第04話 呪術アイテム

 カーク伯爵領は典型的な城塞都市である。街の中心に城兼領主の館がありその周辺に街が作られている。

 街の周辺は田園が広がっており、村が点在している。

 

 いざ戦争が起きた場合は、周辺の村人は街に逃げ込み城門を閉じて王都からの救援をまつことになる。

 国境を接するシエルラ帝国は、友好国ではないが少なくともここ30年くらいは小競り合いの戦すら起きていない。

 領内はいたって平和である。

 

「ニーナ、お前に話がある…」

 

 ニーナが城の廊下を歩いていると後ろから声が掛かった。グラハムの叔父にあたるガルバーだ。

 年頃は60くらい頭の頭頂部が薄くなった小太りの男である。

 

 ニーナは降ってわいたチャンスにほほを緩める、こいつさえなんとかしてしまえば夢であったグラハム様の寵愛が受けられる。どうやって始末をつけようか考えながら返事をする。

 

「ガルバー様、お久しぶりです。どうかされましたか? グラハム様でしたら今日はこちらに登城しておりませんよ」.


「グラハムのことはいい、それよりお前のことだ。

 前にも聞いたが、お前は優秀だ。グラハムから乗り換えてワシに仕えよ。

 

 ワシに仕えるのであれば十分な金をやるぞ、いまとは比較にならんくらいにな! 金を惜しむしみったれのグラハムなんぞより、ワシのほうがはるかに仕えがいがあるだろう」


「…なるほどそのお話ですか」


 ニーナは考える。

 ここできっぱり拒否するより協力するようにみせて横領の証拠を抑えるべきだろうか。

 いや、手っ取り早く事故死させたほうが後腐れない。グラハム様の意から離れることになるかもしれないがこいつが生きていてもなんらメリットはない。

 生き続けてまたぞろぞろ蠢動されては面倒だ。毒蛇はさっさと頭をつぶすに限る。


「その話は以前きっぱりとお断りしたはずですが」


 ニーナはすばやく廊下を見渡して誰もいないのを確認する。

 ここでこいつを殺すか、窓から放り出して事故に見せかけることができるかもしれない。

 いやさすがにそれは急すぎか、いくら急いでいるとはいえ考えなしの行動は避けるべきた。

 とりあえず外に連れ出して行方不明とするのがよいかもしれない。


「まったく、貴様はあのグラハムのどこがよいのか。まぁよい、お前がワシを嫌っていることはわかっておる」


「…いえ、そのようなことは」


 ニーナはガルバーの舌打ちせんばかりの態度に顔を引きつらせる。

 お前とグラハム様を比べることすらおこがましい。ゴミとアダマンタイトを比べるようなものだ。

 そういって殴りつけたくなるのをニーナはぐっとこらえる。


「ふむ、やはり仕方ないな。これをつかってみるか…ニーナこれを見よ!」

 

 ガルバーは懐から取り出したペンダントのようなものをニーナの前に突き出す。

 それは異様な存在だった、平べったい黒の丸い石が付いたペンダント。

 ただ石の色は黒い。ただひたすらに黒かった。

 

 まるでそこだけ空間が切り取られているかのような黒。

 このようなものが存在するのかと、目が吸い寄せられたところで。ニーナの頭の中で光が爆発した。

 

 

「…!?あ、ああああああ…あ…あ…あああああ!」



 ニーナは頭をかかえしゃがみ込む。

 頭が痛い、頭が割れてしまいそうに痛い。おかしいこんなことがあるはずがない、頭のなかに手を突っ込まれてぐちゃぐちゃされてるような痛みだ。

 

 

「がっ!…あああああああ!」

 

 

 かき回された頭が私ではない別のものに組み替えられていく。頭の痛みは収まる気配を見せずさらにひどくなっていく痛みの限界値を突破して、目がちかちかしてくる。

 

 

「…グラハム様…た、助けて…あああああああ! グ、グラハム様…」




 しばらくニーナは頭を抱えのたうち回っていたが、ピタリと動きを止めると白目を向いて気絶した。

 その姿をじっと見ていたガルバーは、ゆっくりニーナに近づき呼吸を確かめ生きていることを確認する。

 

「ずいぶん無駄なものを買ったと思っていたが、まさか本物だったか…」

 

 良い買い物をしたと、しげしげとペンダントを見る。

 

「まさか使い捨てではあるまいな。あと何回使えるのだ。まったくあの商人めちゃんと説明もせずにいなくなりおって」


 ガルバーはいなくなった商人を思い出して舌打ちをしたが、ペンダントの効果を確かめねばならない。ニーナの身体をゆすりほほを叩いても目が覚めないので仕方なく人を呼んで運ばせる。

 

 適当な客室に放り込み、医師をよんで診察させたが、特に異常はないらしい。単に疲れてるだけだろうと診断された。

 しばらくしたら目を覚ますだろうとも。

 

 どこぞの神殿跡から発掘されたという触れ込みで買ったペンダントだ。

 

 このペンダントを見せればその人間は、持った人間へ好意を持つようになり自由に操れるといったものらしい。

 ガルバーはうさんくさい商人の話を半分も聞いていなかったが、まさか本当に効果があるとは思いもよらずびっくりである。

 

 

「…う、ううん」

 しばらくするとニーナが目を覚ました。身体を起こしおぼつかない目で周りを見渡す。


「ニーナよ、ワシがだれだかわかるか?」


「ガルバー、様ですよね、…頭が痛いです…これはいったい?」


「お前は突然廊下で倒れ、頭を打ったのだ。ワシがじきじきにここまで運んでやったのだぞ。感謝せよ」


「あ、ありがとうございます…」


「ふむ、どうだなにかワシに思うところとかないか?」


「…おもうところといわれましても?…助けていただいたことには感謝しておりますが…」

 ニーナは怪訝な表情を浮かべる、まったくこころあたりがなさそうだ。

 

 なんだこれは!、やはりあのペンダントは見掛け倒しのインチキだったのか!。ガルバーはそう思いながら舌打ちする。

 ワシのことを憎んでいるニーナであればワシに好意を向けるはずであろうに、どうなっておるのだ!

 ガルバーはイライラしながらニーナに聞く。

 

「ニーナよ、ワシのことはどう思っておる? 遠慮なく申せ!」


「…とくになにも。これといった思いはありません」


「ワシを好いておるとかないのか!?」


「ガルバー様、なんのおたわむれですか? ガルバー様に特別な感情は一切ございません」

 ニーナは冷めた視線をガルバーに向ける。

 その視線は全く感情も込められていないような冷たい氷のような視線である。

 

 くそ! あのインチキ商人めが。ガラクタを売りつけよって!

 ガルバーは心のなかでさんざん罵っていたが、ふと思いったって聞いてみる。


「ニーナよ、グラハムについてはどう思っている?」


「グラハム…様についてですか…」


 ニーナがグラハムのことを考えると、爆発に感情が浮き上がってくる。

 

 憎い! 憎くてたまらない! ただ殺すだけは全く足りない。この世の生き地獄を味わせてもまだ足りない。

 心のどこかで、そんな考えはおかしいという警報が出ている気がする。

 

 だがすぐ心は憎しみに埋められる。

 憎い憎くてたまらない! ああ少し考えるだけで憎しみが溢れかえってくる。

 どうやって殺すべきか、どうやったら無様に殺せるか。つねに考える。

 グラハムが憎い! 憎くてたまらない!

 

 

「どうだ、あやつが憎くはないか? 憎いのであればこのワシが手を貸してやろう」

 

「憎いです、グラハムが憎くて憎くて仕方ない…私の手伝いをしていただけるので?」


「そうだ、感謝せよ!! まずはやつを伯爵の座から引きずりおろせ。さんざんいたぶったあとは、追放でも縛り首にでもしてやろうぞ!」


「ガルバー様! 感謝いたします! 必ずグラハムを地獄へ叩き落としましょう!」

 ニーナはうれしくたまらないとばかりに目をキラキラさせてガルバーに忠誠を誓う。



 その姿をみてガルバーはうまくいったとほくそ笑む。

 

 しかしニーナが自分に好意を持っていないのは誤算だった。

 このペンダントをみせればワシに好意を持つのではなかったのか、まったく役立たずの商人め、今度きたら持ち物をすべて取り上げて縛り首にしてくれる。

 

 ガルバーとしては、この小娘にどう思われようが気にはしないが、さすがに完全な無関心だったとおもうと微妙な気分になりながらその場を去る。

 ニーナは優秀だこやつに任せておけば問題ないだろう。



 売りつけた商人は、ペンダントの呪術効果を残っていた書き付けの通り説明したのだが、ガルバーは聞き流していた。

 

 ガルバーは、ペンダントの効果を掲げた者に対する愛情を持たせるのだと誤解していた。

 実際の呪術効果は、ペンダントを見た人間の思いを反転させるものだ。

 好意を憎しみに、憎しみを好意へと反転する。定量ではなく正確に思いの分だけ反転する。


 ニーナがガルバーに何の反応を見せなかったのは完全に無関心だったためだ。

 後日ガルバーはこれにより、取り返しがつかないほど後悔することとなる。

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