第15話 おめでとう、上手にやけました

「ピキューーー!」

「さすがカラちゃん! 火炎放射の威力もすっごいね! というか前より増してるね! こんなの、丸ごとこんがりおいしく焼けちゃうに決まってるよ!」

「ピュイー!」


 顔を洗うのに必死だった巨大ガニは逃げる間もなく、真正面から火炎放射を浴びていた。ボオオオッという音が、しばらく途切れなく続く。


「……そろそろいいかな?」


 わたしの言葉に、カラちゃんの炎が止まる。

 やがてぷすぷすぷす……と音を立てながら、真っ赤に焼けたカニが、ゆっくりと水の中に落ちた。ジュウウウッ! という音は、使い終わった直後のフライパンを水で洗おうとした時の音と一緒だね。


 と同時に、またもやカラちゃんの体が光った。コォオオオ! という光がカラちゃんの体の内側から発せられ、直視するのが難しいほど。けれど今回も前回同様、すぐに何事もなかったかのように光が収まる。


 この間もだったけれど、何の光だろう? 敵を倒すたびに光っている気がするなあ……。そんなことを考えながらカラちゃんをゆっくり水の中におろすと、わたしはカニをつっついてみた。


「あつっ! さすがに死んでるみたいだけど、まだあっついなあ……。もうちょっと水で冷やしてから運ぼうかな?」


 悩んでいると、カニが一瞬ぷかりと浮かび上がった。かと思うと、何もしていないのにすいーっと岸の方に向かって動き始めたる。


「わっわっ、なにごと……って、スライムかぁ!」


 よく見るとカニの下には、さっきのスライムがいた。頭の上にカニを乗せて、スイスイ泳いでいた。


 もしかして食べるつもりなのかな? まあ、あの子が助けてくれなきゃわたしきっと死んでいたし、あげちゃってもいっか。


 そう思いながら岸に戻ったわたしたちを、巨大ガニを頭に乗せたスライムが待っていた。どうやら、わたしたちのために岸へと運んでくれたらしい。


「えええっ! 君、力持ちな上にとっても優しいんだね……!? さっきといい、本当にありがとう!」


 わたしがお礼を言うと、スライムが無言でぷるぷるっと震えた。


「そうだ、せっかくなら一緒にカニを食べない? ファブニールさんのところに持っていこう」


 わたしの言葉を理解したのか、またぷるぷるっとスライムが震える。それからカニを頭に乗せたまま少し進んでは振り返り、少し進んでは振り返った。どうやらファブニールさんのところまで運んでくれるらしい。


「ううっ……本当にいい子! カラちゃんといい君といい、このスパルタな世界にも優しい子っているんだね……!」

『ピュイ! カラちゃん、やしゃしいこー?』


 飛びついてきたカラちゃんを抱っこしながらわたしは言った。


「優しいよ~! それにとっても強くていい子! 」


 褒めると、カラちゃんはご機嫌にピュイ! と鳴いた。存分に撫でたところで、今度はスライムの方を向く。


「君って呼ぶのも他人行儀だし……スーちゃんって呼んでもいい?」


 スライムのスーちゃん。……ちょっと安直すぎたかなと思いつつ、さっきスーッて泳いでる姿がかわいかったんだよね。


 ぷるるんっとスライムが震えたかと思うと、透明な体から、長い触手のようなものがにゅる~っと伸びて来た。


「わっ! わっ! なに!?」


 一瞬逃げ出しそうになったけど、触手はわたしの前にたどりつくと、ふよふよと揺れながらぴたっと止まる。


「も……もしかしてあくしゅ……?」


 おそるおそる手を差し出して、細い触手を握る。途端に、スライムがぷるるるんっと揺れた。おめめが嬉しそうに細められる。


「ふふっ、名前、気に入ってくれたのかな? よろしくね、スーちゃん」





 それからわたしたちは、こんがり焼けた巨大ガニとスーちゃんとともに、ファブニールさんのいる洞窟に戻った。


『……おや、今度はジャイアントキャンサーを持ってきたのか?』


 ファブニールさんは、口になにかくわえていた。ガチャン、と音がして、足元に茶色いバックパックみたいなものを落としている。


「水浴びしようと思ったら襲われて……カラちゃんに焼いてもらいました」

『よいな。カニは久しく食べてないが、うまいぞ。……おや? そっちはベビースライムか? スライムもなかなかいいぞ、ぷるっとして甘くて……』


 ファブニールさんの目が向けられて、わたしはあわててスーちゃんを背中に隠した。


「いっいえ! この子は食料ではなくって、わたしたちを助けてくれたんです! だから一緒にカニを食べようと思って」

『ふむ……まあいいか。小さいし』


 ほっ。スーちゃんが食べられずにすみそうでわたしは安心した。……っていうかスライムって甘いんだね。ゼリーみたいな感じなのかなあ……。


『そうだ、メグよ。これを使うといい』


 言いながら、ファブニールさんが足元に置いてあったバックパックを爪でぐいと押す。


「なんですか? これ」

『うむ。この間手に入れたのだ。どこかの冒険者が使っていたものらしい』

「へええ、冒険者さんの……。ってあの、もとの持ち主さんは……?」


 わたしがおそるおそる聞くと、ファブニールさんはケロリとして答えた。


『死んだぞ』

「ヒッ!?」


 ま、まさかファブニールさんが……!?

 わたしの怯えに気付いたファブニールさんが、フンと鼻を鳴らす。


『勘違いするでない。見つけた時には死んでいたのだ。……あと念のため言っておくが、わたくしに人を食べる趣味はないからな』


 よ、よかったぁ……! わたしはほっと胸をなでおろした。


『もしかしたら、メグが必要とするかもしれないと思ってな。取って来たのだ』

「ありがとうございます、とっても助かります!」


 お亡くなりになった冒険者さんには悪いと思いつつ、わたしはありがたくバックパックを受け取った。中には小さな鍋やら毛布やらが入っていて、どれも洗えば有効活用できそうだ。


「あ……いいものがありました!」


 そう言ってわたしが取り出したのは、そこそこの大きさのナイフだ。これなら、包丁代わりに使える!


 わたしはスーちゃんが運んできたカニに近づくと、ナイフを使って脚やハサミを解体し始めた。ズワイガニを食べる時みたいに、足の殻のやわらかい部分を狙ってグサグサと刺していく。家でカニ鍋してた時の知識があってよかった!


「えいっ、えいっ! さすがにズワイガニよりは硬いね……」


 ふぅふぅ言いながら亀裂を入れると、わたしは両手を使って殻をはがす。


「ん~~~っしょっと!」


 バキバキッと音がして、殻の間から現れたのは、ふるるんっと揺れるおいしそうなカニの身だった。

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