覚醒

長峡仁衛は走る。

相手が長峡仁衛に接近しない様に、『斬人』が放つ不規則な飛ぶ斬撃から逃れる為に。


「潰せッ!『七尋女房ッ!!』」


長峡仁衛が叫ぶと共に『七尋女房』が『斬人』に向けて拳を振り上げる。

遠距離からの衝撃による攻撃ではなく、直接叩く事で相手を倒そうと考えた。

長峡仁衛の中で尤も耐久の高い『七尋女房』ならば、『斬人』の攻撃も受け止め切れると思った。


『斬人』は口元に加える小型の刃物を掴むと共に、『七尋女房』に向けて斬撃を放つ。

それによって『七尋女房』の体が縦一直線に切断された。

一撃による攻撃、硬い式神では『斬人』を祓う事は出来ない。

ならば、と長峡仁衛は『戦禍の不死者』及び『戦禍の歩兵』を出現させる。


「(頭が、割れるッ…だが、質が駄目ならッ量で攻め切るッ!!)」


残した『戦禍の歩兵』は隊列を組み射撃を行う。

横一列による一斉乱射。標的は『斬人』、その弾丸の嵐を、大太刀一つ。それを振り上げる。

直後、再び飛ぶ斬撃が発生する、弾丸の嵐を無視するかと思えば、被弾する直前に、『斬人』は自らの大太刀を鞘に納める。


「(高速居合かッ、移動と抜刀を兼ね揃えた技ッ、こっちに来るッ)」


そう思った瞬間、鋼と鋼が擦れる音が聞こえた。

『斬人』に向けて放った弾丸の数々は、『斬人』に触れる前に切断されて地面に落ちる。


「(鞘に納めた時に斬ったのか!?弾丸じゃない、空間そのものを、四方八方に切り裂いたってのかッ!?)」


斬撃を滞留させる技により、弾丸が『斬人』に当たる前に全て落とされる。

そして腰を落とす『斬人』、長峡仁衛が先程想定した通りに、鞘から刃を滑らせると共に、『戦禍の歩兵』を両断すると共に長峡仁衛に近づく。


「(死ッ)」


死を想定した直後、長峡仁衛は『尸解傀儡人形師』を召喚する。

しかし熟練度に対して単体では不利な『尸解傀儡人形師』は、『斬人』に攻撃する前に斬撃を受けた。


「(さっき、刀を振った時の飛ぶ斬撃ッ)」


意識外から斬撃を放ち、『人形師』の肉体を傷つけて怯ませる。

その一瞬、再度、『斬人』の刃によって『人形師』は胴体を切断された。

それと共に、『人形師』の後ろに居た長峡仁衛も胴体を切断される。


「ぶぐぁッ」


だが、長峡仁衛は立っている。

先程の攻撃は『戦禍の不死者』がダメージを肩代わりした。

長峡仁衛は、一瞬の隙が生まれた時に、拳を握り締める。


「ぐ、あああッ!!」


叫び、拳を『斬人』に叩きつけようとした最中。

『斬人』は長峡仁衛の攻撃を受ける前に、薙ぐ様な蹴りで長峡仁衛の腹部を思い切り蹴った。

『戦禍の不死者』の胴体が歪む。ダメージを肩代わりしたが、それでも、長峡仁衛は衝撃を肩代わりにする事が出来ずに、吹き飛ばされる。


「み、うッ」


手を叩く。

それと共に、長峡仁衛の体を覆う『雲泥韻音』が出現した。

壁に叩き付けられた長峡仁衛。丁度そこは部屋の奥にある重厚な扉であり、『雲泥韻音』が四散して、長峡仁衛は部屋の奥へと叩き付けられた。



部屋の奥。

其処は、鋼の武器が壁に掛けられている。

武器庫、と言う言葉が正しいのだろう。

『人形師』が守っていたのは、多くの士柄武物の宝庫。

長峡仁衛は、上半身をゆっくりと起こす。


「(武器…武器を使って…そんで、対抗…ははッ、現実的じゃないなぁ…)」


肉体は摩耗している、戦う意志が、先程の蹴り一つで吹き飛ばされる。


「(あー…限界かぁ)」


灰色の髪に血が濡れる。

自身の血だと、長峡仁衛は悟る。

頭部を怪我している、視界が段々と赤く染まっていく。

目を瞑る。分泌された涙と共に血が流れる、血涙の様になる。


「(最後に小綿の料理、食べたかったなぁ…)」


長峡仁衛は諦観する。

直ぐに迫る『斬人』が、長峡仁衛を殺そうと、やって来る。

白き死神が、長峡仁衛の首級を奪る為に、刀を揺らす。


「(まあ、頑張ったよな…安い人生だったけど、満足出来ただろ…?)」


長峡仁衛は目を閉ざす。

せめて、最後には、大切な彼女の姿を思い浮かべる。


「(…あれ、?)」


長峡仁衛は、暗い視界の先に映る銀鏡小綿の姿を思い浮かべて疑問を浮かべる。

最期には、彼女の優しい表情を思い浮かべたかったのに、長峡仁衛の瞼の裏に映るのは、涙を流す彼女だ。

一度だって、長峡仁衛は彼女が泣く姿など見た事は無い。


いや…これからは見られるだろう。

長峡仁衛が死した後、銀鏡小綿は、長峡仁衛の死を聞いて、泣く。

それだけは確信出来る。自分の命は安い値段。それでも、この命の為に泣いてくれる人は居る。


「(あー…死にたくねぇ、死にたくねぇよ、当たり前だ…何時から俺は、そんな死を覚悟出来る様な上等な人間になったんだよ…)」


『斬人』が介錯をするべく、長峡仁衛に向けて刀を振り上げる。

歯を食い縛る、肉体を奮起させ、持てる神胤の全てを掻き集めて捻り出す。


「小綿が、泣いてんだ…誰が慰めんだ、俺だろうがッ!!」


叫ぶと共に、瞼の裏に泣く銀鏡小綿に手を伸ばす。

彼の手は空を伸ばす、瞼を開けば、鉛色の刃が長峡仁衛の首を絶とうとする。


「死ねるか、アァああ!!」


両手に流れる神胤で刃を受け止める。

両手に刃が食い込み血が溢れる、掌を両断すると共に、確定された斬首が迫る。


長峡仁衛は諦めない。

醜く生にしがみ付いて、逃げて避けて泣き叫んでも、帰りたいと願う。

彼女の元へ、銀鏡小綿の元へ戻る為に、長峡仁衛は渾身を両手から噴き溢す。


『斬人』の腕が振り切った。

確定された斬首が実行された…だが、『斬人』の手には大太刀は握られていない。

長峡仁衛の掌にも、大太刀は無かった。


武器を無くした『斬人』は長峡仁衛を見る。

けれど彼は、自らの手を見ていた。

赤い血が一線に刻まれた手、長峡仁衛はゆっくりと立ち上がると、顔を挙げる。


「あぁ…そういう使い方もアリなのか」


長峡仁衛は片目を瞑る。

両手を伸ばして、神胤を放出すると共に、デジタルドットと化した神胤が放出し、武器を形成していく。


「(『封緘術式・戯』…あらゆるものを封緘し、調伏し、強化し、使役する…それは、無機物ですら有効だったって事か)」


長峡仁衛は大太刀を思い切り、地面に突き刺す。

その衝撃によって武器庫が震撼し、棚に掛けられた士柄武物が外れ、宙を舞い、落下し、地面に刺さる。


「死にたくねぇから、小綿の元に帰りたいから…だから、斃れてくれよ」


地面に突き刺さる士柄武物の柄を握り締めて、長峡仁衛は『斬人』に刀の切っ先を向けた。

長峡仁衛が握り締めた士柄武物を、封緘術式によって自らの内部に保管する。

更に地面に突き刺さる刀剣類を柄を握って引き抜く。


武器を無くした『斬人』も同じ様に武器を引き抜いて長峡仁衛に向かい出す。

『斬人』は大鎌と槍を携えながら長峡仁衛に接近、長峡仁衛は両手を振り上げて二振りの曲刀を投げ飛ばす。

円を描く様に回り出す曲刀に、『斬人』が大鎌を手首を使って旋回させると、曲刀を弾く。その隙に長峡仁衛が前に出ると、『斬人』は槍を長峡仁衛に向けて突きを繰り出す、それを長峡仁衛は手を伸ばして接触すると共に槍の一撃を封緘、『斬人』の掌から槍が消えると、長峡仁衛は体を捻ると共に先程封緘した槍を召喚して槍を『斬人』の腹部に突き刺す。


一撃を受けた『斬人』は後退し怯んだ。

更に長峡仁衛は地面に突き刺さる士柄武物に接触して封緘、士柄武物を蓄えていく。


『斬人』が後退すると共に士柄武物に手を伸ばし、長峡仁衛はそれを阻止する様に、先程封緘した大斧を召喚させると、その腕に狙いを付けて振り下ろす。


片腕がその一撃によって吹き飛び、長峡仁衛は大斧を手放して直刀を召喚して『斬人』に向けて刺突を行う。


『斬人』は大鎌を手放して直刀を掴むと、長峡仁衛の攻撃を受け止める。

士柄武物を引っ張っても、『斬人』の力によって引き抜く事が出来ない。


「解」


長峡仁衛が直刀の召喚を解除すると『斬人』の掌から直刀の士柄武物が消える。

長峡仁衛は再び士柄武物を召喚すると、『斬人』の首を断つべく、士柄武物を振り翳す。

『斬人』は口元に銜えた小刀を掴むと、長峡仁衛に向けて振り上げる。


「(『七尋女房』を斬った小刀、あれは不味いッ)」


そう思考すると長峡仁衛は攻撃を中断して小刀の攻撃を避ける事だけに注力する。

ギリギリの所で攻撃を回避する長峡仁衛、斬撃が飛び、地面に三日月を刻んだ。


「(死んで堪るか、此処で、俺はッ、帰るんだよ!!)」


長峡仁衛は封緘した士柄武物をあるだけ展開する。


「(封緘術式は式神を召喚する際に座標を設置する。座標は人それぞれだが、俺は近距離でしか出来ない、此処で決める、全ての士柄武物の座標を、『斬人』に合わせるッ)」


長峡仁衛が封緘して来た士柄武物の座標を、『斬人』に向けると共に、士柄武物が出現。『斬人』の肉体に複数の士柄武物が植え込まれる。


「かはッ!…はッ」


大量展開。

長峡仁衛の神胤を大量に消耗した。

しかし、これによって『斬人』は行動を停止。

長峡仁衛は息を整えると、『斬人』の方に向かい、拳を叩き付ける。


「封緘ッ」


長峡仁衛は、再び『斬人』を封緘する事に成功した。

息を荒げる長峡仁衛は、疲弊した体が我慢の限界を迎えて、尻餅を突いた。


「か…」


息を吸い、吐く。

そして、言いかけた言葉の続きを口にする。


「勝った…ぁ」


生きる為の戦い。

長峡仁衛はそれに勝利した。

なんとも、充足感に、長峡仁衛は満たされていた。

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