第16話 侵略戦争その3

 王国軍総大将のゲーアハルトは渋い表情で前線を見つめていた。

 度重なる夜襲を受けて王国軍の士気は低い。戦場の姿をみても明らかに腰が引けている。

 いまのところは均衡を保っているが、いつ押し込まれることか。

 

 戦場を迂回して敵の後ろに回ろうとした騎馬隊が、敵の槍兵に捕捉され大打撃を受けて撤退してきた。

 見通しの良い平原を迂回してまわろうとしたが敵にはお見通しだったようだ。


 ゲーアハルトはギリギリと歯ぎしりをする。

 敵がここの地形を熟知しているのはどういうことか、ここは王国領だぞ。なぜこちらの動きが手玉に取られるのだ。これでは逆ではないか。

 

 遠くに見えるカーク伯爵領都をみてさらに歯ぎしりが大きくなる。

 なぜ城から兵を出さない。囲みを突破し帝国の後ろを脅かすだけでも十分な効果があるはずだ。

 

 相変わらず動こうともしない領主に、罵声を浴びせたくなる。

 無能な領主め! 亀のように城壁の内側に籠るだけでなにもせぬつもりなのか!

 

 ゲーアハルトは最近領主が変わったという情報に思い至る。

 いままでは比較的優秀な者が治めていたはずだ、継承権を争ったあげく無能が後を継いだようだ。このことは後で国王に報告せねばと心に止める。

 

 しばらくすると、前線が帝国の圧力に耐え切れず下がり始めた。

 このままでは王国軍の全面壊走もありえる。

 

 ゲーアハルトは、やむを得ないと覚悟を決めると合図を送る。

 それをみた指揮官の一人が配下の弓兵に指示をだす。

 

「…よいか、おまえたち狙う場所を間違えるなよ!…放て!」

 弓を放った兵士は多くないためバラバラといった密度で、前線の王国兵に突き刺さる。

 

 弓が飛んできた王国兵は驚いて文句をいう。

「俺たちは味方だぞ! どこを狙っているんだ! この下手くそめ!」

 

 それを聞いて指揮官の一人は口元をいやらしく釣り上げて笑う。

「お前たち下がるんじゃない! 前に出ろ! 下がれば矢を射るぞ!」


 その言葉通りさらにバラバラと矢を放つ。

 

 文句をいった兵士の隣居た兵が、顔に矢を受けてそのまま言葉を発せず倒れた。

 それを見ていた王国兵は真っ青になり、慌てて帝国兵に向かっていった。

 

 下がれば殺される、また帝国兵と戦って生き残るほうがまだましだ。がむしゃらに帝国兵にむかっていく。

 おかげで下がりはじめていた、前線が持ち直しはじめ逆に王国側が押し始めた。

 

 ゲーアハルトはほっと一息つくが、苦いものを食べたように顔をゆがめる。

 味方を攻撃するような下策がいつまで使えるはずもない、効果があるうちに帝国を押し切って後退させねば逆にこちらが危い。


 ゲーアハルトは士気を鼓舞すべく繰り返し声を張り上げ続ける。

 

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「…なんじゃあの動きは?」

 コーデリアは敵の前線の動きに首をかしげる。

 それまでズルズルと下がっていきそうな動きをしていた王国軍が、突如として狂ったような動きをしている。

 

 まるでなにかに追い立てられるようにがむしゃらに突っ込んでくる敵兵に、こちらの動きが呑まれている。

 兵が死亡したり負傷したりといった被害がこれによって広がっているわけではないが、こちらの兵が勢いに押されてざがりはじめている。

 

「前線の味方が押され始めています…なにか王国に変化があったのでしょうか?」

 クリスは味方の様子をみて眉をひそめる。

 

「わからぬ、しかしこのままではいたずらに被害が増えかねん。伏兵部隊のロイアに合図を送れ。少し早いがやつを動かそう」



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 コーデリアからの伝令を受け取ったロイアは、地面に伏せて王国軍の動きを見る。

 王国軍は後ろから定期的に前線の味方に矢をはなっていた。それを指揮している指揮官は無駄に自信満々に繰り返し指示している。

 

 これだけでロイアには王国軍の状況を理解した。

 後ろに督戦隊をおき恐怖で前線を維持しているのだ。

 

 そうとなれば話は簡単だ、あの督戦隊をつぶせば敵の前線は雪崩をうって崩壊するだろう。

 

 戦場になっているこの平原は、一見平地に見えるが実は緩やかな丘陵があちこちにある。そこにロイアは兵を伏せさせて待機していた。

 

 ちなみに30年前に同じようにこの平原で帝国と王国の決戦がおきたとき、王国側が使用し帝国を撤退に追い込んだ作戦であった。

 領主であったグラハムは当然、前回の帝国と王国との戦いの記録を読んでおり、改めて地形を確認したあとこの策を立案した。

 

 ロイアは騎馬にまたがると、味方に合図を出し騎馬隊を率いて王国軍に後ろから襲い掛かった。

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 王国軍の督戦隊の指揮官は、再び味方が崩れ始めたら矢を射かけてやろうと鼻息を荒くして前線を眺めていた。

 自分が戦場の重要な役割を任されていることに大いに自負心が満たされていた。

 それが味方を攻撃するという忌まわしい役割だとしても彼は気にしなかった。

 

 なにしろここは敵に脅かされない。しかも周りは自分を恐れており、思うように自分が総大将のように味方を動かしている。

 

 鼻歌を歌いだすレベルで彼はご機嫌だったが、後ろから迫ってきたロイアに首を刎ねられ得意げに笑った笑顔のままその命を閉じた。

 彼はいつ自分が死んだかすら、わかっていなかったのかもしれない。

 

 王国軍は突如として現れた帝国軍に驚いて狂乱状態になった。

 

 帝国側の奇襲部隊は騎馬ばかりで人数は多くない、冷静に対処すれば対応可能であったが、度重なる夜襲で騎馬に追い立て続けられていた王国軍はあっという間に混乱が広がっていく。

 

 そこに督戦部隊からの圧力がなくなった王国軍前線が崩壊をしはじめ、帝国がとどめの突撃を敢行したことで全面敗走となった。

 

 コーデリアは敗走する王国軍に容赦なく追撃を加え、王国軍総大将のゲーアハルトはなんとか逃げ延びたものの、王国軍は壊滅することになったのだった。

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