第17話 みんなには秘密ですよ

「どういうことだ?」

「さあ、僕に言われても」


 俺たちの憩いの場が女子生徒に占領されている。

 セミロングに前髪の一部をオレンジ色に染めた特徴的な髪型は俺も浅岡も知る人物だ。

 妹の友達の同級生で、浅岡の先輩の妹という俺と浅岡どちらにとっても知り合い以上の人ではない。

 名前は確か坂本琴美だったかな。

 彼女はぼーっと上を見たままサンドイッチを握りしめている。

 ちょっと怖い。

 

「他の場所にしようぜ」


 浅岡に目配せし立ち去ろうとしたら、彼女と目が合ってしまった。

 彼女は俺たちに気が付くやサンドイッチを片手で握りしめ、こちらに向け手を振る。


「浅岡先輩! 滝先輩! 席をとっておきました!」


 こう言われてはスルーするわけにはいかないか。

 浅岡も小さく首を振り、眼鏡に指先を当てた。きっと俺と同じ気持ちなのだろう。

 中途半端に気を遣う俺たちらしい。善意の好意は無碍にできない性なのだ。

 かといって生徒同士がトラブルを起こしていたとしても、自分に関わりがなきゃ見て見ぬふりをするという体たらくである。

 

「まあ、何か話をしたいことがあるんじゃないかな?」

「だな」


 この様子だと伝えたいことを伝えたら満足して去って行ってくれるかもしれない。

 浅岡とはなるべく早く喋りたかったけど、放課後もあるから。

 

「先輩方。見ましたか?」

「と、唐突だね。『何を』が抜けているよ」


 久しぶりに見る弱りながら応答する浅岡の顔に笑いそうになる。

 一方で坂本はグッと拳を握りしめて勢いよく応じた。サンドイッチが握りつぶされておりますよ。


「何をって。ライジングサン、屠龍、天狗の合同報告会ですよ!」

「あ、ああ。クラスで騒いでいた人がいたね。富士樹海のインスタントピラーがクリアされたとか」


 さすが浅岡!

 全く表情を変えずに「初めて聞きました」みたいな態度を取れるなんて憧れる。

 

「そうなんです! あの影兎シャドウラビットが単独でクリアしちゃったんですよ!」

「50階だっけ」

「55階ですよ!」

「まあ、僕らには遠い世界の話だね」

「僕ら? 滝先輩も能力者なんですか!」


 やべ。平静を保っているように見えた浅岡も人の子だ。

 誤魔化すにも中々難しいよな。俺だと一発でボロが出るからと思って黙ってていたんだが、仕方ない。

 

「そうなんだよ。でも、俺はFランクって判定されちゃって。ピラーなんて遠い話なんだよ。浅岡も戦闘系じゃないからね」

「そうだったんですか。能力者同士。これからも仲良くしてくださいね!」

 

 笑顔を崩さぬ坂本の顔は本心からに見える。

 ん。家族である父や能力者と言う制度に対し冷ややかなであり友人でもある浅岡ならともかく、Fランクと聞いて「仲良く」なんて言える人はかなり珍しい。

 社交辞令でとも思ったが、彼女ってコロコロ表情が変わるから絶対に顔に出る。


「坂本さんは俺がFランクと聞いても何とも思わないの?」

「もちろんです! 与えられたランクや能力者だとかそうじゃないとか関係ありません。その人が頑張っているか、それが大事と思ってます!」


 思い出したよ。

 何で俺が彼女のことをどこかで見たことがあるかもって違和感を覚えたのは。

 妹の友人の佐奈と一緒にいたからじゃない。

 俺は前回、彼女に会っている。コンビニバイトをしていた時だったかな。

 アルバイトでも能力者には厳しくて、従業員には自分が能力者であることを知られてしまうんだ。

 そんで、俺がFランクと知った元アルバイトがレジで絡んできて、その時に彼女が庇ってくれて今と同じようなことを言った。

 ちょっとだけ救われたよ。能力者でコンビニバイトをすることがいかに大変か。私は努力をしている人を尊敬しますってね。


「蓮夜?」

「滝先輩?」

「あ、ごめん。面と向かって自分のランクについて好意的だったのが初めてでさ。でも、俺が能力者ってことは黙っていてくれると嬉しい」


 間が空いてしまったからか、二人の視線が俺に集中する。

 頭をかき、坂本にお願いすると彼女は「はい! 詮索して申し訳ありませんでした!」と快諾してくれた。

 微妙な空気が流れそうになったが、坂本が爆弾を投下する。

 

「秘密の代わり……にはなりませんが、実は私、『ライジングサン』に所属しているんです」

「え!」

 

 これには俺と浅岡も驚きを隠せない。

 顔を見合わせ「どうする」とお互いの目が語っていた。

 まさか、あの場にいたんじゃ……。

 悪い予感は的中する。

 

「みんなには秘密ですよ! 私、影兎の人に会ったんです! 姿と音を消す魔法を使っていて見えなかったんですけど、最後に姿を見せてくれて」

「そうなんだ。君が危険なインスタントピラーに挑んでいたとは驚きだよ」

「私なんてまだまだ……庇われちゃってパーティを危険に晒してしまって……。影兎の人がいなかったら、取返しのつかないことになっていたと思うと……」

「ま、まあ。それで姿を見たんだ?」


 浅岡の切り替えしにずううんと暗い顔になった彼女がぱああっと明るくなった。

 

「そうなんです! 可愛いウサギのマスクを被っていたので顔は分からなかったんですが、スラリとして鎧もボディアーマーも装着してなくてビックリしました」

「可愛いか……あれ」

「え?」

「いや、何でもない。ウサギのマスクなんて変わってるなあって。ははは」

「影兎。だからじゃないですか!」


 俺の失言には浅岡も苦笑いだ。

 浅岡が変なマスクを選ぶからだろ。あのウサギマスクは目がいっちゃってて、ホラー系だと思う。

 万が一姿が見えた時の対策として準備してくれたはいいが、もう少しマシな物を選んでほしかった。

 そこまで気が回らなかった俺が言えた口ではないことは分かっている。


「影兎の人のことは、滝先輩の能力を聞いちゃったことの代わりです。私も何か秘密を打ち明けたくて……」

「そんなことをしなくても君の気持ちは分かったよ。それで、俺か浅岡に聞きたいことがあって待ってたんじゃなかったのか?」

「何で分かるんですか! 一緒のパーティになった時に屠龍ギルドの方がリーダーを務めてくださったんですが、的確に指示を出してくれて頼りがいがあって……」

「屠龍ギルドに知り合いがいないかって? それはライジングサンに頼んだ方が」

「ち、違います。その方が滝さんというお名前で、私と同じくらいの息子がいるとかおっしゃってまして。滝先輩と同じ苗字なのでもしかしたらって」

「い、いや。日本全国に滝って名前はいっぱいいるし」


 動揺する本心を隠し、なんとか取り繕う。

 対する坂本は残念そうに首を振り目をキラキラさせる。


「で、ですよね。もしかしたらと思って、滝先輩に聞きたくてここで待っていたんです。滝さん、渋くてとってもカッコいいんですよ」

「え、えええ。あのだらしないおっさんが」

「蓮夜……」

「あ……」

 

 浅岡が呆れたように俺の名を呼ぶ。彼の冷めた視線をビシビシと感じるぞ。

 だって、あのいつもぐでっとしているだらしない父がカッコいいとか突っ込みたくなるだろ!

 俺は悪くない。悪くない。あのおっさんが悪い。

 

「一応あれでも妻子持ちなんだ。紹介するとかはちょっと」

「何を言っているんですか。滝先輩。そんなんじゃないですよ! 滝さんの経歴をギルドで聞いて、私感激して。憧れて、こんな人に私もなりたいって」

「夜にソファーで寝っ転がってビールを飲む人にはならない方がいいと思うぞ」

「え……」


 あ、言っちゃあ不味い事だった?

 事実なんだから仕方ない。

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