城下町と少年2

 少年――ニグレドの元に、少女が駆けてくる。肩の辺りで切りそろえた髪に、キラキラと輝く大きな瞳。簡素な造りだが上質な生地の服。その上に白銀の鎧を身に着け、腰に巻いた革のベルトには一振りの細身の剣を差している。名家の娘で、王国騎士団所属のミディアだ。


 ミディアはニグレドの前まで来るとその口元をほころばせた。

「びっくりしちゃった。今日は会えるって思っていなかったから。……でも、ええと、ということは……。……あなた、こんな時間まで外にいたの?」

 既に沈み切った太陽の残した赤みがわずかに残った、夜に染まりつつある空の下。そう言いながら次第に眉をひそめていくミディアに、ニグレドは肩をすくめて見せた。

「別に……、いつもと同じくらいだろ」

「だからよ!」

 弾かれたように言った後、ミディアはややバツが悪そうに続けた。

「呼び止めちゃったのは私だけど……、早く行かないと怒られちゃうわ」

「別に、なんてことないさ。何か言われたところで怖くなんかないし……」

 もう、とミディアは首を振る。

「そうじゃなくて、明日は大事な日でしょ! そのために私たち騎士団も、ずーっと準備をしてきたんだから」

 そう言ってミディアは、今しがた自分の駆けてきた方向、騎士団宿舎を振り返った。

「今日は私もこっちに泊まるの。……叔父上は帰って来いってうるさいけど……」

 口を尖らせてつぶやくように言った後、ミディアはパッとニグレドに向き直る。


「そもそも、あなたの方が忙しいはずでしょ? 早くしないと。だってあなた」

 その言葉を遮るように、ニグレドはミディアの前に腕を突き出した。ぼろ布をまとった細い腕。その手の先に、薄汚れた木製の通行手形をぶら下げて。

 ニグレドは短く、乾いた笑い声を上げた。

「俺は、ただのしがない名もなき掃除夫だもんな」


「違う」


 ミディアが一歩、ニグレドの突き出した腕の内側にすい、と近付く。その軽やかな足取りに合わせ、まっすぐな髪がさらりと揺れた。その髪が最後空に残ったわずかな光を艶やかに反射する。ニグレドは思わずそれに見とれた。

 一歩流れるように踏み込んだその勢いのまま、ミディアはパッと顔を上げる。先ほどよりもずっと距離が近い。ニグレドは自分の顔が赤くなるのを感じた。思わず体を仰け反らせる。

 弾みで、フードが一瞬宙に浮いた。

 それでようやく思い出したかのように、ワンテンポ遅れてニグレドは慌ててぼろ布のフードを掴み、ぐいと強く引っ張って押さえつける。

 ミディアが微笑んで、ニグレドの固く握りしめたその両手をそっと取って下ろした。ミディアの瞳がまっすぐにニグレドを見つめる。

「あなたは、この国の王子なんだから」

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