第8話 進路

誕生日が過ぎてしばらく経ったある日。

「セー坊―、こっち来なよ」

閉店後、洗い物をやってるとホールからクレイの呼ぶ声が聞こえた。

「クレイ、何―?」

手を拭きながらホールに出るとクレイと見慣れない服を着た男の人がボクを見ていた。

「セー坊、明日からうちの専属の歌い手にならねぇか?」

「え!?」

変な声が出ちゃったよ、クレイともう一人の男性は笑顔で頷いていた。

「ボ、ボクが歌手?」

「おぉ?なんだ、知ってるのか、そう歌手だ、話が早いな。いつも口ずさんでるだろう?あれをステージ作ってちゃんと歌って、うちの看板にしようかと思ってな」

今まで微塵も気配すらなかった興行システム、前世で見たような話を急にされたので目が点になる。

「どうしたのさ、突然。ボク、ウェイトレスだし、歌なんて他の店でやってるとかも聞いたことないよ?」

「ウェイトレスは誰かに頼めばいいだろ。あとセー坊の歌を聞いてるとな、俺が元気になる、それが理由だ。それに他所は他所、うちはうちだ」

「いやいや、ステージ優先になってるけどそういう店じゃないじゃない」

「う、まぁ、でもよぉ」

クレイは男をちらっと見ると、それが合図だったかのように男がスッと立ち上がる。

「初めまして、セレネさん。私、ミレヴァ・フォル・ジャーマと申します」

そう名乗った男は名刺のようなものをこちらに向けている。

何だか前世みたいだな、学生だったから、実際にもらったことはないけど。

それに転生してから今までこんなやり取りをしてる人を見たことがなかった。

「あ、どうも、セレネと言います。え、支配人?」

名刺のようなものを見ると支配人と言う肩書とミレヴァさんの名前が書いてあった。

「はい、セレネさんは中央都市の劇団の話を聞いたことはありませんか?」

数日前に聞いた話がすぐに思い出された。

「あ、お客様が話をしていたので少しだけ聞いています」

「ありがとう、その劇団です、そして定期開催している劇場の支配人が私ということです」

「その支配人さんがなぜここに?」

ボクはクレイを見て聞く、クレイは頬をポリポリとかいている。

見かねたミレヴァさんが話し出す。

「ちょうど1年ほど前にクレイから相談を受けたんですよ、そして私の夢の一つを叶えることにも重なったから私はここにやって来ました。」

「クレイからの?」

「はい、クレイはこの街が依然より格段に賑やかになっているのを肌で感じていました。このままでいくより、街の起爆剤として劇場まではいかないにしてもステージ付の飲食店をやりたいと、その為の逸材もいる、そう伝えてくれました。」

「逸材?」

「セレネさん、貴女のことです」

私が何も言えないでいるとクレイが話し出した。

「ミレヴァさん、ありがとな、後は俺が話すよ。」

支配人さん、いや、ミレヴァさんはすっと身を引いて、席に戻る。スマートだ。

「セー坊、うちで働き出してもう何年になる?」

「うーん、と。7歳ぐらいからだから8年目かな」

そういうとミレヴァさんが驚いた顔をした。

「セー坊の周りにもいるだろうけど普通は7歳って言うとまだ遊びまわってるだろ?俺はセー坊が働かせてくれって店に来た時にはほんと驚いたもんだぜ。ここがいくらスラム街ってもよ、都市の規模で言うと他に比べると食うに困るってレベルの街じゃないからな」

ミレヴァさんは静かに頷いている。

「働き始めてからは更に驚きの連続だ、一回教えたことは大抵できちまうし、教えてないことだってできちまう。スレイだって驚いてたぜ?セレネ嬢って呼ぶようになったのもすぐだったの覚えてるだろ?あいつはセー坊が女神の生まれ変わりなんじゃないかってずっと言ってるし、来るお客の中にもセー坊のファンはかなり多いんだぜ?」

「いろいろ初耳だよ、普通に働いてるだけなのに」

「まぁな、ただよ、俺もセー坊が来てからだと思ってんだ。この店の雰囲気、いや街の雰囲気が変わったことにも影響を与えてるってな」

クレイがとんでもないことを言ってる。

でもそう言ってくれるのはうれしい。

ただ、ボクが実際に転生してるってことや王族だってことは知られたくないし、何がきっかけになるかわからないから、だからこのままでもいいと思ってる。

「またまた、ボクはいつもどおり…」

「まぁ、最後まで聞けって」

クレイはボクの話を遮って話を進める。

「俺はな、セー坊にはセー坊の道を探してほしいんだよ。仕事してる時、休日でたまに見かける時、そういうとこを見てると歌って踊ってってやってるセー坊が一番楽しそうに見えるんだよな。そこでミレヴァさんに相談したら二つ返事で協力してくれるってなってな」

ボクは何も言わず、クレイをジト目で見る。

「勝手やったのはわかってるよ、すまねぇ。ただな、俺もセー坊が今よりも輝いてるとこ見てぇんだ」

「そんなこと言われても、、、ステージで歌うなんてボクにできるかどうか」

パンと乾いた音がした、ミレヴァさんを見ると手を合わせてる。

「わかりました、ここはやはり身内よりも第三者の目と耳で決めましょう」

「第三者って」

「はい、その為に私はここに来たと言っても過言ではありません」

そう言うとミレヴァさんは笑顔で大きくうなずき、帽子を取った。

人間よりも長くて白い耳がそこにはあった。


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