第13話 解呪

 ニーナはイライラしながら執務室で王都からの報告書を読んでいた。

「サラン国が迫ってきているから援軍は出せないだと!? 王都の奴らはどれだけ無能なのだ。このカーク伯爵領の重要性を理解していないのか!」


「いえ、だせないとはいっておりません。ただ出すのに時間がかかると…周辺の領地から追加で兵士を出させているのですがどうも集まりが悪く…」

 報告書を運んできた伝令兵は汗をかきながら言い訳をする。


「同じことだ! いつまでも城壁の中に籠っているわけにもいかんのだ。貯めてある食料はどんどん減っていく。畑の刈入れ時期とてこれ以上伸ばすわけにもいかん。…王都の無能どもめ!」


 ニーナは王都の無能たちを絶え間なく罵る。

 仮にカーク伯爵領が帝国に落ちた場合、帝国は豊かな穀倉地帯を手に入れる。それはそのまま帝国の力となり、王国の力の減少を招く。

 

 そして国力が逆転し始める。一度天秤が傾けばあとは転がるように王国が不利になっていく。

 いずれは王都まで攻め込まれるかもしれない。

 

 どたどたとした足音が響くと、突然ガルバーは執務室へ入ってきて居丈高に命令した。

「ニーナ! 外の帝国の奴らはどうなっておるのだ! さっさとどうにかせよ!!」


「…ガルバー様、ガルバー様は正直邪魔ですのでおとなしく自分の屋敷に引っ込んでいてください」

 ニーナは不愉快そうな表情になるのをこらえながらガルバーに言い放つ。

 

「な! ニーナ! おまえこのワシにむかってなんという口の利き方をするのだ!」

 自分へのぞんざいな扱いにグラハムは顔を真っ赤に怒り出す。

 

 それをみてニーナは、うんざりしたようにガルバーにいう。

「この忙しい時にガルバー様、あなたの相手をするのは無駄です。」


「ニーナ貴様、後悔するぞ!」


 ガルバーはなおも言いつのろうとするが、突如として声のトーンを落とす。

「…まぁよい、しかたない。もう一度使うしかないか。…ニーナこれを見よ!」

 

 ガルバーは懐から取り出した、あのニーナの心を変えた忌まわしいペンダントをニーナの前に再び突き出す。

 

 これでニーナは自分の言うことを聞くようになるだろうと、ガルバーはほそく笑む。

 前つかったときはうまくいかなかったようだが、さすがに2回目となればうまくいくだろう。

 

 これでニーナが自分に好意を持つようになるはずだ。そうすれば自由に操れる。

 とりあえず生意気なニーナを、ベットの中で十分にどちらが上かとことんわからせてくれる。

 2度とワシに生意気なセリフをいえないようにしてやる!

 そう思っていたのだが…

 

「…ガルバー様、それはいったいなんなのですか?」

 ニーナは怪訝な顔でペンダントを見る。

 ガルバーは逆になんの変化もおこさないニーナを不思議そうに見た。

 

「! なんじゃ、これが効かぬのか!?」

 ガルバーはもう一度、ニーナに見やすいように掲げる。ニーナの怪訝そうな顔がさらに深まっただけでとくに変化はない。2度3度と掲げるがまったく変化はない。

 

 ニーナがガルバーを可哀そうなものを見るような視線で見るだけである。

 

 ガルバーがしつこくもう一度ペンダントを掲げると、ピシピシと細かな音がなり始めるとペンダントが砕け散り、破片が床に散乱した。

 ガルバーは茫然とバラバラになった石のかけらを眺める。

 

「がっ!…あああああああああああああ!」

 突如としてニーナが頭を押さえ苦しみ出した、

 そのまま床に倒れ頭を押さえて転がり続け、しばらくすると気を失ったようで動かなくなる。

 

 ガルバーはゆっくりと近づき血の気を失ったニーナの顔をのぞき込む。

 ニーナは相変わらず整った顔立ちをして、乱れたつややかな黒髪がほほにかかり、情欲をそそられる。ピクリとも動かず完全に気を失っているようだ。

 

 ガルバーはやっとペンダントの効果が表れたのかとほっと一息つくが、砕け散ったペンダントを見て舌打ちする。

 1、2度つかっただけで壊れる不良品を押しつけおって、あの流れの商人め! 今度来たら縛り首にしてくれる。

 ガルバーはぶつぶつ文句をいいながら、ニーナを自室に戻し医者に診させよと命令をしておく。

 

 呼ばれたメイドは兵士の力を借りてニーナを運んで行った。

 ガルバーはこの間と同じようにしばらくすれば、目を覚ますと思っていたが、ニーナは一向に目を覚ます気配を見せずこんこんと眠り続ける。


 領都の防衛、指揮、すべて行っていたニーナの不在は、次々と事態の悪化を招くことになるが、ガルバーはどうすることもできず、戦々恐々として日々を過ごすことになる。

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