第11話 出陣

 シエルラ帝国皇帝コーデリアは、玉座に座り足を組んで相変わらず不遜な表情をしていた。

 

「グラハム、よくきてくれた。そろそろそなたの力を貸してもらう時がきたぞ」


「では、王国領へ侵攻ですか」


「うむ、そうだ」


 グラハムは顔を喜びに歪ませる。思いの外はやく復讐の機会がえられたことが嬉しくてたまらない。


「そなたには侵攻軍先遣隊の指揮をやってもらいたい。

 ロイアは副官だ。どうだ、できるか?」


「もちろんです。…ただ、いくつか確認したいことが」


「わかっておる。カーク伯爵領都をどうやって落とすかであろう?」


 シエルラ帝国は幾度となくカーク伯爵領へ侵攻したがいずれも失敗に終わっている。

 

 城塞都市であるカーク領都は、厚く高い城壁で街を覆っている。

 

 シエルラ帝国は街を囲み降伏させようとするものの、攻撃はすべて城壁へ阻まれた。

 そうしているうちに王都からの援軍に攻められ、無念のうちに撤退していくというのがこれまでの流れだ。


「心配するな、王国を挟んで反対側のサラン国と密約を結んだ。

 せいぜい国境沿いで少し軍を動かす程度の約束であるが。王国を牽制するには十分だろう。

 これで王国は王都の守りに兵を割かねばならず。全力でこちらに兵を回すことはできぬ」


「なるほど、すばらしいです。

 私の知っている範囲でも、他に王国内でも王家に不満をもつ領主が多くいます。

 そのものたちに声をかけ、反乱のそそのかすこと、そこまでいかなくてもサボタージュをおこさせることで、兵の集まりを遅れさせることができます。

 そのあたりの工作は私にお任せください」


「うむ、たのもしい。任せたぞグラハム」

 コーデリアは愉快そうにうなずく。

 

 絹糸のような銀髪が揺れてその美しさに磨きかかるが、獰猛そうな瞳は彼女が深窓の令嬢ではないことを物語っている。

 

「…必ず私があのカーク伯爵領を陛下へ献上してみせましょう」

 グラハムは復讐に燃える暗い瞳でそう宣言した。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 ニーナは屋敷の執務室で兵士からの報告をうけていた。


 この執務室はかってグラハムのものであったが、伯爵領を乗っ取ったガルバーは禄に領地経営をおこなわず、日々遊行にふけっていた。

 そのため代わりにニーナがここですべての対応をしていた。


「帝国に送り込んだ工作員の報告では、帝国が王国へ攻め込む準備に入っている可能性ありと…」


 兵士の報告にニーナはどうでも良いことのような視線を向ける。

 

 帝国がまた攻めてくるのか、まったくこりない連中だ。

 たしか最近皇帝が代替わりしたはず、国内をまとめきれず配下の貴族が暴走でもしたとでもいうのか。

 ニーナが少し思考に沈むが、首をふりそんな思考を追い出した。

 

 

「そんなことより、グラハムのことだ! やつは見つかったのか!?」


「すみません、そちらはいまだグラハムを見つけられていないと…」


「なぜみつからん! 状況からいって必ず帝国に潜り込んでいるはずだ。もっと人を増やして探させろ!」


「しかし、あまり急激に商人に仕立て上げた工作員を増やすのは難しく…」


「いいわけは聞かん! グラハムをみつけることは最優先だ!」

 ニーナは兵士を怒鳴りつける。


 なぜこいつはこんな簡単なことがわからないのだ、王国の未来がどうした、カーク伯爵領が滅亡しようとどうでも良い。

 グラハムだ、やつを探して私の目の前に連れてくること。それが一番重要なことだ。

 

 そこへガルバーが顔を出した。

「ニーナよ、なにをそんなに騒いでおるのだ」


「…ガルバー様、ガルバー様決裁待ちの案件が溜まっております。領主の仕事をなさってください」

 ガルバーを一瞥したニーナはどうでもいいことのようにいう。


「なんじゃ、そのような些細なことはニーナ、お前ががなんとかせよ。ワシの従者なのだからそれぐらいやれてあたりまえだろう。ワシは忙しいのだ、煩わせるでないわ!」


「…ガルバー様、私はガルバー様の従者になった覚えはありません」

 ニーナは冷たい視線をガルバーに向ける。


「なんじゃワシの従者が不満だというか。…そうか、なるほどわかったぞ。お前をワシの妾にして寵愛を授けてやろう。それなら不満もあるまい。

 そうじゃ今宵ワシの寝所へこい、たっぷり可愛がってやろうぞ」

 

 ガルバーは粘りつくような視線を、ニーナに嘗め回すように向けながら、さもいい案が浮かんだといわんばかりにニーナにいい放つ。

 

「ガルバー様? 寝言はねてからいうものですよ?」

 ニーナは腰に下げていた剣を目にもとまらぬ速さで抜くとガルバーの首元にピタリと突き付ける。

 

「ニ、ニーナおまえ、ワシが誰だか分かっておるのか…」

 ガルバーは突如として喉元に突き付けられた剣を見て声を震わせる。

 

「ええ、もちろん。無能な伯爵様? その汚い首を落とされたくなかったら、今後二度とそのような寝言をいわないことですね」

 ニーナは薄く笑った表情と冷めきった視線をガルバーに向ける。その様子にニーナの本気具合を理解したガルバーはほうほうの体で逃げ出した。

 

「ニ、ニーナよ覚えておれよ、この屈辱は忘れんぞ」

 ガルバーは口の中だけでつぶやきながら逃げ出していった。

 

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