなかったんだけど」


「傲慢の大罪だな。いや。俺としても胸が大きいのは加点対象だが」


「下品に見えない?」


 エロく見える。一応確認はとっておくが触ってみたい。


「お身体に触りますよ」


「先生にならいいよ。幾らでも私をけがしていい。私を慰み物に使っていい」


 一応聞くがそういう性癖持ってないよな。たまに言葉の端々に「俺に隷属したい」みたいなイントネーションが見て取れるんだが。


「でも自分じゃ亀甲縛りは出来ないし」


「お前のその巨乳を亀甲縛りで強調したら凄いことになりそうだな」


「あ、縄あるよ?」


 寝てろ病人。

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