第4話『カールお坊ちゃまとの決闘』
「ふっ……ギャラリーが多いな。誰もが貴様の無様な姿が見たいと見える。いや、僕の高貴なる姿が見たいのかもな」
「いや、ギャラリー多いって……クラス内のみんなが集まってるだけだよな? 先生に言われたんだからそりゃみんな見に来るだろ。何を当たり前の事を――」
「………………キサマコロス」
「理不尽だなおい」
決闘をするため、俺とカールお坊ちゃまはグラウンドへと出た。
そんな俺達を取り囲むようにして少し遠くから見守るのが同じFクラスの人たちだ。
また、よく見れば校舎からこちらの様子を
もしかしたら騎士を目指すこの学校ではこういう決闘が日常茶飯事なのかもしれない。
「さーて。アタシは面倒ごとは大好きだけど堅苦しいのは嫌いだ。ちゃっちゃと始めるよ~」
決闘を仕切るのはフーリ先生。
先生はなぜか笑みを浮かべながら俺の方を見ている。
思えば、決闘が決まった瞬間もフーリ先生は笑みを浮かべていた。
もしかして……そんなに俺が無様に敗れる所が見たいのだろうか?
だとしたら趣味が悪い先生である。
「それでは……始め!!」
そんな趣味の悪い先生が今まさに決闘開始の宣言をする。
やれやれ。こうなったからには腹をくくるしかあるまい。
俺は親父とやり合う時みたいな心持ちで決闘に臨むことにした。
単純な話、『当たって砕けろ』の精神である。
「ヘイスト。レベルスリー」
決闘開始直後、俺は加速魔法であるヘイストを唱えた。
詠唱は必要ない。そんなものはヘイストを覚えて一年後くらいには不要になった。
俺は決闘用に持たされた木剣を手にして、ジグザグ走行でカールお坊ちゃまへと接近する。
「んなっ!? この……舐めるな!!」
何があったのかは分からないが酷く動揺しているカールお坊ちゃま。
しかし、俺に相手を気遣うような余裕はない。胸を借りるつもりで相対するカールお坊ちゃまへと向かっていく。
俺は素早い動きで相手を翻弄するように緩急をつけて走る。
時折フェイントをかけるのも忘れない。
そこで、カールお坊ちゃまが妙な行動を取った。
なんと、見当違いの場所へ向かって剣を振るおうとしているのだ。
そこは俺が少し前にフェイントで行く素振りを見せた場所だが……まさか今更それに引っかかったのか?
いや……ないな。いくらなんでもそれはないだろう。
親父でもこんなフェイントに騙されることはない。奴は最低でも五重のフェイントを入れなければ騙されてくれなかった。
騎士をやめた親父でさえそれなのだ。
いくらなんでもAクラスの実力があると言われているカールお坊ちゃまがそれより遥かに劣るなんていう事はあるまい。
そもそも、剣速があまりにも遅い。遅すぎる。
親父が振るうよりも二十倍くらい遅い速度で剣を振るうカールお坊ちゃま。速度においては親父を上回っている俺からすれば欠伸が出る程に遅い。
一体何を考えている?
カールお坊ちゃまが何を企んでいるのか、俺にはまるで読めない。
ただ、カールお坊ちゃまが何を企んでいるにせよ大きく隙を見せている事には変わりない。
俺は焦った様子で剣を振るおうとしているカールお坊ちゃまの顔面めがけ、彼よりも五十倍くらい速い速度で木剣を振るう。
結果――
「んぎゃっ――」
「「「なっ!?」」」
結果……普通にカールお坊ちゃまの顔面に命中する俺の木剣。
カールお坊ちゃまはたまらず木剣を手放し、本気で痛がっているかのように顔面を手で覆って「痛い痛い」と迫真の演技で転げまわっている。
いや、えと……演技、だよな?
何を隠そう俺はスピードには自信があるがパワーがない。
俺は修行で何度も親父と剣を交えてきた。
その時、今みたいな一撃を親父に喰らわせた事は何度もあるが、その一撃で親父が苦しんだことは一度としてない。
それくらい俺にはパワーがないのだ。
そんな俺の剣を一発くらう程度。Aクラスの実力があると言われているカールお坊ちゃまにとっては蚊に刺されたようなもののはず。
なのにこの痛がりよう……一体何を企んでいるんだ!?
「えっと……カール君? まだやれるかな?」
「あ、当たり前でしょう!? この僕が
いや、お坊ちゃま今さっき膝をつくどころか思いっきり転げまわってましたやん。
それなのに膝をつくとでも思っているのかって……もしかして突っ込み待ちなのだろうか?
ともかく、中断しかけた決闘だが、カールお坊ちゃまが立ち上がったことで続く事になった。
「ふ……ふふ。思っていたよりはやるな。素早さだけならこの僕と互角といった所か」
「……え!?」
こいつは一体何を言っているんだろう?
どう見ても俺の方が速いと思うのだが……。
「少し手加減が過ぎたようだ。ここからは僕も本気で行かせてもらう。……ハァッ!!」
自身に渇を入れたカールお坊ちゃまの身体を白く透明な何かが覆っていく。
あれは――
「確かに素早い動きだ。それは認めてやろう
――だが、貴様には純粋に力が足りない。さっきみたいな軽い一撃、いくら喰らった所でこうして闘気を
――闘気。
闘気とは、人ならば誰もが持っている言わば魔力と似たような何かだ。
それを全身に巡らせ、纏う事によって人は身体能力を向上させることが出来る。
しかし、それをするには闘気をある程度操れるよう鍛錬する必要がある。
誰にでも出来るものではないのだ。
親父が言うには真の実力者ならば鋼のごとき肉体を得られるのだとか。
そんな便利そうな闘気だが、俺は
理由は単純。
それを纏う為の修行を一切していないからだ。
身体能力を強化させる闘気。
それとヘイストをかけ合わせれば更なる速度を得れるのではないかと過去の俺は考えた。
しかし――
「あ、それは無理よ~? 闘気と魔力は密接な関係だからか、どちらかを鍛えれば鍛えるほどもう片方の精度が落ちるの。ビストロが闘気を纏ったら最悪、ヘイストの精度が下がって逆に遅くなるかもしれないわね~」
とアレクシア母さんから言われたので、俺は闘気に対する興味を完全に失ったのだ。
闘気の修行なんて絶対しない。
そう心に誓った瞬間であった。
ちなみに、親父は俺に闘気の修行をして欲しかったらしい。
俺が闘気の修行をいくら嫌がっても親父は「多少スピードが遅くなってもいいだろう!」などと訳の分からない事を言って俺に闘気の修行をさせようとしてきた。
当然、俺は「絶対に嫌だ」「だが断る」「ヤダヤダヤダヤダァッ!!」と闘気の修行を徹底拒否。
その件で親父とは喧嘩という名の修行……もとい話し合いが何度も行われたのだが、その話は今は置いておこう。
ともあれ、そんな闘気を身に纏い、誇らしそうに頑丈さをアピールするカールお坊ちゃま。
なるほど……さっきまでは闘気を纏っていなかったからこそ俺の攻撃は通じていたわけか。それなら納得だ。
なので俺はそんなカールお坊ちゃまに対し――
「てい」
「あばぁっ!?」
あまりにも隙だらけだったのでもう一回カールお坊ちゃまの顔面へと木刀を振りぬいた。
カールお坊ちゃまは倒れはしなかったもののまた痛そうに顔面を手で覆って……あれ? 効いてる? いや、そんな訳ないか。
「この……下劣な平民めがぁっ!! コロス。絶対に殺してやる!!」
カールお坊ちゃまは今の俺の一撃で完全にキレたのか、詠唱をしながら剣を振りかぶった。
しかし、その動きはあまりにも緩慢で……俺よりも遅い親父よりも更に遅い。
当然そんな一撃が当たる訳もなく、魔法の詠唱に関しても。
「……てい」
「溢るる炎をもちていぎゃんっ!?」
こうして詠唱を中断せざるを得ないくらい顔面を叩けばいいだけの話だ。
パワー不足の俺の一撃でも詠唱の妨害くらいは出来る。
しかし、このままではらちがあかないのも事実。
なので俺は、闘気を纏っている相手にも有効な剣技を披露する事にした。
「我流神速剣技一の型――」
俺は木刀をレイピアのように構えた。
そして――
「――神速突き連打(仮)!!」
全速力でカールお坊ちゃまの顔面を突くっ!
「ぐぺっ――」
まともに俺の突きを受け、のけぞり始めるカールお坊ちゃま。
だが、もちろん終わりではない。
一撃で致命打に成り得ないなら……致命打になるまで続けるだけだ!!
突く。突く突く突く突く突く突く突く突く突く突く突く突く突く突く突く。
連打連打連打連打連打連打連打連打連打連――
「っ――」
「そ、そこまで!!」
そうして三十回目くらいの突きが終わった頃、フーリ先生が決闘の終了を宣言する。
「へ?」
百回くらい突きを繰り返そうとしていた俺はあまりにも中途半端な決闘の幕切れに間抜けな声を出しながら突きを中断。
そして決闘の終了を宣言したフーリ先生の方を振り向いた。
「どうしたんですか先生? まだまだ俺達はやれると思うんですけど……」
「……えっと、ビストロ君? カール君のその惨状を見てもまだそんな事が言えるのかな?」
カールお坊ちゃまの惨状だって?
俺の非力な突きを三十回程度顔面で受けた所で闘気を纏っていたカールお坊ちゃまがどうなる訳でも――
「いぐっ……この……ゆるひて……もうやめ……」
なぜかカールお坊ちゃまがボロボロになっていた。
「ど、どうしたんだカールお坊ちゃま!? 一体誰にやられたんだ!?」
「いやビストロ君の馬鹿みたいに速い突きのせいだけど!?」
「え……俺?」
何を馬鹿な。
だってカールお坊ちゃまは闘気を纏っていたんだぞ?
そのカールお坊ちゃまが俺の貧弱な突きを二桁回数受けた程度でこんなボロボロになるわけがないだろう。
俺はそうフーリ先生に思った事を伝えるが。
「いや……学生レベルの闘気であの連打を平気で流せる人なんて居る訳ないでしょ?」
などとよく分からない事を言う。
「いや、でも……職業不定おじさんでしかない俺の親父は百回くらい打ち込んでようやく少し痛がる程度でしたよ?」
「よしっ! ビストロ君ちょっと来なさい。そこら辺お姉さんとゆっくり話し合おうか!! あと、誰かカール君を保健室に連れて行ってあげて。他の人はいきなりごめんだけど教室に待機で!」
「へ? ちょっと先生!?」
俺は訳も分からないまま強引にフーリ先生に引っ張られ、その場を離れた。
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