第14話『クロネさんの現状が悲惨すぎる件について』


 クロネさんが今回の迷宮攻略にかける意気込みは尋常ではない。

 その理由について、俺は尋ねてみることにした。


「分かりました。けど、一つだけ聞いていいですか?」


「――なんですか?」


「どうしてそんなに必死なんですか? お兄さんに負けたくないみたいな事を言ってましたけど。もしかして、お兄さんに負けたくない妹としての意地とかですかね?」



 そんな俺の問いに対し、クロネさんは「ふっ」と乾いた笑みを浮かべ。



「そんな意地なんてありませんよ。そもそも、兄さまとクロネはそんな感情をぶつけ合うような仲じゃありません。兄さまが私にぶつけるのは憎しみと悪意だけ。クロネはそんな兄さまがただ怖い。負けたくないなんて意地、湧いてくるわけがないんです」



「はい? 憎しみと悪意だけって……兄妹なんですよね?」



「ええ、兄弟ですよ。もっとも、血の繋がっていない兄妹ですけど」



「なっ――」


 そうやって多少驚いてはみたものの、それもそうかと俺は思いなおす。


 だって、確かに似てないなぁとは思ったもの。

 


「クロネは小さい頃スタンホープ家に引き取られた養子なんですよ。本当の父さまと母さまはティルル帝国から来た盗賊に殺されました。そうして独りぼっちになったクロネを引き取ってくれたのが付き合いのあったスタンホープ家です」



 待て待て待て待て。

 重い重い重い重い。



 なんでたかが学校の授業の話からそんな重い話に飛ぶんですかねぇ!? いや、聞いたのは俺なんですけど。


 クロネさんがあんまり真剣なもんだからその理由が気になるなと思ってした質問。


 その返しの初手がまさかこれほどまでに重いエピソードの始まりとは。

 どうやら俺は思いっきり地雷を踏みぬいてしまったようだ。

  


「スタンホープ家の……新しい父さまはクロネに良くしてくださいました。けれど、それが母さまと兄さまには気に入らなかったみたいですね。父さまの留守中、クロネは散々二人に虐められてきました」



 あの金髪兄貴君……そんな事をしていたのか。

 兄貴の風上にも置けない奴だ。



「その事を誰かに言っても誰も信じてくれませんでした。誰も……みんながクロネの事を嘘つきって罵るんです。そのうち良くしてくれていた父さまですらクロネの事を変な目で見るようになって……」



 救いがなさすぎる。

 両親を失って、更に引き取られた先の家にも味方がいないとか辛すぎるだろ。

 というか父さまもっと頑張れよ! 周囲の意見に流されすぎだろおい!!


「そうしてクロネは家の中で厄介者として扱われるようになりました。後の役割はスタンホープ家の為の政略結婚の道具にさせられるくらい。それをみんなが望んでました」



 ――むごい。

 自分を引き取ってくれた家の全員からいなくなる事を期待される日々。

 それはきっと、想像を絶するくらい孤独な毎日だっただろう。



「でも――クロネにはやらなきゃいけない事がありました。その為の強さも手に入れないといけない。だから結婚なんてするくらいなら家を出ていくって言ってやったんです」


「やらなきゃいけない事?」


 それって一体?

 クロネさんは遠くを見つめるような目で窓から空を見上げて。

 そして自身の過去を語った。



「――クロネの両親が盗賊に殺された日、クロネはアリィお姉ちゃん……近所に住んでた一つ上の女の子と遊んでたんですよ。アリィお姉ちゃんはクロネをクローゼットの中に押し込めて、クロネの代わりに盗賊に捕まりました」



「………………」


 そうですか。

 ただ両親が殺されただけじゃなく、親しい友達が身代わりに連れ去られて無力感が募るケースですか。

 もはや不幸が過ぎて何も言えません。ホント、余計な事聞いてごめんなさい。



「クロネはアリィお姉ちゃんを助け出さないといけないんです。無事でいるかなんてクロネには分かりません。だけど……無事かもしれないなら、助けるしかないじゃないですか」



「その為に力が要ると?」


「はい」



 両親を殺した盗賊。

 その盗賊が連れ去ったかつての友達を救うべく、力を求めるクロネさん。

 そりゃ必死にもなるってものだ。


 だけど――



「それを新しい家の人が認めてくれたんですか? いや、この学校に通ってるって事は認めてくれたって事でしょうけど」



 クロネさんはかつての友人を救うため、それを為せるだけの力を求めた。

 けど、彼女を引き取ったスタンホープ家とやらにとってそんな事情はどうでもいい事だろう。


 クロネさんはそんなスタンホープ家に政略結婚するくらいなら家を出てやると言ったそうだが、それでスタンホープ家が折れてクロネさんに全面協力したと?


 そんな事あるわけがない。

 しかし、それじゃなんでクロネさんは騎士学校に通えているのって話になる訳で。



「条件を出されたんですよ」



「条件?」



「ええ。クロネがその条件を飲んだからこそ、父さまはクロネがが強くなれるよう全面的にサポートしてくれました。こうして騎士学校に通うお金も払ってくれています」


 そうしてクロネさんは「でも」と続ける。


「その代わり――同じ学校に通う兄さまよりクロネが劣った存在だとこの学校でハッキリ証明されてしまったら、その瞬間クロネは退学になってしまいます。そして以後、クロネはスタンホープ家の為だけに生きる人形になるんです」


「……は?」


 いや、ちょっと待て。

 人形? それってつまりどういう事だ?


「これじゃ分かりませんか? ならもっと分かりやすく言ってあげます」



 そう言って クロネさんはくすりと暗い笑みを浮かべ。



「クロネはスタンホープ家の手厚いサポートを受けることが出来て、騎士学校にも通える。その代わり、もし学校でお兄さまと同等以上の成果を出せなければクロネは即退学。それ以降クロネはその全てをスタンホープ家の為に尽くさなければならない。そういう条件をクロネは飲んだんです」


 そう言ってクロネさんは自身の髪をかきあげ、そのおでこを俺に見せて来た。

 そこには――


「なんだ? これは……痣?」


 そこには黒い痣のような黒い文様が浮かんでいた。

 それはいつか読んだ本で見た魔法陣と呼ばれるものと似たような形で――



「まさか……契約ギアス!?」


「へぇ……。すごい。良く知ってますね」


 契約ギアス

 それはやり方さえ学べば誰もが使えるものらしい。


 契約ギアスとは、交わされた約束事を絶対に順守させる為に用いられる拘束具のようなものだ。

 魔力を持つもの同士がお互い了承した上で約束事を交わし、更に契約ギアスを交わす事で、その刻印は両者の体のどこかに刻まれる。


 そこで交わされた約束は――絶対。

 もし約束を破ろうと考えれば、それだけで体に激痛が走るのだという。


 それが契約ギアスだ。


「だからクロネは必死なんです。もし今回、クロネがお兄さまよりも劣っていると判断されたら………………クロネの人生はそこで終わりなんですから」




 そう言ってクロネさんは俺に背を向ける。

 そして――



「だから……絶対に足を引っ張らないでくださいね。もしビストロ君のせいでクロネが退学になったら……クロネは死ぬまでビストロ君を憎んでやるんですから」



 そう告げたのだった。






 そうして少しの時が経ち――


「はーい。作戦タイム終了~。それじゃあみんな移動して~」



 作戦タイムの時間が終わる。

 俺とクロネさんは気まずい雰囲気ながらも簡単な打ち合わせを済ませていた。

 ゆえに、準備は万端だ。



 俺達Fクラスはフーリ先生の引率の下、学校が地下で管理している迷宮の一つへと向かった。



「それじゃあまずはFクラスからスタートだね」



 そうして地下迷宮の入り口前。少し広い広場のような場所にFクラスは集合する。

 ここから見える多くの入り口。あれら全てが地下迷宮への入り口だ。


 他のクラスの姿は今の所まだない。

 というのも今回の迷宮攻略戦。各クラスには相応のハンデが設定されているのだ。


 そのハンデの一つが迷宮攻略の開始時間だ。

 劣っているであろう俺達Fクラスはどこのクラスよりも先に迷宮に入ることができ、逆に優秀なAクラス様はかなり遅れて迷宮攻略を開始する事になる。


 他にも細かいルールやらハンデやらが設定されているが……ここでは割愛しておこう。




「それじゃあ行くとしようか。迷宮攻略戦――開始!!」

 


 そうして俺達の迷宮攻略戦が始まるのだった。


 

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