第25話 恐山ボス
1階層まるまる仕切りがなく、外からは見えない窓がついたフロア。これがボス部屋の作りである。
登った途端に外の景色が見えるため、探索者はすぐにこれがボス部屋だと察することができるのだ。
さて、注目のボスはというと、ドラゴンの影絵のようなモンスターが俺を見下ろしている。
影絵というのは表現が良くなかった。ちゃんと立体的な構造をしているからね。
スケルタルドレイクを真っ黒に塗りつぶしたようなモンスターというのが一番しっくりくる。
「リッチじゃなかったネ。蓮夜くん。今回は自分の身を護ることを優先するね」
「分かった。そうしてくれると、シャドードラゴンにだけ集中できる!」
「発動『ソニックスクリーン』
紬が古めかしいギターに似た楽器(リュートと言うらしい)を指ではじく。
音は奏でられず、彼女の前方に薄い青色みがかった透明の壁が形成された。
なるほど。あの壁でドラゴンの攻撃を防御することができるのか。
ドラゴンと言えばブレスと咆哮だ。敵が強くなればなるほど、ドラゴンのブレスの範囲も広くなっていく。
これで彼女が巻き込まれる心配がなくなった。
彼女の魔曲によるサポートを受けられないわけであるが、これで十分!
元々、ソロで攻略する予定だったのだから。
巨大な黒い影ことシャドードラゴンと真正面から対峙する。
真っ暗闇にぽつんと浮かぶ赤い丸――フェイタルポイントが良く目立つ。
場所は胸の中央部分だ。
先手必勝!
シャドードラゴンが首をあげ口を開く。
それと時を同じくしてナイフを二本投擲する。
『スキル「エイミング」を発動しました』
唸りを上げて飛翔するナイフがぐぐぐっと軌道を変え、シャドードラゴンの胸の中央部分を射貫くべく進む。
対するシャドードラゴンは前脚を胸の前に重ね、ナイフを受け止めた。
影に吸い込まれたナイフはぐつぐつと泡立ち、一瞬にして溶けてしまう。
あの闇に飲み込まれたら即死だな……。
タラリと額から冷や汗が流れた。
敵が俺の動きなど待ってくれるはずもなく、シャドードラゴンの口から紫色の霧のようなものが漏れ出てきて床を覆い始める。
ジュワ。
紫の霧が靴先に触れた途端に煙があがった。
あっという間に広がる紫の霧により、服も煙を上げ始める。
『腐毒の霧の影響を受けています』
『
「ぐ、ぐう」
紫の霧が肌に触れ、焼けただれるような痛みが走った。
浅岡の言葉が思い出される。
「同レベル帯だとレッドキャップのようなタイプや、今後出て来るだろう範囲攻撃で体力を削って来るタイプがボスで来た時は注意かな」
シャドードラゴンは酸でダメージを与えてくるだけでなく、メッセージからして毒の追加効果まである広範囲攻撃を持つ。
苦し紛れにダガーを投げるが、同じく奴の腕に吸収されてしまう。
何か……この危機を脱せるものは……。
ステータスと心の中で唱える。
『名前:滝蓮夜
ギルド:
レベル:28
力:2260
敏捷:1340
知性:1020
固有スキル:吸収
モンスタースキル:エイミング、恐怖耐性(大)、麻痺・睡眠耐性(大)、真・隠遁、剣閃』
真・隠遁はキリングストーカーから得た隠遁の上位スキルで、隠遁と忍び足の効果を併せ持つ。
シャドードラゴンの感知能力は隠遁でも忍び足でも誤魔化せないので発動するだけ無駄。
55階以上を進むのなら、隠遁は外してもいいモンスタースキルではあるよな……探索者相手には超有効だから難しいところだ。
剣閃は64階のブラックナイトって大剣を使うがらんどうの鎧から得たモンスタースキル。
一時的に霧を吹き飛ばすことならできそうではあるが……。
「蓮夜くん。これ使って」
ソニックスクリーンの向こうから平べったい缶が投げ込まれた。
受け取った端から缶の塗装が剥げていっている。恐るべし、紫の霧こと腐毒の霧……。
缶はオイルライターの補充用オイル缶のようだった。
発火させてもこのサイズだと余り効果は……いや、紬が渡してくれたものだ。ただの缶じゃないはず。
「衝撃を与えたら燃えるヨ!」
続いて使い方の説明までしてくれた。
よっし、なら!
ナイフを指に挟むだけで、ただれた皮膚から物凄い激痛が!
長袖もボロボロになり、焼けた腕から血がドクドクと流れ出している。それもまた腐毒によって泡立ち……痛みもさることながら、自分の腕の状態に怖気が走った。
幸いだったのは、腐毒の霧を吐いている間はシャドードラゴンが攻撃してこないことか。
その分、どんどん霧の量が増しているが……。いつまでもレジストが成功するわけじゃないし、時間との勝負だな。
オイル缶を力一杯投げる。
『スキル「エイミング」を発動しました』
続いてナイフを投擲!
目標は今まさに奴の前腕へ吸い込まれようとしているオイル缶だ!
ドガアアアアアン!
爆発音と共に炎の柱が舞い上がる。
中に何を入れていたんだ……あれ。
爆風と炎により腕の影が揺らぎ、フェイタルポイントが見えた!
『スキル「エイミング」を発動しました』
次の瞬間、ダガーが赤い点――フェイタルポイントへ深々と突き刺さる。
光の粒と化していくシャドードラゴン。
『吸収条件を満たしました』
『力アップ、敏捷アップ、知性アップ、スキル「毒・麻痺・睡眠耐性(大)」獲得』
獲得したスキルにゾッとする。
あの霧のレジストに失敗していたら、死んでたな……。
「や、やばかった……」
「やったネ!」
「紬さんの投げてくれたオイル缶が無ければ……と思うとゾッとします。ありがとうございます」
「物を活かすも殺すも使用者次第だよ。スキルだけじゃない君の力がシャドードラゴンを打ち破ったのサ」
浅岡の影もうんうんと頷いている。
照れ隠しに後ろ頭をかくと、ボロボロになったジャケットの一部がずり落ちた。
体はすっかり回復しているけど、服はどうにもならないんだよな……。
紬がジャケットを元の位置に戻そうとしてくれたが、彼女が掴んだところから破れてしまう。
「あらら」
「凄まじい攻撃だったよ」
「あはは。ほら、扉も出てきたヨ」
「おう」
扉に顔を向けたら、頬に暖かい感触が。
かあああと頬が熱くなる。
「なんだあ。嫌じゃなかったんダ。ご褒美になったカナ?」
「知りません!」
カラカラ笑う彼女にぶすっとして顔をそむけ、そそくさと扉をくぐる……前にしまっておいたウサギマスクを被る。
紬が俺の顔の形状が分かることから隠しても一緒ということで56階でマスクを取ったんだよな。
マスクを被ってない方が視界良好だし、気配も感じやすい。
だが、外に出るとなればちゃんと顔を隠さないと、ね。
正直忘れていただろって? そうさ。そうだよ。
浅岡に言われて慌てて装着した。あと一歩遅かったらそのまま外に出ていたよ。
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