エピソード15

「あ~、楽しかったね!!」

蓮さんの家のリビングの窓の外には綺麗な夜景が広がっている。

「良かったな」

私の隣で蓮さんがビールを飲みながら優しい笑みを浮かべる。

私達が蓮さんの家に帰って来たとき時計の針は22時を指していた。

みんなに『先に戻る』と言って立入り禁止のあの場所を出た私達。


◇◇◇◇◇


でも、蓮さんは私達が占領していた砂浜とは反対方向に歩いて行く。

どこに行くのか気になったけど、蓮さんに声を掛ける事が出来ずに肩を抱かれたまま黙ってついて行った。

長い階段を登り、着いたのは海が見渡せる展望台だった。

私達の他に誰もいない。

蓮さんはそこにあったベンチに腰を下ろした。

そして、自分の隣をポンポンと叩く。

私は、そこに腰を下ろした。

少し陽が傾いた海の方から心地いい風が吹いてくる。

「……ごめんなさい……」

私は頬に風を感じながら俯いた。

「うん?」

蓮さんの優しく穏やかの声。

「……私の所為で……」

「美桜の所為じゃない」

私の言葉を遮り蓮さんが口を開いた。

私は視線を上げた。

そこには私を見つめる瞳。

その瞳はいつもと違い切なさを含んでいるように見えた。

「……蓮……さん?」

初めて見るその瞳に不安が広がる。

蓮さんの大きな手が乱暴に私の身体を引き寄せた。

「美桜」

少し掠れた低い声とともに蓮さんの顔が近付いてくる。

唇に触れた瞬間、力強く口内に侵入してくる舌。

激しく動きまわり私の身体の力を奪っていく。

身体に電気が走ったような感覚を何度も感じる。

同時に襲ってくる息苦しさ。

私の口から自分の意思とは関係なく甘い声が漏れる。

その恥ずかしさから逃れようとしても蓮さんの腕がそれを許してくれない。

私の舌に触れると絡まるように動く。

甘く痺れるような感覚に私は支配されていく。

私は蓮さんの胸辺りのTシャツを掴んでいるのが精一杯だった。

私の背中を撫でていた蓮さんの手が、Tシャツの中に入ってきた。

直接感じた蓮さんの手はとても熱い。

その熱さに私の身体は波打つように反応した。

ゆっくりと上下に動く熱い手。

その度に背筋がゾクゾクする。

でも、その感覚は嫌じゃない……。

ゆっくりと唇が離れた瞬間私は蓮さんの胸にしがみ付き貪るように空気を吸っていた。

呼吸が乱れる。

蓮さんは私を抱きしめながら大きな手で頭を撫でてくれた。

蓮さんとキスをするのはもちろん初めてじゃない。

初めて海に連れて行ってもらった日に施設に帰らないと言い続けた私は車の中で初めてキスをされた。

それは全然甘いキスなんかじゃなかったけど……。

私のファーストキスだったけど……。

それでも後悔なんてしなかった。

むしろ相手が蓮さんでよかったとさえ思ってる。

それから幾度となく重ねてきたキス。

起きている時はもちろん、ベッドの中で眠っていて私が寝返りを打つ度に自分の方に引き寄せてキスを落とす蓮さん。

数え切れないくらいキスをしてきたけど……。

こんなキスは初めてだった。

さっき見た蓮さんの瞳が気になる……。

どうしてあんな切なさを含んだような瞳をしていたんだろう?

やっぱり私の所為?

私の所為であんな事になったから?

アユちゃんの言葉が頭に浮かぶ。

『蓮さんはチームを引退してからこんなケンカの仕方はしなくなってた……』

多分、それは蓮さんには今の肩書きがあるから。

神宮組の若頭っていう肩書き。

蓮さんは軽率な行動が出来ないから……。

蓮さんに何かがあれば組の問題になってしまう。

それを蓮さんは誰よりも理解している。

でも、売られたケンカを買わない訳にはいかないんだろう。だから、最小限のダメージしか与えずに相手を沈めてしまうんだ。

……それなのに

私が原因で蓮さんにあんな事させちゃったんだ……。

「……つくんだ……」

突然降ってきた蓮さんの言葉を私は聞き取れなかった。

「え……?」

「ムカつくんだ」

しっかりと私の耳に届いた言葉に胸が鷲掴みされたように苦しくなった。

やっぱり蓮さんは私に怒っているんだ……。

「……ご……めん……なさい……」

声が震える……。

頭の上で蓮さんが小さな溜息を吐いたのが分かる。

「違う。お前にじゃない」

「え?」

私は驚いて顔を上げようとした。

でもそれを私の頭を撫でていた蓮さんの手に止められた。

少し離れた私の頭が再び元の位置に戻される。

「お前に触れようとする奴にも声を掛ける奴にもすげぇムカつく」

「……私にじゃなくて?」

「なんで俺がお前にムカつくんだ?」

「だって私の所為であんな事になったから……」

「お前は葵と買い物に行っただけだろ?」

「……うん」

「それともお前達が逆ナンしたのか?」

「そんな事しない!!」

「分かってる。お前はそんな事しない」

首を大きく横に振って否定する私に蓮さんが苦笑した。

「悪いのは俺だ。美桜を傷つけたあいつにどうしても我慢できなかった」

「……蓮さん……」

「悪かったな。怖かっただろ?」

蓮さんの声を聞いて私はまた胸が痛くなった。

弱々しく落ち込んだ声に……。

私は蓮さんの背中に腕をまわした。

そしてゆっくりと手を動かした。

いつも蓮さんが私にしてくれるように……。

少しでも蓮さんに安心感を与えてあげたいと思った。

「俺の醜い嫉妬のせいで……」

その声はとても小さくてすぐに消えてしまったけど私の耳には届いた。

その瞬間私は蓮さんの胸を両手で押し身体を離した。

私の突然の行動に少し驚いた表情の蓮さん。

その漆黒の瞳は悲しげに揺れていた……。

私はその瞳を見て思わず立ち上がった。

「美桜?」

私の顔を見つめる蓮さん。

私は蓮さんの頬に両手で触れた。

そして、自分の唇で蓮さんの唇を塞いだ……。

蓮さんは私が思っている以上に私の事を想ってくれているんだ……。

その所為で苦しんでるんだ……。

蓮さんの唇からゆっくりと離れる。

私の顔を見つめる蓮さんの頭を胸に抱きしめた。

「謝らないで……」

私は蓮さんの頭を撫でながら口を開いた。

「怖くないから……」

サラサラで柔らかいアッシュブラウンの髪の毛。

「私は、蓮さんが傍にいてくれたら何があっても怖いとは思わないから……」

甘く優しい香り。

「だからそんなに悲しそうな瞳をしないで……」

蓮さんが私の腰に手をまわした。


しばらく蓮さんは私の胸から顔を上げようとはしなかった。

そんな蓮さんの頭を抱いて撫でていた。

初めて見る弱い蓮さん……。

でも、私は少しだけそれが嬉しかった。

こんな状況で不謹慎だけど、いつも強くてすべてにおいて完璧な蓮さんが私に弱いところを見せてくれたことが嬉しかった。

顔を上げた蓮さんはいつもの瞳に戻っていた。

力強くて自信に満ち溢れている優しい瞳。

吸い込まれそうな漆黒の瞳。

優しく微笑みながら蓮さんが口を開いた。

「ありがとう、美桜」

私は笑顔で首を振った。

お礼を言うのは私の方だよ……。

助けてくれてありがとう。

私の為にケンカしてくれてありがとう。

優しくしてくれてありがとう。

私の事を考えてくれてありがとう。

私と出会ってくれてありがとう。

私を好きになってくれてありがとう。

蓮さんにはいくら言っても言い足りない。


「美桜、愛してる」

低くて甘い蓮さんの声。

まっすぐに私を見つめる視線。

腰を抱く力強い腕。

その全てを独り占めしたいと思った。

「……私も……」

蓮さんが嬉しそうに微笑んだ。


◆◆◆◆◆


砂浜に戻るとケンさんや葵さんやチームのみんなも既に戻って来ていた。

「おかえり~!美桜ちん!!」

ケンさんが無邪気な笑顔で声を掛けてくれる。

陽も傾き砂浜にいる人も疎らになっている。

もうそろそろ帰るのかな?と考えているとケンさんの声が響いた。

「よし、みんな戻ってきたから始めるぞ~!!」

「……?」

何が始まるんだろうと思っていると……。

チームの男の子たちが続々と運んできた。

大量のバーベキューの材料を……。

「……もしかして……」

「私はイヤだって言ったんだけど……」

私の言葉に向かいのイスに座っている葵さんが諦めた様に言った。

……お昼にケンさんあんなに食べていたのに……。

食べた後に『これで一週間は肉食わなくてもいい』って言っていたのに……。

あれからまだ何時間かしか経っていないのに……。

地獄耳のケンさんには私と葵さんの会話が聞こえていたようで……。

「海って言ったらバーベキューだよな!!」

自信満々で言うケンさんに私と蓮さんと葵さんは大きな溜息を吐いた。

本日二度目のバーベキューも大盛況で全ての食材はキレイさっぱり無くなった。

陽が地平線に隠れてからも海に入ったりお酒飲んだりした。

突然、大量のスイカが登場してスイカ割り大会が始まったり、夜空で月が淡い光を放つ下で花火をしたりした。

ロケット花火を両手いっぱいに持ってチームの男の子達を追いかけまわすケンさん。

顔を引き攣らせ『れ……蓮さん!助けてください!!』と泣きつかれた蓮さんは、ケンさんに向かって打ち上げ花火を発射していた。

それを私は葵さんや女の子達とスイカを食べながら大笑いして見てた。

砂浜には楽しい笑い声がずっと響いていた。

帰りはケンさんがマンションの下まで送ってくれた。

車の中で隣に座った葵さんが『今度クラブにおいでよ!!』と誘ってくれた。

そのクラブは繁華街にありケンさんのチームの溜まり場らしい……。

チームの関係者はお金を払わずに入れるって葵さんが教えてくれた。

そう言えばこの前、ヒカルが蓮さんを誘っていたのを思い出した。

蓮さんも時間がある時はよく行ってるらしい。

でも、クラブに行った事がない私には、いまいちどんな所か分からない。

そんな私に蓮さんが『近いうちに連れて行く』と言ってくれた。

マンションの前で降りた私に葵さんは助手席の窓から身を乗り出して手を振りながら帰って行った。

リビングに入り時計を見ると22時だった。

そのまま私は蓮さんと一緒にお風呂に入った。

「あ~、楽しかったね」

リビングの窓の外には綺麗な夜景が広がっている。

「良かったな」

私の隣で蓮さんがビールを飲みながら優しい笑みを浮かべた。



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