第029話 散歩
次の日、いつものように朝ご飯とお弁当を作って皆を見送り、日課を済ませた僕は、昨日学園長に相談したことを早速始めようと思っていた。
「ウォンウォンッ」
しかし、その前にユキが僕を呼んだ。
「どうしたの?」
「クゥーン」
身振り手振りでユキが言いたいことを理解できた。
「つまり、散歩をしたいと」
「ワフッ」
元々野生の犬であるユキにとって寮でジッとしているのは退屈だと思う。外に出たくなるのも無理はないよね。
「分かったよ。三十分だけだぞ?」
「ウォンッ」
ユキは嬉しそうに外に飛び出していった。
よっぽど嬉しかったんだな。散歩に出かけることを考えると、ユキと僕だけだとあまり長く離れられないし、もう一匹くらい留守番がいたほうが良いかも。
また今度、探しに行ってみよう。
僕もユキの後を追って走り始めた。
「ワオンッ」
「分かったよ」
追いつくなり、ユキの願いに従って背中に飛び乗る。
「あっ、あっちに害獣がいるね。駆除しておこう」
「ウォンッ!!」
僕はユキに指示を出して害獣の居る方へと向かった。
◆ ◆ ◆
「うぅ……頭が痛いのじゃ……」
ワシは学園長椅子に座って頭を抱えていた。
「生徒の前で羽目を外して飲みすぎるからですよ」
「だって、飲まずにはいられなかったんじゃもん」
ただの二日酔いじゃが。
昨日は飲みすぎて途中から記憶がない。途中でレイに話しかけられたような気がするが、思い出せん。
「じゃもんじゃありません、じゃもんじゃ。
「ワシ、十歳じゃし~」
咎めるような視線を向けるキリカから顔を逸らして誤魔化す。
「それは見た目だけでしょうに。はぁ……それよりも昨日はどうでしたか?」
キリカは呆れながらも一つため息を吐くと気持ちを切り替えた。
「うむ。ユキは本当にこちらに敵対することはなさそうじゃった。最初は気が気じゃなかったがの」
酒を飲んだ勢いでモフモフしたが、あれは至高の触り心地じゃった。それに、完全に人に懐いている姿にすっかり骨抜きにされてしもうたわい。
他の個体はともかくユキに関しては問題ないじゃろう。
「そうでしょうね。私なら近づくのも躊躇します」
「慣れれば可愛いもんじゃ。それにレイも正式に寮母になったしの」
「そうですか……それは一安心ですね」
「うむ。なんとか上手くいって良かったわい」
これですぐにレイが外に出ていくという事態は免れた。
幸い、寮生たちはもうレイに悪感情は抱いていない。
あやつたちにも言っておいたし、後はこれからレイと良好な関係を築いていけば、そうそうあやつが出ていくことはあるまい。
後は誰かがレイとくっついてくれればいいのじゃが……いや、レイの力を考えると、全員娶るのもありかもしれんな。
それぞれの家に話を通しておくか。
――コンコンッ
「失礼します」
キリカが扉を開け、戦乙女部隊の隊員が入ってくる。
「どうしたのじゃ?」
「伝令!! 魔境にモンスターの群れが集まっているとのことです!!」
「またか!? モンスターの種類と数、そして場所は?」
「種類はオーガ。数は約五千。学園の北、約五十キロ程です」
「なんじゃと!? キリカ、見えるか?」
「少々お待ちください」
オーガは額に生えた二本の角と鍛え上げられた二メートル以上の肉体が特徴のモンスター。単体でオークキングに超える強さじゃ。五千もの群れならマスターオーガがいると見るべきだ。
マスターオーガは幻級モンスター。そんじょそこらの戦乙女でも相手にならん。魔境との境界には精鋭が常駐している砦があるが、彼女たちでも厳しかろう。少なくとも犠牲者が出るのは間違いない。
本来ならワシが出撃すべきなのじゃが、安全上、ワシはこの学園からあまり離れられん。
どうしたものか……。
「見えました!! マスターオーガを筆頭に、ハイオーガ、オーガマジシャン、オーガアーチャーなどの上位種が多数。隊列を組んで、こちらに向かって進行してきています」
「くっ。やはりか……」
悩んでいると、キリカの報告が耳朶を打った。
ワシの予想が当たってしまった。あまり当たってほしくなったのじゃが……こうなったら、ルビィ君含む、特待生部隊を出撃させるしかないか……。
学園にはすでに現役の
あまり危険な目に遭わせたくはないが、背に腹は代えられまい。
「え?」
そうワシが決心した時、キリカの間抜けな声が聞こえた。
「キリカ、どうした?」
「……レイ君とユキちゃんがオーガ軍を蹂躙。オーガ軍は消滅しました……」
「あははは……またか……」
もう何度目かになってくると、驚きよりも呆れが勝つ。
部下も生徒たちも危険に合わせずに済んだことは喜ばしいが、ワシは乾いた笑いを上がるしかなかった。
◆ ◆ ◆
「な、なんだ、あの人物と犬は!?」
私は目の前の光景に目を疑った。
なぜなら、目の前の脅威に数秒前まで死を覚悟していたにも関わらず、その脅威が数分で消え去ってしまったからだ。
魔境との境界の砦に配属されて数年。未だかつてない危機が迫っていた。それは五千匹程のオーガの群れの侵攻。
報告によれば、マスターオーガと呼ばれる幻級モンスターがいるとのこと。この砦には幻級戦乙女が一人と王級戦乙女が何人もいるが、流石に五千匹以上オーガが相手では苦戦は必至だ。
そのはずだった。
私たちはすぐに最低限の戦力を残して、砦の前で陣を組み、国を守るために死ぬつもりでいたんだ。
それにもかかわらず、狼に乗った一人の人物によって、オーガたちは一匹残らず殺されてしまった。
それは虐殺という言葉すら生ぬるい。象が蟻を踏み潰すがごとく、巨大な力で一瞬で消し飛ばされてしまうようなものだった。
「
ほとんど見えなかったが、銀色の髪だけは認識できたため、私たちの間でその人物と狼はそう呼ばれることになった。
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