未来で待ってる

柊 つゆ

第1話 前日1

今日は2月29日。


 卒業式前日。


 俺は、何か大切な日の前日というのは好きだ。


 これは卒業式の前日だとしても同じだ。


 なんだかこれから楽しいことが始まるということで胸が自然とわくわくする。


 旅行は計画を考えているうちが1番楽しいという人と同じ気持ちだろう。


 3年間通い続けた学校も今日でおさらば。


 特段大きな思い出があるわけではないが、いつも顔を合わせていたこのメンバーとも今日限りだと思うと少しばかり名残惜しいような気持ちにもなってくる。


 俺はそんな気持ちを胸に先生から通知表を貰う順番を教室のいつもの席で待っていた。


「青木優斗」


 先生から呼ばれた。


 順番がきたようだ。


 俺は、さっと平均点が書かれている自分の通知表受け取ると自分の席へと戻った。


「なあ、この後カラオケに行かないか?」


 後ろからトントンと手慣れた手つきで話しかけてきたのは俺の3年間のクラスメイトであり、同じ部活の同期である山下。


「こんな日もカラオケかよ」


 いつもの冗談感覚で軽口をたたく。


「仕方ねえだろ。一応、ここは県庁所在地の岐阜市だけど田舎の県すぎて他に遊ぶ場所がないんだから」


 実際、その通りだから返す言葉もない。


「それで、どうするんだ。カラオケ?」


「ああ、いいぞ」


「よっっしゃ。じゃあ、いつもの部活のメンバーを呼んであるから学校終わったら駅前に集合な」


「ああ」


 いつもと変わらないやり取り。このやり取りができるのも今日で最後だが。


 そんな感じでいつもの行動の1つ1つにしみじみとした感情を抱いていると、3時間目の終了のチャイムの音が教室の中を響き渡った。


 下校の時間だ。





 俺は、荷物をまとめるとそのまま家へと向かった。


 時刻は12時を回ったところだった。


 通学路には平日で1,2年生が授業をしているということもあって同じ制服を着た人間はほとんどいなかった。


 俺が小さいころ遊んでいて、今では妹とたまに来るだけになった思い出の公園にも誰も人はおらず、聞こえてくるのは静かな音だけになっていた。


 そうして、しばらく歩いていると俺は自分の家へと着いた。


 さすがに卒業式前日ということもあって荷物が重すぎる。


 リビングの方へ向かうと、そこでは1歳になったばかりの妹が何やら木のおもちゃで遊んでいた。


 可愛かったのでちょっとくらい相手をしてやりたかったがそういうわけにもいかない。


 荷物を置いて冷蔵庫にあった麦茶を一杯だけ飲むと、そのままさっと着替えをして集合場所の最寄り駅まで向かった。


 駅に着くと、そこにはすでに俺以外のメンバーは集まっていた。


「何してるんだ。遅いぞー」


 山下は部活の時からの相変わらずの元気さで俺を呼んだ。


 残りの3人も手を振っている。


 俺は、みんなでカラオケに行くと、このメンバーとの残りの時間を惜しむかのように何曲も無理な高音の曲を熱唱した。


 いつもは絶対にしないようにしているが、今日ばかりは歌うことに熱中しすぎて声がガラガラになって家へと帰った。


 そして、家へと帰るといつもと変わらない日常があった。


 テレビをつけてもやっている番組に最たるものは無いし、ネットニュースを見ても明日は強めの雨が降ることくらいしか書かれていない。


 強いて言うならお母さんの作る晩御飯が手作りのハンバーグといういつもより豪華だったということくらいだろうか。


 俺は、この卒業式前日という人生においても数少ない特別な日という余韻にもう少し浸っていたいような気持ちもあった。


 そして、自分の部屋でベッドに入ると、3年間のいろいろな経験が頭の中をよぎっていった。


 修学旅行や部活の中総体のような大きなイベントだけじゃなくて自分の小さなこっぱずかしい失敗や、目を背けたくなるような友達との失敗も含めて。


 困ったことに、こういう時に限って思い出すのは自分の失敗したことばかりなんだけど。



 このまま、今日が永遠に続けばいいのにな。


 必ず来る明日を少しでも遅らせようと、小さな反抗期のような気持ちで俺は少しでも今日は眠らないようにしようとベッドの中で小さく決心をした。

 けれども、時計の針はすでに12の数字を前にして短針と長針が一緒になろうとしている。

どんなにあがいてももうすぐ卒業式前日が終わる。

 明日はどんな日だろうか。



 俺は、ゆっくりと瞼を閉じて明日へと向かった。


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