ギルマス稼業は楽じゃない!?

第7話 スタンピードは大赤字

 オーガ・エンペラーを倒したあと、指揮系統を失った魔物たちが騎士団により掃討されスタンピードの脅威が去ると、私は緊急クエストの事後処理に追われていた。


 パチパチパチ…パチン


「なんてことなの、大赤字じゃない!」


 お婆様から譲り受けたソロバンを弾き、冒険者ランクに応じて支払った報酬を積算し、魔石の売却益から差し引いて算出した最終損益に、思わず大声を張り上げてしまう。

 緊急クエスト発動による支出が金貨九百五十二枚、魔物の魔石売却による収入が金貨四百五十八枚、支援要請に対する騎士団からの謝礼が金貨二百枚、諸経費を入れたら差し引き金貨三百枚を超える大赤字だった。


「まあ、ゴードン団長としても、お嬢様が指揮する冒険者メインの弱小部隊を最前線に立たせるわけにもいかなかったでしょうし、仕方ないのでは」


 他の領地であれば騎士団より前に冒険者を立てて使い捨てにするところもあると聞くけど、今回、騎士団の後方に立たされたことで、魔物のほとんどが騎士団により討伐され、あまり魔石が冒険者ギルドに流れてこなかったのだ。


「これなら、最初から私一人で最前線に突っ込むんだったわ」


 そう言ってナッシュが差し出してきた紅茶で喉を潤すと、隣から呆れた声が聞こえてきた。


「なにを馬鹿なことを仰っているんですか。どこの世界に万単位の魔物の群れに一人で突貫するギルマスがいるというのです。少しは立場をお考えください」

「わかったわよ。それにしても、やっぱりもう少し人がいないと厳しいわね」


 事後処理として経理に支払い、魔物の解体、王都への搬送手配など、目が回る忙しさだわ。今回のような規模のスタンピードは、そう何度も起きるものではないとはいえ、慢性的な残業で転職する者が出かねない。

 そうなる前に、なんとかしないといけないわ。でも、


「そのようなお金はございません。今回の特別損失で余剰資金は底をつきました」


 そう、先立つものがないのよ! 何事もなく順調に運営できていれば事務や経理を担う人材を雇い入れることができたはずだけど、突発的なスタンピードや不慮の事故が絶えない冒険者ギルドにおいて、安定経営というのは土台無理な話だった。


「はぁ…また何か金策を考えないといけないわね」

「金策を練る前に、次はこちらの確認と書面へのサインをお願いします」


 ドサドサッ!


「なによ、この書類の束は。えっと、スタンピードの報告書? 別に死人は出てないんだから、報告するようなことはないんじゃない?」

「数十年に一度のエンペラー級のスタンピードが発生して緊急クエストまで発令したというのに、ギルド本部に何も知らせないで済むわけがないでしょう。お嬢様の頭の中は本当にお花畑でございますね。他にも領主であらせられる旦那様や騎士団への報告もあるのですから、チャッチャと手を動かしてください」


 そう言って、にべもなくあしらうナッシュに恨み節を吐きながらも、だけは動かしていく私。お婆様が仰っていた両手で書けたら効率二倍、両手両足で錬金術を発動できれば四倍働けるというのは本当だったと、ある意味感動してしまうわ。


「ナッシュ、足で水の魔石を作るから用意をしてちょうだい」

「はあ? 何を仰るかと思えば。御令嬢としてのつつしみというものがですね…」

つつしみでギルドの従業員を食べさせていけたら苦労はしないわ。お婆様は、十代の頃に寝ながら通信ケーブルを量産したそうよ」


 そう言ってフンスとやる気をみせる私。軍事バランス云々で質が駄目というのなら量で勝負よ。私だってできるはずよ、睡眠量産法!


「御祖母様は特別です。大変失礼ながら、真似したら人間として何か大切なものを失う気がします」

「本当に失礼ね! じゃあ、ナッシュは何か他にいいアイデアでもあるの?」


 どうせないだろうと思って聞いたら、意外にも、まともなアイデアを出してきた。


「実は、お嬢様の戦いぶりを見て、初心者講習会の次の段階に進みたいという冒険者が多数おりまして、その者たちに腕輪をレンタルして利用料を支払わせてはと」


 あれなら武器にはならないし、二倍程度なら常人でも動けなくなるほどではないから、安全性も担保できるという。


「すごいじゃない! ナッシュもたまにはいいこと考えるのね!」


 やっぱり、色々な人から知恵を得るのが有効ね。私だけでは限りがあるから、嗜みを捨てる前に、ギルドの従業員や冒険者たちをはじめとして、広く意見を取り入れていきましょう。


 そんなことを考えつつ、ギルドの長い夜は過ぎていくのだった。


 ◇


 明くる日の朝、錬金術で二倍の重力と魔力負荷をかける金の腕輪と銀の腕輪を量産した私は、早速、貸出要項を書いてギルドの掲示板に貼り付けた。


 “中級冒険者のみなさんに朗報です。

 今なら二倍の重力と魔力負荷をかける腕輪が格安で借りられます。

 なんと、ずっとつけているだけで身体が驚くほど鍛えられます!


 慣れてきた三倍、五倍と負荷を上げれば超人に早変わり!

 あなたもライゼンベルクでヒーローになろう!


 借用申請と倍率相談は受付までお願いします。

 ギルドマスター エリスティア・フォーリーフ“


 そんな私の貼り紙を見たナッシュが素直な感想をぶつけてくる。


「なんだか悪徳商法のようなキャッチコピーですね」

「なんでよ! 真実しか書いていないわよ!?」


 私も段々と負荷を上げて十倍の負荷で日常生活を問題なく送れるようになったわ。このまま毎年、一倍ずつ上げていけば、そのうち数十倍の重力にも耐えられるようになるんじゃないかしら。


「それ以上鍛えてどうするんですか。脳筋も大概になさってください」

「お婆様の話では、鍛錬に終わりはないそうよ。行けるところまで行って、さらにその壁をブチ抜くのが楽しいって仰っていたわ」


 とにかく、コツコツとでも収支を改善していかないとならない。その点、この腕輪の貸し出しは、貸し出し料金を得るのと同時に冒険者達も鍛えられるし一石二鳥ね!

 みんな五倍くらいまでいったら、森の奥地に攻略パーティを送り込んでダンジョン制覇して、二度とスタンピードが起きないようにコアを破壊しにいくのも手だわ。


 そんな楽しい未来予想図を話して聞かせると、ナッシュは描いた夢をぶち壊すようなことをサラッと言ってのけた。


「ダンジョンでしたら、御祖母様がとっくに制覇なさっておいでですよ」

「え? じゃあなんでコアを破壊してこなかったの?」

「なんでも、魔石が簡単にできるからだそうです」


 なるほど、ダンジョンは魔石のための天然資源だったのね。それならコアの破壊は控えて、保護しないといけないわね。


 別の領の当主が聞いたら噴飯ふんぱんもののことを考えながら、エリスティアは次なる金策に向けて鼻唄混じりに執務室に向かうのだった。

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