第6話 痛み

「どうして、無視するのぉ?」


 何日過ぎたのだろう、もとい、初めから無かったのだ。


「変だよぉ、ジレちゃん、どうしちゃったの?」


 終わっているのだ。

茶番、それさえも『適応』するための過程に過ぎない。


「……ジレちゃん」


 ただ幻想に過ぎない日々は、無駄になる。だから遮断した。

 お前も、私の幻も。

 

 目の前に一枚の白い布地。私の机の上に、白い手袋。

 周囲の音が蘇ってくる。鬱陶しい昼間の教室がいっそうに鬱陶しくなった。


「……これが何を示すか分かっているのだろうな?」


 七日目にして視線を合わせると、エミールの瞳は汚れていなかった。


「ジレちゃん、貴女に決闘を申し込みます」


 こんなにも清々しく言ってくれる。

 だから、とても――傷つけられる。


「ひ、ひどすぎる」

「誰か、止めようよ」

「せ、せんせいを」


 情けない声でやかましく騒ぐ周囲の奴ら。

 誰かを呼びに行くその名目で、剣武練習所には私とエミールだけになる。

 目の前でうつ伏せに倒れ込む、エミール。

 まだ木刀を左手から離していない。

 エミールの華奢な左手を踏みつける。


「うぅっ」


 学生靴の底からエミールの柔らかさを感じる。


「もう、終わりにしよう、エミール。これ以上は、傷つきたくないだろ?」


 私の慈悲深い言葉に、エミールは顔を上げる。

 懇願するのだ「ごめんなさい」と。周りの奴らと同じ目の色で、顔色で、私に怯えろ、エミール。

 お前も『適応』するのだ、私と言う名の悪意に。

 だが、エミールの瞳は変わらない。

 その眼差しは私の鎧を貫く。


「いっう!!」


 力を込めた踵に馴染む、柔らかな肉に覆われた飴細工を砕くような感触。

 頬を赤く染めながらぷるぷると瞼を震わすエミール。

 どす黒い衝動が心の奥深くからこみ上げてくる。

 コレも壊してしまえば、いいんだ。

 兄のように。

 父のように、母のように。

 そして、私のように。


「痛い」


 その言葉に、私は目を見開く。

 咄嗟にエミールから飛び退くとその場でよろめいた。

 黒い衝動は吐き気へと変化し、口元をおさえた。

 エミールの言葉が頭の中で渦巻く。

 痛い。痛い。痛い。

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