剣の遊戯

shomin shinkai

プロローグ

 太陽が山の間に沈みかける頃合いでした。

 四本の翼を生やした生き物の集団が町の方へやってきました。よくよくみると、その上には人間が乗っています。

 町の誰もが頭上を通り過ぎることを望みましたが、その集団はむしろ町以外の風景は見えていないくらいの荒々しさで町に突進をかましてきました。

 四本の翼が家々をなぎ倒しました。鋭利なかぎ爪が地面と井戸をひっかきました。ただ、その生き物は地面を荒らすことは本職ではないようで、ある程度大雑把に町を荒らすと静かに降り立ちました。どうやら、町の人々を虐殺するのは上に乗っている人間たちの仕事のようです。

 生き物の上から人々が降りてきました。好き勝手な恰好をしている彼らは、とても統率のとれた軍には見えません。実際、彼らは野蛮で好き好きに罵詈雑言を吐いていました。けれどもけれども、何かに縛られている様子でもありました。

 それもそのはず。一際大きな四本翼の生物から降りたリーダーと思わしき男が、あまりにもの威圧を携えていたからです。でっぷり出た腹と短い足、というあくどい中年らしい胴体に対し、若者のように長い髪を後ろで結んだヘアスタイルのその男は、砂を横に蹴り飛ばす醜い歩き方で前に進みます。怖いけれど、遅すぎます。男が「よし」というまで部下たちは攻撃を開始しないわけですから、町の住民は余裕で逃げ切れる時間が残されていました。九十歳を超えた老人でも、この男からは逃げることができるでしょう。

 しかし、町の人々は逃げることができませんでした。

 男は剣の刃を舌で舐めていました。半月型の、鎌にも見える剣です。得体の知れないおぞましさを纏っています。

 たまたま近くにいた動けずにいる住民を見つけると、男は造作もなく、予告もなく、その剣を煌めかせました。

 苦しげなうめき声と共に崩れる住民。これが合図だったのでしょうか。途端に部下たちが声を荒げて、動けない住民たちに向かって駆け出しました。

 

 さて、そんな目を背けたくなる残酷を極めた大虐殺劇でありましたが、たった一人。その町で一番勇敢で怖いもの知らずの若者だけが、その虐殺から逃げることができました。

 彼は必死に走りました。町には家族も恋人もいましたが、決して後ろを振り返りはしませんでした。彼は毎日よく武術の鍛錬に努め、自分の力というものをよくわかっていましたし、そのおかげであらゆるものに敏感に反応する感覚神経も養われていました。だから、逃げました。罪悪感に囚われながらも、自分がやれることをやるだけの心の強さを持っていたのです。彼は涙を流して必死で駆けました。

 彼はこの国の首都に駆け込みました。最初は守衛たちが彼を止めましたが、彼があまりに切羽詰まった態度だったので、すぐに王へ連絡をし、王もすぐに彼を自らの元へ連れてくるよう指示しました。

「よくきた」

 と国王。

 彼は起こった出来事を早口でまくし立てました。

 しかし、話している最中に、彼の体は尋常ではなく震え始めました。なんとか話を続けようにも、話す内容を頭に思い浮かべた瞬間に、震えが倍増しているような有様です。

 なんとか話しきることはできました。ただそのすぐに後に、彼は腰に挟みこんでいた剣で、自分の心臓を刺して死んでしまいました。それまでなんとかせき止めていた分、巨大な恐怖の濁流が一気に押し寄せ、そこに罪悪感と自己嫌悪のスパイスが加えられたからでしょう。正真正銘の自殺でした。

 

 絶命した彼の瞳を優しく閉じながら、国王はなにやら覚悟を決めた表情です。


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