11.猫、リクエストを受ける

「ネムさんとマシロさんにつきましては、このたび、ご結婚おめでとうございます。こちら、ささやかながらご祝儀をお持ちしました。どうぞお納めください」


 言ってハチノジは、手に持っていた巾着袋をこちらに差し出してきた。受け取ると、想像以上にずしっと重たい。

 中には赤い石がいっぱいに詰まっていた。これは……?


「炎幻石なのです。お恥ずかしながら、わたくしこのようなものを作ることしか芸がありませんで、」

「炎幻石!? やったー、嬉しい!」

「……あら、まあ」


 炎幻石は【紙】を作るのに必要な材料である。丁度欲しいなー、探しに行かないとなー、と思っていたところだったので、これはありがたい。


「そこまで喜んでいただけるとは思っていなかったのです。お役に立てたようで、わたくしも嬉しいのです」


 ぼくが感激してお礼を言うと、ハチノジは照れ照れと頬を染めつつ、ふりふりとお尻を左右に揺らした。

 何の動きだろう。謎だけど、楽しそうだったのでぼくも真似してみる。

 ふりふり、ふりふり。


 ところで、炎幻石をこんなに持ってるってことは、もしかして水幻石も持ってたりしない? あれも紙を作るのに要り様なんだよねー。

 欲しいなー、ちらっちらっ。


「水幻石の精製は主人の領分なのです。でも主人はちょっと気むつかしい性格なので、ただじゃくれないと思うのです」

「勿論、ただとは言わないよ。何か他の素材と交換できないかな。ぼく色々いっぱい、持ってるんだよ」


 そう言ってぼくは木材とか粘土とかお勧めのヤドリゴケとか並べてみたんだけど、ハチノジは「んー」と渋い反応だ。


「主人は、あまりそういったものには興味は持たないと思うのです」

「そっかあ。きみの旦那さん、何なら交換してくれるかなあ。この辺で採れそうなものなら、探してみるんだけど」

「主人はネムさんの造ったものなら、興味を持つかもしれません」

「ぼくの造ったもの? このお家?」

「はい。……ですが、大変素敵なこのお家、一つ足りないものがあるのです」


 ハチノジの双眸が、フードの影からきらーんと光った気がした。


「それは水場なのです」

「水場……」


 彼女の言葉には素直に納得した。

 というか、この建物は倉庫として造ったものだからね。ぼく等の拠点、素晴らしきマイホームはまだまだ作りかけで、水道付きのキッチンなり池なりプールなり、水のある場所も設けるつもりではあったのだ。

 そう言うと、ハチノジはお尻をふりふりしながらぼくの手を取った。


「であればネムさん、お勧めは“井戸”ですよ、井戸」

「井戸?」

「このお家のような、涼しくて薄暗い井戸を作るのです。さすれば主人もメロメロ、水幻石なぞいくらでもくれてやるってなるのです」


 ハチノジ夫は井戸が大好きなのかあ。

 変わった趣味だと思うものの、井戸があれば水幻石が手に入るというのだ。作らない理由はないだろう。

 作業場のそばにすぐ水を汲める場所があるというのも悪くないしね。


 ぼくはDIYガイドブックを開いて、調べてみた。井戸に必要なのは石材、ポンプ、管、屋根や蓋に使う木材。

 レシピはポンプ式とつるべ式があったんだけど、秒でポンプ式を選んだよ。簡単なほうがいいもの。

 ポンプには鉄を使うから【鉄鉱石】が、管には錆びにくく変形のきく【銀塩鋼】という素材を使うらしい。さらに【銀塩鋼】の素となるのが、【銀塩】、【ねばねば樹液】、【アースオイル】。


 ねばねば樹液は以前マシロに貰った分で足りそうだけど、鉄はもっと欲しいな。銀塩とアースオイルに至ってはそもそも持ってない。


 けど幸い、この三つの素材はどれも同じ場所で採取できるみたい。拠点の西にある、“侍山さむらいやま”っていうごつごつした岩山で採れるんだって。

 前回石を切り出した場所の、さらに向こうってかんじだね。ここは鉱山地帯で、他にも鉱石系の色々な素材が入手できるそう。


 ということで、ぼく等は早速材料集めに向かうことにした。

 お留守番とはいえど、マシロからは特に外出を禁じられたりはしていない。ハチノジも異議を唱えず付いて来るので、問題ないだろう。


「では、ついでに幻石も採ってまいりましょう」

「幻石? 水幻石も採れるの?」

「幻石に水属性を付与したものが水幻石なのです。つまり幻石は水幻石を作るもとの素材。これがあれば、主人が水幻石を用意するに当たってスムーズに事が運ぶのです」

「なるほど。じゃあいっぱい採ってこないと」

「別に珍しいものでもないので気負わずとも大丈夫なのです。鉄鉱石や銀塩を探して掘ってれば自然に見つかるのです」


 画して、ハチノジの言う通りになった。


 侍山の麓に辿り着き、とりあえず目の前にある岩山をツルハシで削っていく。

 岩を削るのは、この前マシロが作ってくれた“かき氷”をスプーンで掘り進めていくのと似ている。

 食べ始めのふわっふわのところじゃなくって、大分食べ進んだ、融合しかけのちょっと固くなった氷の粒ね。あれを、ざくざくって壊していく感覚。


 で、その調子で岩を砕いていると、時折固い、ツルハシでは壊せないものにぶつかるの。それが鉱石系素材ってことみたい。

 鉄鉱石、銀塩、幻石、どれもいっぱい採れたよ。他にも銅とか銀とか、あといろいろな色鉱石ね。顔料の素になるやつ。


 ただちょっと気になるのは、上空を飛び交う大きめの鳥達の姿。

 猛禽類ってやつなんじゃないかな。くあー、くあー、って結構騒がしい。

 前マシロとこの近くまで来たときは、鳥なんて全然見なかったのにな。っていうかマシロと一緒にいると、そもそも生き物の気配を周りに感じない気がする。

 マシロ、やっぱ怖がられてるってことなのかな。


 ハチノジも鳥の様子を気にはしているようだ。静かに空を睨んでいることが多い。


「あのひと達、厄介なかんじ?」

「コメットファルコンですね。面倒そうな空気はありますが……まあ、然程力のある一族ではないのです。さくっと素材を調達して、さくっと帰りましょう」

「うん。あとはアースオイルだけだよ。この山の内部で、時折湧いてる場所があるんだって。掘り進めなきゃいけないから、ちょっと時間かかるかな」

「内部なのであれば、逆に好都合なのです。連中は接近戦を好みません。洞穴の中までは追いかけてこないのです」

「らじゃー」


 そうしてぼくは穴を掘り進めていった。やがて広々とした空洞部に行き当たる。

 ぴちょん、ぴちょん、と水音がする。ランタンをかざすと、天井から雫が落ちてきていて、それが小さな溜め池を作っているのが見えた。

 近付き、瓶で掬ってみると、さらさらとした琥珀色の液体であることが分かる。あった、これがアースオイルだ。

 ぼくは数本の瓶にそれを収め、背後で待機中のハチノジに向けて手で丸を作った。

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