追放領主の復讐譚

三又

第01話 カーク伯爵領その1

前書き

 

 シエルラ帝国は大きく分けて前期と後期に分かれる。女帝コーデリア1世即位前と即位後である。

 

 コーデリア1世の即位後、シエルラ帝国は版図の拡大を続け大陸を席巻することになるが、今回はこの女帝を支えた、いわゆる『戦姫の6将軍』の一人、グラハム=カークを紹介したい。


 隻腕隻眼で非常に目立つ風貌をしていた彼は、コーデリア1世の事績を歌いあげる吟遊詩人たちの物語の中でよく登場する。


 彼が女帝に仕えたタイミングは、ちょうど帝国が本格的に外征を始める直前である。

 王国の併呑にその手腕を発揮したグラハムがいなければ、この後の帝国大征服の実施はもっとあとになっていただろう。

 

 グラハムはもともとは王国の領主であり、帝国の侵攻を機にシエルラ帝国に寝返ったというのが通説である。




第01話 カーク伯爵領その1


 王国の東の果てに伯爵領がある。カーク伯爵領だ、領主の名はグラハム=カーク伯爵。

 領内はこれといった産業に恵まれてはいないが、温暖な気候と豊かな土地により農産物は豊富だ。

 

 以前は農地しかなかったが、グラハムが提案して酪農や馬の放牧を行っている。

 成果はそこそこだ、この先長い目でみれば基幹産業にもなるかもしれない。


 グラハムが伯爵領を継いでから3年あまり。

 他国の侵略もなく、盗賊退治に力を入れているため領内の治安も良い。

 まずまず無事平穏におさめているといえる。


 グラハムは執務室で今年の税収の収支を眺めながら、かたわらにいるニーナに話しかける。

「領内は無事平穏で結構なことだ。今年の収穫祭は伯爵家から資金をいくらかだして盛大にしようかと思うのだがどうだろう?」


「グラハム様。いくら領地が平穏だからといって、伯爵家の資金を流失させることは反対です。

 隣国のシエルラ帝国はいまは大人しくしていますが、いつ牙を向いてきてもおかしくありません。

 国境を接している我が領土の状況を考えれば資金の確保に越したことはありません」

 ニーナのセリフはにべもない。

 

「グラハム様は領民に甘すぎます。確かにいまは安定していますが、この先いつ起こるかわからない飢饉や、検討している貯水池の工事などいくらでも資金は必要です。

 余計なところにつかうべきではありません。

 それどころか税率を上げもっと資金の余剰を得るべきです」

 ニーナは同じように税収の収支をみながら厳しく指摘する。

 

「いや、税率を上げると領民たちの暮らしが厳しくなりすぎるだろう」


「グラハム様。領民を思いやるお心はご立派ですが、領地を維持していくためにはこころを鬼とすることも必要です。

 現状の税率は他と比べかなり低く設定されています。先日も隣の領主様から苦言があったばかりではないですか。

 

 こちらの税が低すぎるため自領の民がこちらに流入していると。周辺領主と良好な関係を維持するのは重要な項目です、せめて周辺の領地と同等レベルの税率にする必要があります。

 

 商人たちへの課税も多いといえません、彼らにたいする税は実入りが大きいため、すぐにでも追加課税を検討すべきです。

 それと人頭税もですが全般的に低く設定されています。これも改善すべきなのは明白です」


 ニーナは遠慮なく言い続ける。

 

 さすがにニーナの勢いに押されたグラハムは休憩を提案した。

「ニーナとりあえず落ち着いて休憩しよう。…そうだ王都から取り寄せた菓子があっただろうあれを出そう!」


「…わかりました。この話はまたあとで行いましょう」


 お菓子と聞いたニーナはいそいそとテーブルの上を片付け始め、お茶の用意を始める。


 お茶菓子を用意し、ティーセットを取り出しお茶を注ぐ。

 その動作は洗練されており、まるで王宮で働くのメイドのようだ。ニーナであれば王宮のメイド長すら簡単になれるだろう。

 彼女の優秀さを知っていれば、メイドという地位につけるのは人材の無駄遣いそのものなのだが。


 ソファーに二人並んで座る。

 ティーセットから立ち上る爽やかな香りにグラハムは癒やされる、口に含んだお茶は控えめな香りが鼻に抜け落ちついた気分になる。王国ではよく好まれるお茶である。

 

 いつからか、ニーナはお茶を入れることさえ、ベテランメイド並の技量まで達していた。

 まったくどれだけ優秀なのか。グラハムはお茶を飲みながらぼんやりと思う。


 隣のニーナをみると、一心不乱にお菓子をサクサク食べている。

 甘いお菓子が嬉しいのか目元を下げ嬉しそうに口を動かしていた。

 

「グラハム様、このお菓子すごく美味しいです。さすが王都で評判になるだけあります!」


「そうか、取り寄せて正解だったな」

 グラハムも一つ、つまみ上げ口に運ぶ。菓子の甘さがうれしい。無理をして取り寄せたかいがあったというものだ。

 

「ニーナ、お前には感謝している。父上が死んだ後、ここまで大過なく領地を治めていられるのもお前のおかげだ」


「なにをいわれるのですが、私などはほんの少しお手伝いさせて頂いただけ。

 全てはグラハム様のお働きでございます」


 ニーナはニッコリとほほえみを浮かべる。


 艷やかな黒髪は背中の中ほどまであり。整った顔立ちはまだ幼さが残るが十分に美しい。

 黒髪黒い瞳で彫りの浅い顔立ちはこのあたりでは珍しい。

 一見すると、おとなしい深窓の令嬢のようにみえるがその実、非常に活動的で押しが強い。


 身体能力もたかく、剣の稽古するときには相手をする兵士たちが逃げ出すほど剣の腕が立つ。

 頭の回転も物覚えも良く、頭がキレる。領内の経済、治安、軍事力すべてを把握し、その才を振るう。


 領内はおろか周辺領地を含めた、盗賊の大規模討伐を立案し、実際に討伐の兵士たちの先頭にたち、みごとに成功させたのは彼女の手腕である。


 あまりに優秀すぎて、グラハムは王都の官僚に推薦しようと思ったが、彼女がこの伯爵領に残りたいといったため、ニーナを側近の地位におき重用していた。

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