第28話 母の病

 浅岡と別れ、急ぎ自宅に戻った。

 

「ただいま」

「お兄ちゃん!」


 扉を開けた途端、二階からダッシュで妹が降りてきて俺の胸に飛び込んでくる。

 彼女を受け止め、落ち着かせるように肩に手を乗せた。

 

「お母さんが!」

「母さんがどうしたんだ?」

「お母さんが倒れちゃって、病院に行ったの。私もすぐに行こうと思って」

「父さんは病院?」

「うん。お父さんから連絡があったの」

「母さん、今日は仕事だったよな。職場で倒れちゃったのかな」

「うん。それでお父さんに連絡が入って。私、先に行くね」

「待て。急ぐ気持ちは分かる。その格好はダメだ」


 自分の姿を見て、かああっと頬を赤らめる妹の涼香。

 お着換えの最中だったらしい。

 どんな姿だったかは妹の名誉のために黙っておこうと思う。

 

 この分だと彼女は戸締りを忘れそうな気がしたので、俺も着替えて彼女と一緒に病院に向かった。

 途中、病院と聞いたもののどこの病院か分からず、父に電話したのは秘密である。

 

 ◇◇◇

 

 あっという間に週末になった。

 入院した母は翌日に退院したものの、木曜日には高熱でまた仕事を休む。金曜日になってようやく熱が引いて来たが、大事を取って仕事を休むことになった。

 学校から帰ってきて母の様子を見て、これで仕事に行こうとしていたのかと絶句する。

 先週までの彼女に比べげっそりとやつれていて、元のようになってくれる兆しはない。

 過去の未来の悪夢が脳裏によぎり、嘔吐しそうになってしまう。俺がこんなんじゃダメだ、と何度自分に言い聞かせても過去の未来のトラウマは早々消えるものでもなかった。

 それでも、浅岡に手配をしてもらって近場のインスタントピラーをクリアしたりはしていたんだ。

 全て20階未満のインスタントピラーだったけど、戦っている時はそれだけに集中できるので悪くない。

 浅岡のメッセージを待っていたら、いつもより早く父が帰って来て唐突に「行くぞ」と母と俺を連れ出す。妹もついて行くと言っていたのだけど、彼女を同行させることができない場所らしい。

 

「着いたぞ」

 

 コインパーキングに車を停め、体調が非常によろしくない母をどこから持ってきたのか車に積んであった車椅子に乗せ、土手を進む。

 目に映るのは変わらぬ街の景色と異質な直方体。


「まさか、父さん。母さんをピラーに?」

「そうだ。特別許可を取った。入口ロビーまでしか入らないことと、探索者の護衛をつけることと口添えがあってやっと許可が下りた」

「ピラーに入るのはいいとして、何故母さんを」

「行けば分かる」


 全く分からないよ!

 と心の中で突っ込みつつ、母の乗る車椅子を押す父の隣を歩く。

 

 見慣れたインスタントピラーは、目測で10階前後だろうか。

 ちょうど俺たちが入口前に到着した時、土手の上に車が到着してそこから黒にゴールドとシルバーで有名メーカーのロゴが入ったライダースーツに似た服を着た長い髪の女の人が降りて来た。

 美しい前髪をさらりと揺らし、切れ長の目が印象的な彼女……どこかで見たことがある。どこだっけか。

 

「滝さん。お待たせしました」

「無理なお願いを聞いて頂きありがとうございます」


 ほら、お前も頭を下げろと父に目で睨まれる。

 この人の口添えで母がインスタントピラーへ入場することが認められた? 

 

「滝蓮夜です。父がいつもお世話になっています」

「あら、会うのは二度目ね。日下風花よ。よろしくね」

「あ、あの時の着物姿の」

「また会うこともあると思うから、覚えてもらえると嬉しいわ」


 着物姿のイメージしか残ってなくて、すぐに日下風花だとは気が付かなかったよ。

 世間的にはこっちのライダースーツ姿の方が有名かもしれない。ピラーに挑む時の彼女はこんな感じだったと思う。

 確か、後衛で魔法を使うのだったっけ。そうなれば動きやすい装備がいい。

 俺もボディアーマーなんて装着していないけどね。スピード重視だし。

 

 挨拶が終ると日下風花は形のよい顎をすっとピラーの方へ向ける。

 

「奥様の体調もありますので、さっそく行きましょう」

「ありがとうございます」

 

 父が深々と礼をする。併せて俺も頭を下げた。

 未だに何をするのか全く分かっていないのだけど……。

 父さん。車の中でも説明できたんじゃないのか。

 

 不満を覚えつつも、インスタントピラーの中に入る。

 入ったところにあるロビーもすっかり見慣れた光景だ。ロビーから伸びている回廊の数はそれぞれのピラーで異なる。

 このピラーは二本の回廊が伸びていた。


「発動 ヒューマンアナリシス」


 入るなり唐突に日下風花が魔法? を発動させた。

 

「滝さんの予想通りです。まさかこんなことが……驚きました」

「きっと解明されていないだけで、これまでも香澄と同じような症状で衰弱した人はいたはずです」

「父さん。どういうこと?」


 母も俺と同じで目を白黒させている。

 すると、日下風花がスマートフォンを操作し、父もそれに続く。

 ピロンと父からメッセージが届く。


『名前:滝香澄

 ギルド:-

 レベル:1

 力:0.5

 敏捷:0.5

 知性:1.1

 固有スキル:**』


「な、ステータス……。母さんに?」

「そうだ。それがこの病の原因だよ。浅岡くんにもしかしたらとメッセ―ジを貰って、日下さんに頼み込んだんだよ。彼女の後押しがあれば香澄をインスタントピラーに連れて来れると思って」

 

 スキルを持つ人であれば誰でも本人のステータスを閲覧することができる。

 ただし、ピラーの中でだけ。

 一方でスキルを持たない人はステータスが表示されることがない。

 それなのに母はステータスを持つ。気になるのは固有スキルのところがおかしい表示になっているところだ。

 母は「スキルを獲得してしまった」から、スキルの影響でどんどん衰弱するようになってしまったのではないだろうか。

 スキルって本人に悪影響を与えるものもあるのか。

 母の様子から察するに自分でステータスを表示させることができないようだ。そもそも一般人がピラーに入ることが禁止されているのもあって、これじゃあ気が付けってのが無理な話だよ。

 それにしても――。


「日下さんはステータス鑑定もできるんだな」

「モンスターの鑑定もできる。攻撃魔法もステータスをアップさせる魔法も回復魔法も状態異常を治療することだってできる」

「な……規格外過ぎる」

「本人の前で言うのは余り良くなかった……。申し訳ありません。日下さん」


 確かに。

 親しき中にも礼儀あり、だよな。父と日下風花がどれだけ親しいのかは知らないけど。

 対する彼女は穏やかに微笑み「いえいえ」と首を振る。

 

「蓮夜くん。私のスキルは『スペルマスター』よ。全ての魔法を習得し、使うことができるわ」

「全て……一人で全部こなせちゃうんですね」

「そうでもないわ。一度に放つことのできる魔法は一つだけよ」


 そこで彼女は母の前にしゃがみ込み、ペコリと頭を下げる。

 

「香澄さん。私の回復魔法では治療することができないです。もしかしたら、と思ったのですが」

「そんなことは。私のために尽力してくださり、感謝してもしきれません」


 母の声は弱々しい。

 この後すぐにインスタントピラーから出て、日下風花と別れ帰路につく。

 父から言われるまでもなく、すぐに浅岡へインスタントピラーでの出来事を伝えたことは言うまでもない。

 

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