【03:大金虫と小金虫】


「どこここ?」


「えーと。住所は……」


 そういうアドレスを聞いたんじゃないんだが。都心の駅近くにあるマンションというだけでも物件的にかなりのモノなのに、その最上階が厳島の住居と聞いた時の俺の気持ちを十文字以内で表現せよ。


 ミラクルセンセーション(字余り)。


「こんなとこ住んでんの?」


 しかも分譲。地価的に考えてもかなりアレだろう。


「別にこんな嫌味なことしなくてもいいんだけど、知り合いがせめてセキュリティに気を遣えっていうから仕方なく」


「どういう理屈だ」


「とにかくこれから一切先生はお金の心配しなくていいの。ここに住んでいる限り三ツ星フルコースでもマンハンチュエンシーでも食べていいから。服は紳士服の専門店で揃えて、ガチャも回し放題!」


 はたして制限のないガチャをガチャと呼ぶのか?


「で」


 ガシッと厳島の頭部を掴む。アイアンクロー。


「何をした?」


「ちょっと株取引しただけ。そしたらその会社が大手企業の目に留まってM&Aされて。持ち株が数兆円で売れてさ」


「兆……」


 法螺と受け止めてもなお破壊的な数字にめまいを覚える。


「そうしたら後は先生と幸せになるだけじゃん?」


「えーと。お前はソレでいいのか?」


「っていうと?」


 ガチでわかってないのか?


「俺なんかと付き合って大丈夫なのか?」


「だって結婚の約束したじゃん」


「いや。他に好きな奴いないの?」


「先生が好きなのに他に好きな人なんていないよ」


 心外だとばかりに彼女はすねる。


「私はあのころから先生が好き。先生だけが好き。この気持ちは変わってない」


 なんかものぐさ太郎みたいな展開。


 これ以上現実逃避もむなしいので、高級マンションの最上階の部屋に入る。一階層丸ごと厳島の部屋だった。


「えへへぇ。先生と同居♪」


 お前様、幸せそうね。


「じゃあ引っ越し業者に頼んで荷物配送してもらお。これから先生は此処に住むんだから」


 いきなりマンションの最上階をぶち抜いて丸ごと占拠してると言われて信じるのも難しいが、今こうして目の前の在るのが現実だ。


「地震が起きたら死ぬしかないな」


「耐震工事はしてるはずだよ。まぁ死ぬなら一緒に死にたいよね」


 部屋とワイシャツと厳島。


「あとは何か欲しいものある? 経済的な範囲内でなら聞くよ?」


「金で買えないものは無理か」


「例外は私の処女くらいかなー。社会的信用は金で買えないし」


 ロリコン教師として俺は世間に知られている。ぶっちゃけ教師職は絶望だ。


「とりあえずはいい。腹減ったな」


「何か食べに行く? あ、私が作ろうか?」


「料理できるのか?」


「先生のお嫁さんになるんだもん。花嫁修業はバッチリ」


 ニコッと笑む彼女の表情につられて、俺も少し笑ってしまった。そういえばアレ以来笑うということも久しいような。


「先生はソシャゲでもやってて。私が作るから」


「ちなみに得意料理は?」


「イタリアかな。カチャトーラとかプッタネスカとか得意」


「じゃあそれで」


「承りー」


 ルンと弾むような声で彼女は応え、エプロンを巻いた。


「えへー。こうやってエプロン姿になると先生のお嫁さんみたい」


「そうなるんじゃないのか?」


「今年の誕生日が来ないと結婚できないから」


 まだ十五か。


「盗んだバイクで走り出せ」


「幸運の壺とか買っていいからね」


 それもどうよ。


「後は一緒にお風呂に入って、一緒に寝て、一緒に営みをすれば、他は好きにしていいから」


「せめて働かせてくれ」


「働きたいの? 一生遊んで暮らせるよ? パチンコもカジノもオッケー」


「根が貧乏性でな。働かないと落ち着かない」


「でも先生素敵だし。オフィスラブは避けてほしいなー」


「じゃあさっきのバイト先でもいいから」


「やーよー。あんな時給が低い場所。先生の職場としてはふさわしくない」


 とは言われてもな。


「サラミとワインのカチャトーラ~」


 で、まこと我が道を行くが如く。厳島は料理を始めた。


 いい香りがキッチンとダイニングに広がる。


「そのー。先生。今夜のことなんだけど」


「ヤるのか?」


「ヤらないの?」


「俺は構わんが、お前が大丈夫か?」


「えーと。先生になら」


「学則は?」


「禁止!」


「じゃあ屈しろ」


「えー」


 こっちとしても胃が痛い。


「ていうかどこの学校に通ってるんだ?」


「帝雅学園」


 私立のインテリだ。


「お前頭いいんだな」


「先生に言われるとかなりアレだけどね」


「俺は高校行ってないから」


「高校行かなくて高認受けて大学も飛び級するとかなりウハウハだよね。そりゃ十代で教師になるよ」


「勉強くらいしかすることなかったから」


 色々と人間として破綻しているのは知っている。


「あー。じゃあ。先生の職場かぁ。働かなくていいんだけど……」


「せめて厳島にプレゼントする婚約指輪は自分で買いたいだろ?」


「うへへぇ~」


 はい。キモイ。俺の婚約指輪を楽しみにしてくれるのは嬉しいんだが。


「はい! 先生! 私の手作り料理! 私の手料理で細胞を構築して!」


 厳島のカチャトーラは期待と警戒より美味しかった。

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