連載ver

【01:幼心と恋心】


 慟哭。哀惜。


「おいテメーら。俺の前でイジメとはいい度胸だ」


 厳島の白銀色の髪をはやし立てる様に男子生徒複数人が彼女を囲んでいた。


 心無い言葉に厳島が泣いている。


「これ以上内申点を下げられたくなかったら散れ」


 体罰は原則禁止となった今の世をどうにか生きるには、相応の足し算引き算が必要だ。基本的に子どもって大人を舐め腐るものだから威厳のない教師はクラスを崩壊させる。俺も学生の頃は教師を揶揄う程度はやっていた。


「なんだよフーミン。こいつが好きなのか?」


「フーミン言うな」


 頬をつねってツッコみ、男子生徒諸氏を解散させる。どいつもこいつも俺と一緒の黒髪黒目に黄色い肌。一応生徒の名前くらいは憶えているが、ここで名前を呼ぶのも疲れる。


「大丈夫か? 厳島」


「あ……う……」


「災難だったな」


 彼女を抱えて校舎に戻る。放課後。誰もいなくなった教室で、俺は魔法瓶からコーヒーを注いで厳島に差し出す。


「苦い……」


「と思って砂糖を用意しておいた」


 保健室の教師がスティックシュガーを常備しているのでいくつか失敬しておいた。


 改めて甘くなったコーヒーを飲んで厳島は微笑んだ。


「美味しい」


「そりゃようござんした」


「先生は優しいね」


「優しくないと教師は出来んしな」


 ときおり「ああ。思いっきり殴れたら」と思うこともある。


 政治的な理由で言わないが。


「なんで私……こんな色なの?」


「父方の家系が混血なんだろ。隔世遺伝っていうんだよ」


「かくせいいでん?」


「綺麗な髪の遺伝子がお前に宿ってるってこと」


 クシャリと彼女の頭を撫でる。銀色の髪が放課後の夕日を鮮やかに反射していた。


 厳島護道院美鈴いつくしまごどういんみすず


 彼女はクォータの人種だった。生まれつき異国人顔の丁寧な御尊貌。シルクのようにサラサラの髪は白銀色。ルビーアイのように可憐な瞳は見る者を魅了する。今だからこそ幼い肢体は将来が楽しみだ。


 小学校の生徒としては平均的な身長と発育。


 で、そんな銀髪赤眼の美幼女の担当をしているのが俺だった。正確にはとある教室の副担任。上から言い様に使われる宮仕えだ。小学生の対応に意識を裂くお仕事。


「可愛いよな。お前」


「先生は私を……可愛いって思うの?」


「多分誰でも思ってるけどな」


「じゃあ何でイジメられるの?」


「素直になれないオノコ心。男子だったら誰でもお前にちょっかいを掛けたくなるんだよ」


「先生も?」


「肯定はしないが否定も難しいな」


 正味な話。


「ま、ウチを卒業して中学生になってみろ。お前大人気だから」


「モテる?」


「モテるぞー。メッチャモテる。今度は女子から反感を買うんじゃないかって思えるほど」


「先生も惚れてくれる?」


「そうだな。可愛い可愛い」


 心を込めずにそう言って、厳島の銀色の頭を撫でる。彼女の愛らしさは実際に奇跡のようなもので、多分に遺伝子の気まぐれが作用した結果だ。


「じゃあ先生。私と結婚して?」


「そうだな。お前が結婚できる年齢になったらな」


 その頃にはモテモテで俺のことなんか忘れているだろう。中学生になれば彼女の非常識な美少女性は男子の性欲を刺激するだろう。


「約束よ?」


「お前こそ忘れんなよ」


 全く悪意なく俺は冗談に応じてのけた。


「じゃあ今から恋人ってことで」


「…………どういう理屈で?」


「婚約したんだから恋人」


 何をいまさら……と厳島は俺にマウントを取る。


「えへへぇ。せーんせぃ」


 ギュッと彼女が抱きしめる。ふんわりといい匂いがした。キンモクセイの香りだ。


「じゃあ清いおつきあいを」


「エッチはしてもいいんだよね?」


 清いの言葉の意味を復習してみろ。


「ていうか出来るのか?」


「それはまぁ」


「どうやるのか知ってるのか?」


「ウェブ漫画に載ってたよ?」


 昨今のネット社会って未成年に気安いよなー。


「先生だけが私に優しい」


「だから中学生になってみろって。誰もお前を放っておかないから」


「私の恋は先生だけ。先生さえいれば他に何も要らない」


 そんなわけで付き合うことになった。もちろん立場上黙秘で、ついでにエッチは禁止だ。仮にこの禁を破った場合、俺の人生が詰む。だが流石に性に興味津々のお年頃。俺と付き合うことになった厳島のアピールは猛烈を極めた。


 とある日。厳島からメッセが届いた。


「?」


 画像付きのコメントは俺を噴飯させる。俺と厳島の雑コラ画像だった。


「何やってやがる」


 時間を見つけて厳島にアイアンクローをして問い詰めると、彼女は年齢不相応な笑みを浮かべた。まるでこうなることを察していたかのように。一応人目は避けている。


「抜ける?」


 聞くな。


「だって先生が私以外に興奮してるって思うと……嫉妬する。興奮もするけど」


 だからってこんな状況的に考えて、俺を千尋の谷に突き落とさなくてもいいと思うんだが。それこそこの画像が出回るだけで俺の破滅はすぐそこだ。


「エッチできないならせめて私で抜いてほしいじゃん?」


 その言葉もようと分からん。


「で、そうするとオカズが必要だよね?」


 そんな理由で雑コラを作れるお前の創作意欲に驚嘆するんだが。


「とにかく。俺の立場を危うくするな」


「先生なら喜んでくれるって思ったのに……」


「いや。お前の可愛さは天元突破だから」


 ぶっちゃけヴィーナスも跨いで通る。


「こんなことしなくても俺はお前にベタ惚れだ」


「じゃあエッチしよ?」


 そこは熟考の方向で。というか抱いた場合、刑事事件になる。小学生と付き合うってだけでもこっちのリスクヘッジにかなり気を遣う。厳島が思う以上に危険値は青天井だ。とは申せども……言って聞くなら子どもじゃないわけで。


「せーんせっ! 大好き!」


「だから、むぐ――ッ!」


「んーッ!」


 彼女の唇が俺のモノに重なった。


 ファーストキス。


 乙女の重大事をここで浪費していいものか。俺にとってはテーゼだった。

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