第09話 帝国皇帝コーデリア

 王国とシエルラ帝国はとくに国境封鎖などはしていない、往来は基本的に自由だが国をまたいで移動するのは大抵商人だ。

 ロイアと名乗った男は、商人に扮して王国の国境を越えシエルラ帝国へ入った。戦争中でもないので商人であれば国境を超えるのは難しくない。グラハムも顔と傷を隠しロイアの隣で商人の振りをして通過した。

 

 シエルラ帝国は、帝国と名乗ってはいるがその実王国より小さい小国である。

 国土の多くは山岳地帯であり食料生産が低い。そのため鉱山から算出される金や銀を売り他国から食糧を購入している。シエルラ帝国にとって農業のできる耕作地を得るのは至上命題だ。

 

 30年ほど前にはカーク伯爵領へ幾度となく侵攻してきたが、そのすべてが撃退され。逆に賠償金を背負わせられる結果となっていた。


 現在の皇帝は代替わりしたばかりで幼い皇女が皇帝位についている。

 先の皇帝が死んだ後、壮絶な後継者争いを繰り広げたあげく、有力な皇子や皇女が軒並み死亡したためだ。

 お飾りの皇帝らしいが、国内外の反乱勢力が自滅したおかげで、逆に国は安定しているらしい。

 

 帝都の大きさは、カーク伯爵領都ほどの大きさだ。ただ国内で算出される金銀をあちらこちらで使っており煌びやかだ。道行く人々も明るく活気が良い、ただ通りに並ぶ露店は金細工が多く、食べ物の屋台は少ない印象だ。

 

 帝都に入るとロイアの手配で、グラハムの傷の治療を本格的におこなった。


 やはり右目の傷は深く失明していた。右顔面を切られた傷も化膿し大きく傷跡を残すことになった。

 当然右腕も使えず左腕で剣を振るってみたが、筋力が足りずにろくに振るうこともできなくなっており、剣士としては絶望だった。

 

「…わかっていたがきついな。これではやつらに復讐もできん」

 

 右顔面の醜くただれた傷跡は、目立つため冠をかぶり右側に布を垂らして隠すことにした。

 どうせ失明しているのだ、右側の視界はないから問題はない。

 

 左に剣をもって素振りをする。それだけで身体が左に流れる、左手は振り下ろした剣を支えるのが精一杯だ。

 右手の肘から下がない分、身体が左に無意識に傾いている気がする。

 バランスを取るため右手に義手を付けるのがよいだろう。幸い帝国は鉱山がおおく鍛冶職人もおおい、ちょっとしたカラクリも仕込める。

 

 いずれにしても左手一本で剣を操るには握力も筋肉量も足りない、このあたりを重点的に鍛え直す必要があるだろう。

 

 しばらく治療と剣術の稽古で日々を過ごしていたある日、グラハムは帝城に呼ばれることになった。


 グラハムの感覚ではやっとかという感じだ。

 帝都についたと同時に連行されるだろうと覚悟していたのだが、ゆっくりと治療する時間を取ってもらえたのは意外だった。

 この分では、情報を渡したら即死刑ということはなさそうだ。

 

 グラハムとしては、なんとか帝国の有力者につなぎをつくり自分を売り込みたい。


 帝国はカーク伯爵領を長年狙っている。そこに伯爵領の内情に詳しい自分がいれば、伯爵領へ攻め込むのに大いに助かるはずだ。

 

 グラハムはかっての領地を帝国に売り払うことになんの良心の呵責も覚えなかった、それどころか、いまではぜひとも滅ぼしてほしいと思っていた。

 

 

 部屋に通されたグラハムは跪き、だれがでてくるのだろうと思っていたが、出てきた人間を見てびっくりして目を見開いた。


「よくきた、グラハム卿。予がコーデリアである」


 出てきたのは傀儡とされていた、シエルラ帝国女帝であった。

 

 長い銀髪に蒼い瞳、年の頃はまだ幼い10代なかば程だろう。

 美しい容姿だが、椅子に座り足を組んでグラハムを見下ろすその視線は不遜さにあふれている。

 まるで面白いことでもいってみよといわんばかりの様子だ。


 とても噂通りの幼き傀儡の姫君などというもではない。

 歯向かって来たものを食い殺しそうな肉食系の皇帝だ。


 グラハムは当然、隣国のシエルラ帝国の情勢にも気にかけていた。商人に偽装した工作員も放っていたが、この様子ではすべて偽情報を掴まされていたらしい。

 後継者争いで死んだ皇子や皇女は彼女が裏で糸を引いて殺したのではなかろうか。彼女の姿はそんなことを想像させた。



「…お目にかかれて光栄です、コーデリア陛下。私はグラハム、元カーク伯爵領主です」


「そなたの話はロイアから聞いておるぞ。治めていた領地から、石をもって追われたとな」


「そのとおりでございます。陛下、私はあやつらに復讐をしたい。

 私のもつすべてをもって陛下にお仕えいたします。ぜひとも王国へ鉄槌を」


「ふふ、よかろうよかろう。そなたは優秀だと聞いておる。そなたの復讐心をみたしてやろう。予につかえその手腕を存分に振るうといい」


 コーデリアは愉快そうに笑う。その笑みはまさに梟雄にふさわしい笑みだった。

 

 

 グラハムが退出した後、コーデリアは傍らのロイアに話しかける。


「あの男、どれくらい信用できる?」


「…あのものが、王国にかなりの恨みをもっていることは間違いありません。裏切る可能性は低いかと」


「やつは重要な駒だ、決して裏切らぬようお前がたづなをにぎれ」


「陛下のお心のままに」

 ロイアは一礼して承服した。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 カーク伯爵領でニーナは兵からの報告に激怒していた。


「なぜもっと早く報告にこなかった!?」


「あれから何日たっているとおもっている! おまえたちはいままで一体何をやっていたのだ!」


 国境付近まで連れて行ったグラハムがなかなか戻って来ないため、城の兵長にどうなっているかと聞いた結果が、グラハムを取り逃がしたという報告だ。


「やることは、国境まで連れていきまた戻ってくるだけだ! おまえたちは、それだけのことすらできないのか!」


「申し訳ありません、ニーナ様。どうも手引したものがいたらしく」


 兵長は汗をかきながら必死に苦しい言い訳をする。


「言い訳している暇があったら探してこい! 隻腕隻眼の風体をしているのだ、すぐみつかるだろう! さっさと探せ!」


 ニーナは目を血走らせ兵長を怒鳴りつける。

 

 グラハムを取り逃がすなどということは断じて許せない。

 このままグラハムが手の届かないところへいった場合、この自分の中にある憎しみをどうすればよいのか?


「必ず探し出せ! みつかるまで戻ってくるな!」


 ニーナはいらいらしながら兵を送り出す。グラハムが憎い憎くてたまらない。

 この感情を持て余しながらニーナはじっと耐えるしかなかった。

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