第34話 見えない攻防
「……戻ろうか」
「やっちゃわないんダ?」
101階は窓があった。
真・隠遁を使っても50階以上のモンスターには無駄だし、そっと見守ることもできない。
降りたところで紬が日下パーティを感知した。
急ぎ真・隠遁を使って、彼女ら距離を取る。
「この階もモンスターと出会わなかった」と紬兄の呟きが聞こえきたような気がしたけど、気のせいに違いない。
ハラハラしつつ、101階に登る階段のところで待っていたら視界が切り替わり、外に出た。
日下パーティが見事、厳島インスタントピラーをクリアしたようだ!
歓声をあげ彼女らに拍手を送る探索者から姿を隠したまま離れ、浅岡本体のいる厳島バリケードの外まで移動し、そこで隠遁を解除した。
「さすが日下風花さんたちだな!」
「だネ!」
「彼女らがクリアしてくれて幸いだった」
俺と紬が騒いでいると、ノートパソコンから目を離さぬ浅岡が引っかかる言い方をする。
俺たちが彼の泊まるホテルに押し掛けたからご機嫌斜めなのかもしれない。
「浅岡くんは風花さんの凄さを知らないんだナー」
「確かにその通りだよ。『幸いだった』は失言だったかな?」
「そうでもないんじゃなイ? 私が偉そうには言えないけど、『前回』99階で撤退したんだし」
「ちょ。紬」
冗談めかして聞き返した浅岡に対し、紬の返しは事実ではあるけど歯に衣着せ無さ過ぎだよ。
絶句した浅岡に代わり、彼女にツッコミを入れる。
しかし、再起動した浅岡が眼鏡に指先を当て応じた。
「アジア最強パーティが99階のモンスターに敗れる実力だとは思ってないよ。99階だけを探索するなら初めて99階に入った蓮夜より遥かに強いだろうね」
「なんだ。浅岡くん。きっちり分析してるじゃない……ぶー」
ぶーって。口に出して言う人を初めて見たよ。
笑いそうになると先んじて紬からじとっとした視線を感じ上を向く。
実際に日下パーティの強さを見たわけじゃないけど、きっちり休息を取れば101階のボスモンスターでも難なく倒す実力を持っている。
101階のボスが大丈夫なら少なくとも103階を踏破することができる実力だ。
「蓮夜も他人事じゃない。紬さんと100階まで行って何か掴めたかい?」
「もちろんだよ。そのことで浅岡に相談がある」
「手配はしたよ。次の週末に遠征するといい」
「おお。助かる」
言わずとも課題の一つを解決する手口を察してくれるとは、さすが浅岡である。
これだけ喋っていてもノートパソコンから目を離さぬとは、何か事情があるのかな?
勉強や仕事ってわけじゃないと思うけど……。
「紬さんもいるけど、彼女は滝さんと同じだからこのまま喋ってもいいかな?」
「ん? 何を? それと、父さんと同じって?」
「紬さんは影兎の信頼できる味方ってこと。むやみに僕らの情報を喋ったりもしないし、できる範囲で協力もしてくれる有難い友人ということ」
「父さんはともかく。紬は俺たちに不利になるようなことを喋ったりしない。俺としても紬がいる前で浅岡が何を喋ろうが特に問題ないと考えている。っつ」
突然、紬が横から抱き着いてきてよろめいてしまった。
くそほどステータスが上がっているから押されたりしても全然平気なんだろうと言われると、そうでもあるしそうでもないという。
そ、それにしてもあれだけピラーで動き回った後だというのに、彼女の髪からいい香りが……。
そっと彼女から体を離し、深呼吸をする。
「そんな風に思ってくれてたんダ。これは恋?」
「違うから、心配しないで」
「えー」
「……浅岡。さっきからずっと目を離さないノートパソコンが関係している?」
浅岡はノートパソコンを見つめたまま、コクリと頷く。
「影兎が有名になるにつれて、多少はと思っていた。僕のスキルがあれば片手間でも多少なら問題ない」
「ん。どういうこと?」
「影兎はギルドとして登録している。有名になればコンタクトを取ろうとしたり、探ろうとしてくる者が増えてくる」
「それは確かにそうだな」
「正規のルートなら問題ない。メッセージが来ようが返信しなきゃいいだけ。問題は正規じゃないものだね」
「ハッキング?」
「君の認識にある意味ホッとしたよ。まあそのようなものだね」
「それって大変じゃないか!」
「多少なら全く問題ないよ。恐山インスタントピラーをクリアした後から急に激しくなった。中には政府系組織まであった」
「えええええ! 政府系って。そもそもギルド組織って官営の全国ギルド協会だろ?」
「当たり前だけど、全国ギルド協会はギルドの個人情報を外に漏らしたりはしないよ」
「政府って言っても色んな組織があるんだな」
「海外も含めて、ね」
まさか俺がのほほんと暮らしている間に浅岡が政府系組織とまでバトルを繰り広げていたなんて。
インスタントピラーのモンスターと異なって、ネットワーク越しの戦いはどんな感じなのだろうか?
浅岡を見るに今も絶賛バトル中なのだろうけど、見ても何をしているのか全然分からん。たまにキーボードを打っているけど、それくらいで他に動きが無い。
「俺も何か手伝えたりする?」
「僕が君のインスタントピラーに同行できなくなる。だが、今のところ突破されることはまずない」
「すげえな」
「どう表現すればいいか。通常兵器ではまず不可能と言えばいいかな。ピラーへの挑戦で想像してみて欲しい」
お。腹落ちした。
さすが浅岡! 分かりやすい。
ピラーに軍隊が挑んでも二階がせいぜい。対して能力者なら人にもよるけど鼻歌交じりに踏破することができる。
ことピラーにおいては軍が使う兵器より能力者個人の方が遥かに強いわけだ。
浅岡のバトルも同じこと。通常兵器で浅岡の要塞に挑んでも、フェイクセンスに歯が立たない。
電子の海を操るだっけ。コンピューターネットワークの世界では無類の強さを発揮する。
俺がフェイクセンスを持っていても、浅岡のようにはいかないだろうけど。
スキルは持っているだけでもそれなりに強くはあるけど、使い手がどれだけうまくスキルを使うかの方が遥かに重い。
俺も精進せねばならないな。うん。
「ねね。浅岡くん。浅岡くんと蓮夜くんの個人アカウントにも何かきているの?」
「来ている。蓮夜のものも含めて撃退しているから問題ないよ」
「そこまでは漏れているんだネ。仲間を疑いたくないけど、ホライゾンのメンバーも探った方がいいカナ?」
「いや、必要無いよ。探ろうと思えば僕が探る。紬さんは今まで通りにしていて欲しい」
「分かった!」
「何かときな臭くなってきたね。滝さんに相談するよ。幸い、もうすぐ学校が休みになる」
これは紬ではなく俺に向けての言葉だな。
「分かった。ありがとう」と浅岡に礼を言う。
対する彼は「どういたしまして」と右手をあげる。
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