私の脳内吐露作品-短編集-

舞茸イノコ

『仮面』



 僕は一人暮らし。薄給なサラリーマンである。しかし、数ヶ月前に大きな買い物をしたんだ。なんと巨大な業務用の冷凍庫。市販の冷凍庫内には収まらないくらいに増えちゃって…、こうして大容量の冷凍庫を買ったわけ。つまり…そこそこの金欠だ。



「今日は15日の金曜日。そろそろ出しに行きますか」



 意気揚々とし、いつもこの日にちは仕事そこそこに残業をしてから銀行へと向かいお金を引き出す。大体10万ほどが市役所から支払われているのだが、あいにく男は五体満足だ。



「うーん、今日は奮発してビールでも買うかな。発泡酒じゃないビールをね。…お、そろそろ半額シールが貼られるな。…じゃあ、お先です」


「おう、俺はもう少し案件進めてから帰るわ」



 タイムカードを刺して記帳を確認する。うん…19時半ピッタリ、残業時間は2時間30分。15日を迎えた後の金曜日はどれだけ仕事があろうとこの時間には帰ることに決めていた。だが、その2つが重なったのなら必然さっと帰路に着く。


 そして男は足取り軽く、銀行へと向かいお金を引き出す。そして、るんるん気分でスーパーに向かい、半額シールの貼られた寿司を手に取り、金ラベルのビールもカゴに入れた。一通りの会計を済ませたならば後は帰宅するだけ。


 電車に乗り、途中で乗り換えて10分ほど。ようやく着いた駅から自転車に乗って帰るのだ。今は夏も少し前、じわりとした風が吹く中を急いでペダルを漕ぐ。


 そうして着いたオンボロアパートは家賃も低く、通気性抜群、小蝿も蜘蛛も百足もゴキブリだって出る。おまけに壁も薄い。だけど、ここが良いのだ。



「ただいま〜。よいしょ…さて、寿司を肴にビールを飲むか」



 服をハンガーにかけ、普段使いの冷凍庫からビールジョッキを出し、丸テーブルに置く。そして流れるようにビールを注ぐのだ。注意点だが、泡と液の対比は黄金比で無くてはならない。それが家であろうと居酒屋であろうとも。そこは男のこだわりだった。



「乾杯!…ごくっ…ごくっ…ぷはぁ…生きてるぅ〜」



 1人乾杯をして1人寿司を食べる。テレビをつけてニュースを見て、今日も問題なし!と、風呂なり身支度を整えていびきをかいて布団に寝転がる。


 来月も、再来月も、一年先も…男は15日になればお金を引き出し、金曜日には酒を飲む。最初は涙こそ出たが、今はスリルを楽しむ余裕すらできた。


 業務用の冷凍庫は今日もまた何かを冷やすために稼働している。モノに何かを言う意識はない。


 男は仮面を被り生きていく。それが破綻の未来だとしてもーーーーーー。

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